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帝都メルヒェン探偵録  作者: 黒崎リク
第四話 雪子姫は三度死ぬ
33/77

(7)

 理人、カホル、それに叶恵からの視線を受けた由紀子は、急いで表情を取り繕う。しかし彼女の黒い瞳には警戒の色が見て取れた。


「由紀子さん?」

「……」


 叶恵に返答を促されるものの、由紀子の目線は叶恵と理人を行き来して、答えるのを躊躇ためらっているように見えた。

 ……叶恵と由紀子が不仲という噂は本当のようだ。

 叶恵を前に委縮した由紀子が、素直に答えてくれるのは難しいかもしれない。助け舟を出すように、理人は口を挟んだ。


「白石さん、お嬢さんと話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 叶恵に向かって言えば、理人の意図はすぐに伝わったようだ。彼女はわずかに眉を顰めたものの、席から立ち上がった。


「どうぞ、気の済むようお調べになって下さいませ。私がいない間に解決して下さることを祈るばかりですわ」


 皮肉交じりの台詞の後、叶恵はすんなりと部屋を出て行った。

 残された由紀子は叶恵の後姿を戸惑いながら見送り、こちらを振り返る。

 その時、初めてまともに理人の顔を見たようで、目をわずかに瞠った。しかし大抵の女性のように呆けることはなく、姿勢を正して、むしろ身構えるように理人とカホルに相対した。

 儚げな印象の少女に警戒心あらわに見据えられた理人は、宥めるように柔らかな笑みを向ける。


「どうぞ、おかけになって下さい、白石由紀子さん。……名前でお呼びしても?」

「ええ、構いませんわ」

「それでは由紀子さん、改めて自己紹介を。私は千崎、この子は小野と申します。白石叶恵さんから依頼され、乙木文子夫人の代理で参りました」

「代理、ですか?……文子様は探偵のお仕事もなさっているのですか?」


 由紀子が目を瞬かせた。


「乙木夫人をご存知ですか」

「ええ、ええ、何度かお会いしたことがありますわ。とても素敵なお方です。この家に来られて、舶来品のカチュウシャをお土産で頂いて……その、叶恵様のご友人だと伺っておりますけれど……」


 職業婦人の筆頭をいく乙木夫人は、若い娘たちにとっては憧れの的であり、由紀子にとってもそうであったようだ。だが、最後の歯切れの悪さは気になった。

 理人は不躾にならない程度に由紀子を見つめる。


「お母様のことを、名前で呼ぶのですね」

「あ……」

「先ほども緊張されているようでしたが……叶恵さんのことが苦手ですか?」

「……そんなことは……」


 直接的な質問に、由紀子は言葉を濁して目線をさ迷わせた。

 世間では娯楽新聞や雑誌の記者たちが、義理の母娘の不仲をこぞって書いている。きっぱりと否定し切れないところを見ると、由紀子自身あまり叶恵にいい感情をもっていないようだ。また、彼女は隠し事のできない性質なのかもしれない。

 理人は柔らかな苦笑を見せて、言葉を続けた。


「失礼、咎めたわけではありません。……ただ、僕も義母が得意ではなかったもので。血の繋がりが無いうえにこの容姿ですから、どうにももてあましたようです」

「まあ……」


 理人のあっさりとした身の上の告白に、由紀子は戸惑いながらも憐憫れんびんの色を浮かべた。同時に、同情というか、同士を見るように由紀子の目から警戒が取れる。

 由紀子の緊張がやや解れたところで、話題が完全に逸れる前に理人は「どうぞ聞き流してください」と流れを戻した。


「それでは由紀子さん、事件のことを聞かせてもらえますか?」

「……はい」

「最初に襲われたのが、この離れの茶室だと伺いました。離れや茶室には、よく来られますか?」

「……いいえ、お稽古やお茶会があるときぐらいです」

「そうですか。事件があった日も稽古があったのでしょうか?」

「……」

「事件のことを思い出すのは辛いでしょうが、その時のことを詳しく聞かせて頂きたいのです。犯人を見つけるためにも」


 理人がじっと由紀子を見つめれば、わずかに顎を引いた彼女は目線を合わせることなく答えた。


「……ごめんなさい。よく覚えておりませんの」


 叶恵がいなくても、由紀子は事件のことを話したがらない。拒絶を感じる答えであったが、理人は咎めることなく苦笑を浮かべた。


「いえ、僕の方こそ配慮が足らず失礼いたしました。事件からまだ日も浅いのに、辛い記憶を掘り返すような真似をして申し訳ありません」


 真摯に謝る理人に由紀子は虚を突かれたようで、白い小顔を急いで横に振った。


「い、いいえ……事件をお調べになって下さっているのですもの。その……私こそ答えられなくて、申し訳ございません」


 由紀子は胸の前でぎゅっと手を握る。

 自分の身を守るような仕草は、胸の内を誰にも見せまいとしているようだった。頑なな由紀子に、理人は答えやすい質問を投げかける。


「そういえば、あなたを発見した使用人とはどなたでしょうか?」

「……志麻しまです」

「志麻……というと、先ほどあなたを呼びに行った女中の?」

「ええ」


 そのとき、今まで静観していたカホルが口を開いた。


「もしかして、廊下にいらっしゃる方ですか?」


 よく通るカホルの声に、理人と由紀子ははっと外を見やる。

 理人が席を立って廊下に顔を出せば、入口から少し離れた、室内からは死角になる場所に若い女中が立ち竦んでいた。

 二十代半ばくらいであろうか。髪を後ろで一つに結わえ、質素ながらも身なりを整えている彼女は、由紀子を呼んできた女中に相違ない。ぎゅっと前掛けを握る女中は、理人を驚いたように見つめていた。

 理人の背後から由紀子も顔を出し、目を見開く。


「志麻、ずっとそこにいたの?」

「も、申し訳ございません!あの、私、お嬢様のことが心配で……」


 由紀子の問いかけに、志麻という女中は慌てて頭を下げた。最初の事件の発見者である彼女に、理人は声を掛ける。


「志麻さん、少しお話を伺ってもよろしいですか?」

「は、はいっ」


 志麻を招き、理人は事件のことを尋ねる。


「あなたが由紀子さんを見つけたと聞いたのですが、その時の状況を聞かせてもらえませんか?」

「あ……わ、私、お嬢様が離れに行くのを見て……」


 しばらくして由紀子の悲鳴を聞いた志麻は、急いで茶室に向かったそうだ。

 茶室には由紀子が倒れており、首には結ばれた帯紐が巻かれていた。由紀子を介抱しようとした矢先、縁側の廊下が軋む音がしたので見てみると、走り去る後姿が見えた――


「たぶん女性だったと思うのですが……すみません、顔までは分からなくて」

「いえ、とても貴重な情報を聞かせてもらいました。ありがとうございます」


 うなだれる志麻を理人が宥めていると、「あの」とか細い声が聞こえた。声の方を見れば、由紀子が青ざめた顔で俯いている。


「部屋に戻っても、いいでしょうか……その、少し、気分が優れなくて……」

「まあ!お嬢様、大丈夫でございますか?」


 すぐに志麻が駆け寄って、由紀子の肩を支える。由紀子は一度小さく震えて、身体を抱くように袂を握った。

 志麻はそのまま由紀子を連れて行こうとする。二人を無理に引き留めるわけにもいかないが、理人はまだ志麻に聞きたいことがあった。


「小野君、由紀子さんを部屋まで送ってくれないかい?」


 理人の目配せを受け取る前に、カホルは意図を汲み取っていたようだ。心得たように真面目くさった顔で、しかし黒い目にははしこい光をのせて頷く。


「はい。わかりました、先生」

「あの、ですが……」

「志麻さん、よろしければ茶室に案内して頂けないでしょうか?一度現場を見ておきたいのです」

「え?あの……」

「小野君、由紀子さんをよろしく頼むよ」


 志麻と由紀子が目を合わせる前に、カホルが由紀子に手を差し出した。

 年下の、しかも無害そうな子どもの手を無下に払うわけにもいかないのだろう。由紀子はわずかの迷いの後、カホルの手を取った。




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