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帝都メルヒェン探偵録  作者: 黒崎リク
第二話 金の鳥の館
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(10)


 ――グリム童話の『黄金の鳥』では、主人公の三男が狐の忠告を聞くことで数々の困難を超えていく。しかしながら、ほとんどの困難の折に忠告を忘れて幾度も選択を失敗し、危険な目に遭うのだ。

 例えば『粗末な木の籠に入っている黄金の鳥を、隣の立派な黄金の籠に移してはいけない』と。狐からそう忠告されていたのに、三男は思う。


 こんなに綺麗な鳥を、みすぼらしい籠に入れておくのはおかしい、と。


 三男は黄金の鳥をつかみだして、黄金の籠の方へと移してしまった。途端、黄金の鳥はつんざくような叫び声をあげ、現れた兵隊によって三男は捕らわれてしまう――




 童話の通りに、木の籠ではなく黄金の籠に鳥を入れてしまった女中は、大きな音で駆け付けた警察官によって捕まった。

 捕縄で拘束されて連れていかれる女中は、最後まで憎々し気にこちらを睨んでいた。理人の腕には、猿轡と細縄を解いた弥恵子が縋りついている。

 弥恵子の口からは、くぐもった嗚咽が零れていた。


「わ、わたし……」


 理人はかたかたと震える彼女の肩を支えながら、ベッドの端に座らせる。


「もう大丈夫ですよ。貴女を傷つける者はいません」

「うぅ……」


 だが、それでも恐怖は消えないのだろう。掌に伝わる、細い肩の震えは収まらない。

 それもそのはずだ。同じ屋根の下で暮らしていた女中に裏切られて、拘束されて監禁され、さらには短刀を突き付けられて、散々怖い目に遭ったのだから。

 理人は弥恵子の正面に膝をつくと、低い位置から彼女を見上げて、震える手をそっと取った。もう片方の手で包み込むように彼女の手を握れば、やがて震えが治まってくる。

 弥恵子は戸惑いを含む潤んだ目で理人を見下ろしてくる。その顔を覗き込んで、理人は柔らかく微笑んでみせた。


「弥恵子さん、安心してください。僕たちが守りますから」

「っ……」


 弥恵子が大きく目を見開く。蒼ざめていた頬がみるみる淡い赤色に染まっていった。目を伏せては上げ、そしてまた伏せるという仕草を繰り返した後、理人に尋ねてくる。


「あ、あの……貴方は、いったいどなたですの……?」

「僕は千崎と言います。乙木夫人の代理で参上しました」

「千崎様……」


 ほう、と弥恵子が息を零す。恐怖は薄れたようで、弥恵子はぼうっと理人の美貌に見惚れていた。

 すると、時機タイミング良くカホルが近づいてきた。弥恵子の肩に、どこからか持ってきたガウンを羽織らせる。


「金森さん、お怪我はありませんか?」

「え?ええ……」

「念のために病院で診てもらった方がよろしいかと思います。警察の方が付き添ってくれるそうですが、ご家族がいた方が安心でしょう。よろしければ連絡をしましょうか?」


 弥恵子を労わりながら、カホルはてきぱきと話を進めていく。

 幼い風貌のカホル――およそ危険に見えない良家の子供のような彼が対応することで、弥恵子も落ち着きを取り戻してきたようだ。


 弥恵子と共に、理人とカホルは警察官にいくつかの質問を受けた。

 弥恵子の話によれば、どうやら女中は弥恵子と金森晋造との会話を盗み聞いて、隠し遺産のことを知ったようだ。遺産の件について弥恵子が乙木夫人に相談していること、そして乙木夫人本人ではなく代理の人間が来ると知った女中は、弥恵子に成りすまして、見つかった遺産を自分のものにしようと企てた。女中は馴染みの男に話を持ち掛け、当日の朝に弥恵子を襲い、女中部屋で男に見張らせて監禁していたそうだ。

 理人とカホルは、乙木夫人の代理で金森家を訪れたこと、その際にこの事件に巻き込まれたことを簡単に説明した。

 弥恵子と理人、双方の話が合致したので、警察官も特に問題なく話を終わらせた。また後日に詳しい説明が必要な時のために、連絡先を伝える。


 話が終わった後、カホルが弥恵子に『金の鳥』を差し出した。音を止めるために、黄金の籠から取り出していたのだ。


「どうぞ」

「……ありがとう」


 弥恵子は複雑な面持ちでそれを見やる。今回の事件の元凶ともなった隠し遺産である。素直に喜んでいいものかというところなのだろう。

 理人は弥恵子に尋ねる。


「弥恵子さん、『黄金の鳥』の童話はご存知ですか?」

「ええ。小さい頃によく聞かされたものですわ。祖父が見た『金の鳥』の夢の話と合わせて……」


 目を伏せた弥恵子が、懐かしむように手の中の鳥を撫でる。


「そういえば、祖父はいつも、困ったときは『金の鳥』が導いてくれると言っておりました。……きっと遺産のことも、祖父は何も言わなくとも私なら隠し場所が解かると、そう思ったのかもしれませんね」


 どうして気づけなかったのかしら、と弥恵子は肩を落とす。理人は宥めるように弥恵子に声を掛けた。


「相手の思いや期待を汲み取って応えることは、たとえ家族でも難しいものです。思いに気づくことができた、それだけで十分だと思いますよ。気を落とすことはありません」

「……はい」

「さあ、晋造さんの遺志を受け取ってあげましょう」


 理人は弥恵子を木の籠の前まで促した。弥恵子がおそるおそる『金の鳥』を木の籠の底にあった窪みに嵌める。

 かちかちと音を立てて鳥が窪みに沈み、今度は鳴き声を上げることも無く、キャビネットの中でかたりと音がした。


「中には何もなかったはずですけれど……」


 弥恵子が不思議そうに屈み込んで扉を開けば、キャビネットの奥の板が外れている。中から出てきたのは、木彫りの狐の人形であった。


「木の人形……?」


 抱え上げた弥恵子は最初こそ訝しそうであったものの、やがて何かに気づいたようにはっと目を瞠る。


「……たしか『黄金の鳥』の最後では、狐の頭と手足を切り落とす、とありましたね」


 物語の中で、狐は三男に助言を与えるだけでなく、危険に合う彼を幾度も助けて導く。

 そんな狐が、最後に三男に己の頭と手足を切り落とすように頼むのだ。


 木彫りの狐の人形は頭と胴体の間に継ぎ目があり、頭が取り外せるようになっている。

 弥恵子がくるくると人形の頭を回して外せば、中は空洞になっており、白い綿と――綿にくるまれた幾つもの大粒の宝石が出てきたのだった。





第一章、もう一話続きます。


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