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帝都メルヒェン探偵録  作者: 黒崎リク
第二話 金の鳥の館
16/77

(9)


 女中に先導され、理人とカホル、その後に人質の弥恵子と彼女を捕える男が続いて、二階にある寝室へと向かった。


 金森晋造の寝室だったという部屋は、亡くなった後も主不在のそのままの状態にしてあった。生前彼が使っていたであろう車椅子や杖は、部屋の隅に寄せられている。

 寝室の中央にある大きな寝台の左右には、小さなキャビネットが一つずつ置かれている。

 それぞれのキャビネットの上には、ランプと共に三寸ほどの大きさの、小さな鳥籠のようなものが置かれていた。中は空で、飾り物のようだ。左の鳥籠には綺麗な細工で金めっきが施され、右の方は飾り気のない木製であった。

 それを見た女中は、自分でピンと来たようだ。近寄って屈み込むと、左の鳥籠の中を覗き込んだ。


「……ああ、わかったわ。このくぼみに入れるんでしょう?なんだ、簡単じゃないの」


 女中は得意げに鳥籠を指さして、籠の底にある不自然な細長い窪みを示す。それはちょうど二寸ほどの長さ――黄金の鳥とほぼ同じ大きさの溝であった。

 金色の籠の蓋を開けて、黄金の鳥を入れようとした彼女は、ふと手を止めて振り返った。


「……これで合ってるんでしょう?」


 確認する彼女に、カホルが頷いた。


「あなたがふさわしいと思う場所に、その黄金の鳥を納めてください。そうすれば、あなたが望むものを手に入れることができます」


 女中は、右側にあった木製の地味な鳥籠を見やり、「あんなみすぼらしい籠に、この鳥は合わないわね」と呟いた。

 黄金の鳥を金の籠に入れようとする女中を、理人は眺めやった。


 ――この女中は『黄金の鳥』の童話を読んだことがないようだ。


 思いながら、そろりと身構える。そうして、その時を待った。

 女中が、黄金の鳥を窪みに嵌める。かちり、と綺麗に嵌ったかと思えば、かすかな動作音をキャビネット自体が立てた。

 黄金の鳥が、かちりかちりと窪みの中に沈んでいく。

 そして――


 ビイィィィィー!!と鳥が激しく鳴くような、大きな音が辺りに響いた。


 耳をつんざく甲高い音はキャビネットから発せられ、間近にいた女中は「きゃあっ」と悲鳴を上げて耳を塞ぐ。

 後ろにいたやくざ風な男も、いきなり鳴り響いた大きな音に驚いて辺りを見回した。弥恵子の顔に向けられていた刃が離れる。

 その隙を、理人はもちろん、そしてカホルも見逃すことはなかった。


「千崎さん、これを!」


 いつの間にか部屋の隅にあった杖を取っていたカホルが、騒音の中でも響くよう声を張り上げ、理人に向かって杖を投げ渡す。

 杖を片手で受け取った理人は、剣のように構えつつ男の間合いに入り込んだ。右足を踏み出して、片手で思い切り杖を突き出す。


 ――学生時代に剣道とフェンシングの双方を嗜んでいた理人は、剣の腕には多少の覚えがあった。

 大学を卒業した後も、居候先の主である一谷にしょっちゅう鍛錬に付き合わされていたので、そこまで鈍ってはいない。


 杖の先は、拘束された弥恵子の頭の斜め上、男の顎を正確に捉えた。


「がっ!」


 男が呻き、弥恵子の身体から力の抜けた手が離れる。

 理人は前のめりに倒れる弥恵子を空いた片手で抱き留めて、さらに一撃繰り出した。今度はがら空きになった胴の真ん中、急所である鳩尾を抉るように突けば、男は呻くこともできずに倒れ伏す。

 わずか数秒の間に決着はつき、理人は知らずに詰めていた息を吐いた。

 まだ周囲の喧しい音は止まない。しかし、耳を塞いでいた女中は、こちらを振り向いており、味方の男が倒れたこと、そして重要な人質を失ったことを知った。


「このっ……!」


 女中は怒りに顔を歪めて立ち上がると、近くにいたカホルの方を見やった。新たな人質にする気なのだ。


「カホル君!」


 理人は駆け寄ろうとしたが、弥恵子を抱えたままであることに気づき、出遅れる。女中の動きの方が早かった。

 女中がカホルに掴みかかろうとしたその時、カホルが腕を上げる。その小さな手に握られていたのは、鈍く光る小型拳銃デリンジャーであった。

 小さな銃口が、女中に向けられる。女中は顔を強張らせて動きを止めたが、強がるように笑った。


「どうせ空気銃おもちゃでしょう?だいたい、こんな子供ガキに撃てるわけが……」

「でしたら、試してみましょうか?」


 カホルの指が引き金にかかる。銃口は震えることもなく、女中にしっかりと狙いを定めていた。


「……」

「……」


 二人の無言の応酬の最中も、音は鳴り続いている。

 やがて、騒音の合間に、窓の外からざわざわとした人の声が聞こえてきた。

 閑静な高級住宅街だ。こんなに大きな音が鳴っていれば、人は集まってくるだろう。そのうち騒ぎを聞きつけて警官もやってくるに違いない。

 思った矢先、階下から「どなたかいらっしゃいますかー!?派出所の者ですが――」と声が響いてきた。

 カホルは静かな表情で、女中に問う。


「さあ、どうします?私を人質にとっても、この状況では逃げ切れないと思いますよ」


 共犯の男も悶絶して動けない状態だ。二階の寝室には、他に逃げ場もない。

 女中は悔しそうに唇を噛み締めた後、ちくしょう、と掠れた呟きを零した。



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