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帝都メルヒェン探偵録  作者: 黒崎リク
第六話 青髭の誤算
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(4)


 室内に重い沈黙が落ちる。

 今まで受けた遺産探しや人探しの依頼に比べ、切羽詰まった内容の依頼に、理人は返事に迷う。カホルを横目で見れば、彼は少し訝し気に鞠子を見ていた。

 理人は鞠子に尋ねる。


「別荘行きを断ることはできませんか? 何か理由をつけて……体調が優れない、あるいは別に予定があるというような」

「……すでに二度、体調を理由に断っておりますの。これ以上、同じように断っていては、夫から疑われてしまいますわ」

「そうですか。……ちなみに、今までにいなくなられた奥方達の件について、警察で調べたりはしていないのでしょうか? 五人も行方不明になっているとなれば、さすがに警察も怪しむのでは?」

「十五年ほど前、二人目の奥様が崖から落ちたときには、警察の方々が来られて調べたそうですが……。その後の皆様は、自ら屋敷を出て行っておりますし、警察も詳しくは調べられていないようですわ」


 確かに、自ら家出したり、他の男と駆け落ちしたりと言うのなら、それは家の中の問題であり、警察が出るわけにもいかない。

 五人も妻が行方不明になるという不審な点があるにもかかわらず、警察が捜査に打って出ない理由は他にもあった。妻達の実家の者が、警察に訴え出なかったそうだ。

 青山留二に金を掴ませられているのか、あるいは脅されているのかは分からない。

 だが、警察は当てにならないと鞠子は思っているようだ。


「私も警察に相談に行こうとは思いました。ですが、噂話だけで信じてもらえるかどうか……それに、もし夫に私が警察に行ったことが知られれば、今度は何をされるか……」


 鞠子が長袖に包まれた腕を抱きしめる。痣のことといい、暴力が常駐化しているようだ。鞠子は顔を上げて、ぐっと身を乗り出した。


「乙木様であれば、秘密裏に解決して下さると聞きましたわ。お願いします。もう明後日には別荘に出立する予定です。どうか一緒に別荘に来ていただけませんか? 夫のことを調べて頂きたいのです。そして、どうか……どうか私を助けて下さいませ」

「……」


 鞠子が縋るように見つめてくる。しばらく彼女を見つめ返した後、理人がカホルに目をやった。

 カホルは難しい顔のまま、目線で小さく首を横に振る動作をする。依頼を受けてはならないという意味だろう。

 だが、理人は鞠子に向き直って答えた。


「別荘の住所と行く日取りを教えて頂けますか?」

「千崎さ……先生!」


 理人の了承の言葉に、カホルが咄嗟に声を上げる。咎める視線を、理人は軽く肩を竦めて流した。

 鞠子はぱっと顔を輝かせる。


「本当でございますか!? ああ、何とお礼を言ったらいいか……!」

「お待ちください。現状では事件を解決するとお約束はできません。ご夫君の調査の件は、乙木夫人に確認した後に、正式に依頼を受けるか否かを決めます。ひとまず今回は、別荘にいる間、貴女の身を守るということでよろしいでしょうか? 仮にご夫君が犯人であったとしても、他の者の目があれば手は出しにくいでしょうから。それでよろしければ、この件をお引き受けします」

「ええ、ええ、十分ですわ。とても心強いです」


 鞠子は喜色を見せて頷き、別荘の住所を告げる。東京の郊外、高尾山の近くの村に別荘はあるらしい。


「別荘には二週間滞在する予定ですが、夫は仕事で一週間は遅れてくると言っておりました。その間に来て頂ければ……」

「それでは、別荘に伺うのに都合の良い日があればご連絡下さい。……ですが、もし何かあった場合には、その後は警察に任せます。ご了承いただけますか?」

「……はい。覚悟はできておりますわ」


 鞠子はソファーから立ち上がり、深く一礼した。




「千崎さん、どういうつもりですか?」


 鞠子をカフェーの外まで送って戻ってきた理人に、カホルが眉を顰める。


「文子さんの了承も得ずに、勝手に依頼を受けるなんて」

「その件は悪いと思うよ。乙木夫人には僕の方から謝罪して、改めて依頼の件を頼むようにする。……でも、あの状況で否と追い返すわけにもいかないだろう?」

「ですが……」

「命を狙われているかもしれない人を見捨てるのは忍びないよ。僕が探偵でなく、ただの代理でも、そう思うものさ」


 口に出した後で、理人はしまったと後悔する。

 自虐的な、あるいは皮肉めいたことを言ってしまった。カホルがはっとして目を伏せる姿を見れば、なおさら大人げないことをしてしまったと反省する。


「……まだ、事件を解決すると約束したわけじゃあない。けれどあの場で追い返して、もし彼女に何かあれば寝覚めが悪い。きっと後悔すると思ったんだよ。彼女に説明したように、今回は別荘に同行して万が一の際に対応しようと思う」


 言い繕う理人に、カホルは笑みを消した顔で口を開く。


「お気持ちはわかります。話を聞いたからには、放っておくことはできないでしょう。ですが、引き受けたからには責任が発生します。文子さんに迷惑をかけるわけにはいかないのです。……ひとまず情報は集めます。別荘への同行は、文子さんに確認をしてからにしましょう。それに、少し気に掛かることもありますし……」

「別荘には僕だけで行くよ」

「え?」

「君を外に連れ出せば、淑乃嬢や伸樹君が心配するだろうからね。僕一人で行けば、とりあえず問題は無いだろう?」

「……」

「乙木夫人の顔に泥は塗らないように振る舞うと約束するよ。その間、カフェーの仕事を休むことになるけれど……ああ、そうだ、三宅さんにも了解を取らなければならないね」


 話を進める理人を、カホルは何か言いたげな目で見つめる。

 やがてその目を逸らして「わかりました」とだけ答えるカホルの声は、少し硬かった。



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