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帝都メルヒェン探偵録  作者: 黒崎リク
第五話 浅草ハーメルン
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(10)

「これは……地下に繋がっているのか?」

「ああ。カホル君はこの中に入ったんだろう」


 空洞を見ながら話す一谷と理人の肩を、ぐいっと押しのけたのは伸樹だった。

 険しい顔で中を覗き込み、爽やかさから程遠い舌打ちをする。


「あの人は……!」


 伸樹は振り返り、ハンスの首輪に付けた紐を解いた。「Geh!」と命令すれば、ハンスは勢いよく飛び込んだ。

 その次に続くのは伸樹だ。身軽に祠の枠に足をかけて空洞に飛び込もうとする彼を、理人は止める。


「待て、どうしたんだ、いきなり……」

「一つ、教えてあげますよ、千崎さん。あの人は……カホルさんは、暗い所と狭い所が苦手なんです。恐怖で倒れてしまうくらいね」


 それだけ答えると、伸樹は理人の手を払って中に降りた。

 大人一人やっと通り抜けることができる穴の奥は、滑り台のような坂になっているようだ。屈んで尻を付けた伸樹がそのまま滑るように降りていく。ざざっと石と土の擦れる音がした。

 用意の良いことに、伸樹は携帯用のランプを持っていたようだ。はるか下の暗闇でぽうっと光が灯った。

 その灯りが遠ざかる前に、理人と一谷も後を追う。一谷を先に行かせ、理人はエルゼの首紐を持った。


「一緒に来てくれるね?君だったら、匂いで彼らを追いかけられるだろう、お嬢さん」


 手を伸べると、エルゼはわずかに躊躇するそぶりを見せたが、すぐに理人の腕に飛び込んでくる。エルゼを先に下ろし、理人も一気に坂を滑り降りた。

 

 深さは二間……いや、三間はあるだろうか。ひょうたん池の下にこんな地下通路があるとは思っていなかった。

 滑り終えて底に着いた理人は、エルゼの綱を握って、暗い通路を歩き始める。理人が少し屈んで歩けるくらいの広さがある地下通路は、どうやら岩を削って作られたようだ。この辺り一帯は湿地で昔は田んぼがあったはずだが、こんな穴が掘れる岩盤があったのか。

 感心しながらも慎重に進む理人は、遠くにある灯りと、その灯りでぼんやりと輪郭が見える一谷の背中を追う。


「一谷!」

「千崎、足元に気を付けろ……っと」


 言いながらも、一谷の方が滑りかける。よく見れば、岩からは水が染みて、岩壁に付いた掌には泥が付く。……それほど丈夫な通路では無さそうだ。

 急ぎ足になる理人と一谷を、エルゼが先導する。途中で二手に別れていたようで、灯りが遠ざかって足元が見えない状況でも、エルゼが引く紐と岩壁の感触で何とか進むことができた。


 ……この暗い中を、カホルは一人で進んだのか。


 理人の脳裏に、昨日のカホルの様子が思い浮かぶ。血の気は引き、呼吸も儘ならないほど怯えていた。

 あの状態になるかもしれないことを承知しながら、カホルは囮になることを選んだ。


 ――何が大丈夫だ。


 カホルが見せた笑みは、きっと虚勢だったことを、理人は読み取れなかった。いや、薄々と気づいていても、彼を引き留めるための他の策を自分が思いつけなかったのだ。

 己の無能さを噛みしめながら、理人は歩いた。


 進む道は緩やかな曲線を描いている。地下だからよくはわからないが、祠の位置や降りたときの向きをかんがえると、おそらくは北の方角に進んでいるだろう。

 地下通路はそこまで長くはないようだ。せいぜい五分と言ったところだろうが、暗い中を集中して歩いたせいか、もっと長い間歩いたように思える。

 向かう先に灯り……伸樹の持ったランプの光が見えた。近寄れば、上を見ていた伸樹がちらりと視線を寄越し、唇に人差し指を当てる。

 静かに――。

 目線で指示され、理人と一谷は足音を忍ばせる。

 伸樹が見上げるのは、通路の突き当り、階段のようになった所だった。伸樹がランプを消しても、階段の周辺は明るい。どうやらここが出口で、外に繋がっているようだ。

 伸樹と共にじっとしていれば、上からかすかに話し声が聞こえてきた。


「――なんだぁ?今日はたったの三人か」

「仕方ねぇよ。最近、人さらいが出るって噂が広がってるし、警察が嗅ぎまわってるって話じゃねぇか」

「ああ、何かそれっぽいやつが池の辺りをこの数日うろついてたぜ」

「そろそろこいつも潮時ですかね。催眠術って完璧じゃないんでしょう?途中で誰かに話しかけられたら、暗示が解けてしまうって。『先生』も言ってたじゃないですか」

「そうだなぁ。だいたい、子供が一人でうろついてたら、大人が放っておかねぇし……」

「まあまあ、今日は上玉が入ったからいいじゃねぇか。身なりからして、どこぞの坊ちゃんだぜ、この子供ガキ

「顔も女みたいだし、売りようによってはかなりいけるんじゃないですか」

「いや、それより身代金を要求した方がもっと……」


 交わされる声は全て男のもので、最低でも四人はいるだろう。声が反響しているから、おそらくは建物の中だ。どこかの地下室だろうか。

 彼らの下卑た内容の会話に、一谷の眉間の皺はどんどん深くなって、仁王どころではない顔つきになっている。

 伸樹の表情は変わらないが、纏う空気の冷たさに、傍らのハンスがそわそわとしっぽを揺らした。


「……先にハンスとエルゼを行かせて、相手が動揺している隙に仕掛けます。俺はカホルさんと子供の保護を優先しますので、お二人はご自由に動いて下さい」


 こちらが頷くのを待たずに、伸樹はハンスとエルゼを放つ。主の意思をしっかりと理解している優秀な番犬達は、音もなく階段を上がって外へと躍り出た。

 間もなく男達の悲鳴や怒声が聞こえ始め、理人達も一斉に階段を駆け上がった。



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