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帝都メルヒェン探偵録  作者: 黒崎リク
第六話 青髭の誤算
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(7)


 青山家の別荘は、村から少し離れた山中にあった。


 鬱蒼と生い茂る木々の間のわだちを辿って、車で五分ほど走った頃、開けた所に出る。

 タクシーから降りた理人は、ほおと息を零した。理人の後から降りてきたカホルも、感心したように目の前の光景を眺めている。

 大きな鉄の門と広い前庭の向こうには、立派な洋館がそびえ立っていた。

 長崎町の乙木サロンと同じくらいの大きさはあるだろう。黒々とした石の外壁に、アーチ形の玄関ポーチや開口部。どっしりとした二階建ての石造りの洋館の隅には、三階建ての尖塔がある。

 尖塔の屋根は、まるで童話に出てきそうなお城のとんがり屋根の形をしていた。淡い青色のスレートで葺かれ、玄関や窓、付柱なども同色に塗られている。

 これが『青の三角館』の由来だろうか。青山という苗字もかかっているのかもしれない。


 どんよりとした、今にも雨が降りそうな黒雲を背景にした館は、どことなく不気味な感じがした。

 乙木サロンと異なり、前庭に花の類が植えられていないせいだろうか。かろうじて植木の剪定はされているようだが、人の気配が無く、妙に寂しい雰囲気があった。


 タクシーが去った後、理人達は門へと向かった。

 館は理人の背よりも高い鉄の柵で覆われている。獣除けにしては随分と頑丈なつくりをしていた。

 門柱に付いているベルの紐を引けば、錆のついた鐘が揺れて、がらんがらんと鈍い音が辺りに響く。

 しばらくすると、館の方から洋装の女性が小走りでこちらに向かってきた。

 灰色のワンピースに白いエプロンという、使用人らしい服装をまとったのは、十代後半くらいの少女である。

 断髪ボブを揺らして、門の前に立った彼女は、理人の顔を見てぽかんと口を開けた。しかし我に返ったのか、慌てて姿勢を正して会釈する。


「あ、あのっ、もしかして、千崎様でしょうか?」

「はい」

「ああ、やっぱり! 奥様から聞いております。どうぞ、中へ」


 歯を見せて笑う彼女は門を開き、理人とカホルを招く。先に立って歩こうとして、はたと立ち止まった。


「ああ、すみません! 忘れてました、荷物お持ちします!」

「いや、大丈夫だよ。重くないから」

「す、すみま……じゃねがった……ええと、申し訳ございませんっ」


 頭を下げて謝る彼女の言葉には、少し訛りがある。敬語に慣れないところを見ると、どうやら新人の女中のようだ。

 そばかすの散る白い肌からすると、北の方の出だろうか。素朴な感じのする少女である。

 女中は『たえ』と名乗った。愛嬌のある子で、ずいぶんと人懐こい。玄関ホールまで歩く間に、妙の身元はすぐに聞けた。


「うち……私、出稼ぎに来てるんです。東京の方が仕事あるから」


 理人の推測通り東北の出身で、働くために東京に出てきて、職業紹介所でここを紹介されたようだ。住み込みで働き始めてまだ三週間だと言う。


「使用人は君と料理人と……管理人の老夫婦だけと聞いたけど。それで手は足りているのかい?」

「ここは別荘で、常に旦那様や奥様がいらっしゃるわけじゃないですから。普段は館の掃除ばっかりしてますよ。冬と夏の長期滞在の時は、別に女中を雇うそうですし」


 庭の手入れも、村の者が週に一度来てするらしい。

 そんな話をしていれば、アーチのある玄関ポーチに辿り着く。

 妙が木製の大きな扉を開けば、そこには大きな玄関ホールが広がっていた。

 天井にはガラス製のシャンデリアが下がり、艶めいた濃茶色の梁や柱が重厚な雰囲気を演出している。

 大理石でできているであろう柱や、天井の通気孔にまで、植物や花をモチーフにした彫り物が施されて、細かなところに優美さがあった。

 玄関ホールの奥はそのまま階段ホールに繋がっており、吹き抜けとなっている。階段は直角を描いて二階へと繋がり、広いホールの壁には肖像画が幾枚も掛けられていた。

 おそらく、青山家の代々の当主や親族を描いているのだろう。立派な軍服や勲章を付けた、壮年や老年の男性達が描かれている。女性が一緒に描かれたものもあった。

 その中の一枚、一番目立つところに飾られているのは、一人の男性の肖像画だ。青みがかった黒色の立派な髭を蓄えた、風采の良い男性である。歳は四十から五十といったところか。

 他の者とは異なりスーツに身を包んでいるため、逆に目立つ。

 厳めしい表情をした彼は、じっとこちらを見下ろしていた。


「妙さん、もしかしてあの方は……」

「ああ、はい。旦那様……現当主の留二様です」


 答えながら、妙は玄関ホールのすぐ横の応接室に、理人とカホルを案内した。

 妙が「奥様を呼んできます」と言って部屋を出ようとする前に、扉がノックされて一人の女性が入ってくる。


「奥様!」

「ああ、千崎さん、いらしたのですね」


 青色を基調としたワンピースを纏い、安堵の表情を見せたのは青山鞠子だった。鞠子は妙に声を掛ける。


「妙、お茶をお願いできるかしら?」

「あ、はいっ、かしこまりました!」


 妙はぺこりと頭を下げて身を翻し、部屋を出て行く。ぱたぱたと廊下を走る音が聞こえた。


「申し訳ございません、どうもそそっかしいで……何か粗相はしておりませんでしょうか?」

「いいえ。明るくて良いお嬢さんですよ。話し相手をしてもらいました」

「まあ、そう言っていただけると助かりますわ。何しろ、私も先日初めて会って……。また、使用人が変わったようですの……」


 憂いの溜息をついた後、鞠子は理人とカホルをじっと見る。


「……本当に、遠路はるばるお越し頂いて感謝しております。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 そう言って、鞠子は深々と頭を下げた。



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