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帝都メルヒェン探偵録  作者: 黒崎リク
第六話 青髭の誤算
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(9)


 急な来客で困るのではないかと思ったが、夕食も客室もしっかり用意されていた。どうやら、鞠子は最初から理人達が泊まるものと思っており、使用人にもそう伝えていたようである。


 大食堂で鞠子と共に夕食を終えた後、理人とカホルは用意された部屋に案内された。二階の隣同士の客室だ。部屋は八畳ほどの広さがあり、それぞれ浴室やトイレまでついている。

 荷物を解くため、一度カホルと別れて理人は部屋に入る。

 理人は襟元からネクタイを取り、ベストを脱ぎながら窓の外を見やった。

 外は真っ暗で、雨の音は夕方よりも大きく感じる。雨足が強くなってきたようだ。

 荷物を片付け終えた頃、ノックの音が聞こえた。どうぞと声をかけると、扉を開けてするりとカホルが入ってくる。


「失礼します。……あ、失礼、その、後で来た方がよろしいでしょうか?」


 シャツの胸元を寛げた理人に、カホルは少したじろいだように身を引いた。風呂に入るところだと思ったのだろうか。

 理人は一人掛けのソファーをカホルに示した。


「いや、大丈夫だよ。さっそく作戦会議を始めよう」

「……はい」


 カホルは軽く咳払いすると、ソファーに座る。理人は書き物机の前の椅子を運んできて、向かいに座った。

 まずは、それぞれ気づいたことを述べていく。


「使用人が少なすぎると思います。いくら別荘とはいえ、この規模の屋敷に女中一人で、庭師も雇っていないのは奇妙です。しかも、雇い主は別にお金に困っているわけではない。あえて人を雇わないのか、鞠子さんが言っていたように次々に辞めていくせいか……」

「青山留二の癇癪が原因と言っていたけど、本人は常にいるわけではない。それでも使用人が辞めていくとなると、よほど暴力がひどいのかな」


 そんな相手に、理人達の存在は抑制剤になるだろうか。

 いや、理人達がいる間はいいとしても、帰った途端に鞠子に危機が及ぶ可能性もある。


「……調査の進み次第では、地元の警察への連絡もしておいた方がいいでしょう」


 行方不明になる妻達。次々と辞めていく使用人。

 辞めた使用人の行方はわかっているのだろうか。もし彼らも行方が知れないとしたら――


「彼らの消息も調べる必要があるかな。いったいこの屋敷では、何が起こっているのだろうね」

「それに“化け物”の話も気になります。この館の人達はそんな話をしていませんでしたから、やはり村の人に聞いた方がいいかと」

「じゃあ明日、一度村に行って情報を集めないといけないね」


 理人は背もたれにもたれて息をつく。


 初めは、鞠子の身を守ることだけが目的であったが、どんどん事件の深みにはまっている。

 『青髭』の童話に似ていることといい、童話に縁でもあるのだろうか。カホルの童話好きに引き寄せられているのかもしれない。


 その後もカホルと意見を交わしながら今後の予定を立てていれば、ぼーん、と重い音がかすかに聞こえてきた。十回鳴ったそれは、おそらく玄関ホールにあった柱時計の鳴る音であろう。

 もう十時か。明日のこともあるし、そろそろ寝る支度をした方がいいだろう。

 そう思って、ふと理人は思い出す。


「カホル君。君、今夜はどうするんだい?」


 理人の問いの意味がわからないようで、カホルが不思議そうに首を傾げる。


「どうする、とは?」

「だって、君、夜は眠れないんだろう? 暗いところが苦手だとも聞いたよ。一人で部屋にいて大丈夫かい?」

「あ……」


 カホルは今頃になって思い出しようだ。ぽかんとした顔に「考えていなかった」と書いてある。珍しいこともあるものだ。


「何だい、君、自分の事なのに忘れていたのかい?」

「いえ、その……大丈夫です。明かりを点けたままにしておけば」


 カホルは強がって答えるが、その頬は強張っている。明らかに無理をしそうな彼に、理人は苦笑した。


「君さえ良かったら、僕の部屋に泊まっていくかい?」

「え?」

「寝台は広いし、君は小柄だから、二人でも寝られるだろう。もっとも、君は起きているのだろうけどね。でも、誰かが傍にいた方が君も安心するのではないかな。ほら、エルゼみたいに」

「……エルゼは犬です」

「ははっ、僕も大型犬のようなものだと思ってくれていいよ。明かりは点けていてくれて構わないから」


 理人が言うが、カホルは俯いてしまって答えない。

 無理して倒れられても困るのに。再度誘おうとしたとき、こつりと窓の方から音がした。

 雨の音ではない。何か硬いものがぶつかる音だ。理人の客室の窓から見えるところにちょうど木があるので、枝が風で揺れて当たっているのかもしれない。

 様子を見ようと、窓に近づいた理人がカーテンに手をかけて引いた時だった。


「っ……」


 窓の外に黒い人影が映り、理人は思わず息を呑んだ。

 人影はこちらに向かって手を伸ばしてくる。まさか、これが例の“化け物”――と思いきや、その手はこつこつと窓を丁寧にノックした。

 よくよく見れば、室内の明かりに照らされた窓の外、ぼんやりと見えたのは人の顔だ。

 雨に濡れたガラス越しに見えたその顔は、理人も見知ったものであった。

 急いで鍵を外して窓を開けると、ずぶ濡れの人影が木の枝を伝って、身軽に部屋に入ってくる。

 鳥打帽を取り、水が滴る短い前髪をかき上げながら、にこりとその人物は微笑む。


「どうも、千崎さん。何か拭くもの、貸してもらえます?」


 シャツもズボンも水に漬かったようにびっしょりとしている中、飄々と頼んできたのは高倉伸樹であった。



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