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帝都メルヒェン探偵録  作者: 黒崎リク
第四話 雪子姫は三度死ぬ
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(5)


 白石由紀子しらいし ゆきこ

 現在、日本医科大学で教鞭を執る著名な医学博士、白石康作しらいし こうさくの長女であり一人娘。

 叶恵かなえにとっては白石氏の亡くなった先妻の娘……義理の娘になる。

 歳は十七。女学校に通う彼女は、白い肌に艶やかな黒髪を持つ評判の美少女だそうだ。

 また、文武両道で外国語にも長け、茶道や華道もこなす才女。引く手数多の彼女の結婚相手はすでに決まっており、父親と親交のある大病院の跡取り息子だそうだ。


 将来を約束された少女は、しかしこの一か月の間に二度も危険な目に遭った。


 一度目は、三週間ほど前の日曜日。

 自宅の離れの茶室で、首を絞められて気を失っているところを使用人に発見された。

 彼女の首には着物の帯紐が巻かれていたという。


 二度目は、一週間前の月曜日。

 由紀子嬢の化粧台の中にあった櫛の歯に毒が塗られていたそうだ。

 由紀子嬢の髪を梳こうと準備していた使用人の指先に、たまたま櫛の歯が刺さって、ひどく腫れたことでわかったらしい。


 二度も命を狙われた美貌の令嬢。

 新聞記者が放っておくわけもなく、由紀子嬢のことを調べた。

 そして、由紀子嬢の義理の母である叶恵が厳しい人柄であり、仲がうまくいっていないことを知れば、事件の内容をある童話になぞらえて書き立てた。曰く――


『あはれ雪子姫、二度も命を狙われる』

『継母の嫉妬か?美しき令嬢の運命やいかに』


 と。


 白石由紀子という名が、童話の『雪子姫』と同じ響きの名前だったから、というわけだけではない。

 折り合いが悪い継母の存在。そして、彼女が命を狙われたときに使われた道具になぞらえてだ。


 もっとも、あらぬ疑いをかけられた叶恵はたまったものではない。娯楽新聞のくだらない記事と切ってしまえばいいのだろうが、根拠がない醜聞でもやはり気になる。

 警察も最初は叶恵に容疑の目を向けたようだが、一度目の事件でアリバイがあったためすぐに解放したようだ。


「警察は当てになりません。私を疑うなんて、あんな新聞に踊らされて情けないったら。……千崎先生、早く犯人を見つけて下さいまし。あの子には縁談もあることですし、これ以上の醜聞は困りますの」


 叶恵は眉間に皺を寄せながら、そう言った。




***




 話を聞き終えた理人は、叶恵に白石家に訪問する約束を取り付けた。

 由紀子嬢や家の者に直接話を聞きたい、と言う理人に、叶恵は少し渋ったものの承諾する。

 顰め面の叶恵が帰った後、理人はソファーの背もたれに深く寄り掛かった。


「またグリム童話が出てくるなんてね……カホル君、君はつくづく童話に縁があるようだ」

「そうですか?」


 店内と繋がる天鵞絨のカーテンを閉めたカホルが、階段を降りてくる。


「私だけではなく、あなたも縁があると思いますよ。こじつけだと言ってしまえば、それでおしまいなのでしょうけど」

「こじつけねぇ……娯楽新聞の記事の内容はほとんどが記者の想像だろうけど、言いえて妙な所もある。『ユキコ』という名前も、継母の存在も……それに使われた道具も、まさに雪子姫の童話をなぞっているじゃないか」


 雪子姫は、グリム童話の中では日本でもよく知られている童話だ。

 雪姫や白雪姫とも翻訳されている。


 雪のように白い肌に、真っ黒な髪、紅い頬と唇を持つ美しい娘、雪子姫。

 彼女は、生まれて間もなく母を亡くす。王様は一年後に二度目のお妃を迎えるが、このお妃は自分が一番美しくないと気が済まない高慢な女性であった。

 魔法の鏡を持っており、「鏡よ、壁の鏡よ、この世で一番の器量よしは誰かしら」と話しかけ、「一番の器量よしはお妃様です」と鏡の答えに満足していた。

 成長するにつれて美しさを増す雪子姫に嫉妬したお妃は、彼女を殺そうと、猟師かりゅうどに命じて雪子姫を森へと連れ出させる。

 しかし、猟師は雪子姫を殺せずに逃がし、森の中へと逃げた雪子姫は小人が住む家を見つけた。

 親切な七人の小人たちと共に暮らすことになった雪子姫。

 そうとは知らないお妃であったが、鏡の「森の中の小人のところの雪子姫が、あなたよりも千倍器量よし!」と答えたことで、雪子姫が生きていることを知る。

 お妃は小人の下にいる雪子姫を殺そうとするのだが――



「『紐』と『くし』。たしか、お妃が雪子姫を殺そうとしたときに使った道具だったろう?」

「ええ。紐は絹の腰紐、櫛は毒の櫛ですね」



 お妃は物売りの老婆を装い、巧みな言葉で雪子姫を騙して小人の家に入り込んだ。物を売ると見せかけて、雪子姫を襲う。


 一度目は、腰紐をきつく結んで、窒息させて殺した。

 二度目は、毒の櫛を髪に挿して、毒で殺した。


 雪子姫を二度死に至らせたものの、この二度とも、小人が助けて雪子姫は生き返ることができる。

 雪子姫が生き返ったことを知ったお妃は怒りに震え、今度こそ亡き者にしてやろうと動き出すのだった――



「となると……三度目がある、かな?」

「可能性はあると思います」


 雪子姫、否、由紀子嬢がまたも狙われる可能性は高い。娯楽新聞にもその旨は書かれていた。

 だが、それは継母――叶恵が由紀子嬢に嫉妬している前提での話だ。

 理人は依頼人である白石叶恵の様子を思い出す。


「……カホル君。君は叶恵さんが犯人かと思うかい?」


 依頼人が犯人というのは、推理小説ではよくある展開だ。

 だが、今のところ、雑誌の『仲が悪い』『継母が嫉妬している』という情報しか、叶恵を疑うものがない。


 理人の目には、美貌云々で叶恵が由紀子嬢を嫉妬しているようには見えなかった。

 そもそも義理の親子が折り合い悪いことは、世間ではごく普通のことであろう。理人もまた、義理の母を苦手としている。屈託なく家族になれる方が、まず珍しい。

 叶恵は「これ以上の醜聞は困る」、「由紀子には縁談が控えている」とも言っていた。近いうちに由紀子嬢は嫁ぐのだから、わざわざ叶恵が由紀子嬢を害する利点も無い。


 カホルはどう思っているのだろうか。尋ねてみた理人に、彼はいつも通りの微笑みを浮かべながら答えた。


「わかりません。何事も童話通りにはいかないものです。ただ……」

「ただ?」

「大したことではありませんよ。なぜ猟師はいなかったのか、と思っただけです」

「……君は本当にグリム童話が好きだね」

 

 忠実に再現されることの無かった『雪子姫』の童話。それに疑問を抱いたカホルに、理人は苦笑した。



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