第五話 浅草ハーメルン(1)
高く響く笛の音に、子供は足を止めた。
道端で足を止めても、昼間のように人にぶつかることは無い。日が暮れた参道の仲見世はほとんどが店じまいし、訪れた客はそれぞれの家へと帰ってしまった。
子供も同じように家に帰るはずだったのだが、家族とはぐれてしまった。一人で家族を探す最中、笛の音を聞いたのだ。
――見世物は終わったはずだけど、お囃子の練習でもやっているのかしら。
きょろきょろと辺りを見回す子供の目の端に、赤や黄、緑の色が映り込む。それは、色とりどりの端切れを合わせた“まだら”の服。まだらの服と、同じまだら色の帽子を被った男が、そこにいた。
まだら男だ、と子供は思った。
昼間に見た活動写真に出てきたやつと、そっくりだったからだ。
まだら男は笛を持っていた。笛の音の主は彼だったのか。
再び高い音が響いた。まだら男は笛を吹きながら歩き始める。子供は思わずその後を追った。
――追いかけなきゃ。まだら男についていかなくちゃ。
参道から細い路地に入り、くねくねと曲がったり、ぐるぐると同じところを回ったりする。
ピッピピー、ピルル、ピィールルル。
ピィピィ、ピロロ、ピィーロロロ。
紡がれる高音に、子供の足も軽やかになる。まだら男の楽しそうな足取りを真似て、ぴょこたん、ぴょんたん、とスキップを踏む。
どのくらい歩いたのだろう。楽しいけれど、疲れてきた子供が追いかけるのを諦めようとしたとき、開けた場所に出た。
大きな池があって、池の向こうには赤茶色の高い塔が見えた。
まだら男は池の周りの柵をひょいっと飛び越える。ドボンと沈むかと思いきや、男は水面を軽やかに跳ねた。
楽しそうにくるくると踊りながら、まだら男は池の中央にある小さな島に向かう。
彼を追おうと子供は柵に手をかけるが、己の背丈では飛び越えられない。仕方なく柵沿いに歩いて、小島に渡る橋に向かおうとした時だった。
「坊や」
低い声で呼び止められた。
振り返ると、子供の後ろにとても大きな男が立っている。
男はじろりと子供を見下ろしてきた。仁王のような形相が恐ろしくて、楽しい気分がサアッと引いて目眩がする。
「まい――ご、か――こ――とこ――でなに――し――いる――だ」
大きな声がぐわんぐわんと頭の中に響いて、目が回る。ぐらぐらと足元が揺れるようだった。混乱した子供は堪えきれず、わあっと泣き出した。
「なっ、お、おい!どうした、何を泣いて……」
狼狽える男の声の後に、足音と怒鳴り声がする。
「おいあんた!子供相手に何やってんだ!?」
「いや、俺は何も……」
「嘘つくなってんだ!こんなに怯えてんじゃねぇか。さては……例の人さらいか!?」
「はあ!?違う、誤解だ、だいたい俺は警察で……」
言い争う声が頭の上で飛び交う。子供はしゃくりあげながら、池の方を見やった。
まだら男の姿はいつの間にか消え、波一つない水面が暮れた空を映す。
笛の音はいつの間にか聞こえなくなっていて、耳の奥に残響だけを残していたのだった――




