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帝都メルヒェン探偵録  作者: 黒崎リク
第二話 金の鳥の館
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(8)


 若い女性の口には猿轡さるぐつわがかまされて、後ろ手に縛られた華奢な身体には細縄が食い込んでいる。緩やかな癖のある髪は乱れて、白い面には泣き腫らした跡があった。救いを求めるように理人を見つめる目から、再び涙が溢れて、歪んだ頬に一筋二筋と線を作る。

 ――彼女が、本物の『金森弥恵子』であろう。

 弥恵子を捕えている男は、見るからにやくざ者という風体をしていた。

 若い男で、無精ひげに刈りあげた短髪。草臥くたびれたシャツとズボンを纏っている。彼の手には短刀が握られていて、薄暗い廊下の中、玄関からの白い光をわずかに反射していた。

 短刀の刃が向けられた先にあるのは、弥恵子の顔だ。

 やくざ風の男は、理人を見やって顎を振った。


「そいつを放しな。でないと、ご令嬢の顔に傷がつくぜ」

「……」


 理人は、女性を掴まえていた手の力を緩める。人質がいる以上は逆らえない。

 女性はふんと鼻を鳴らして、乱暴に理人の手を払った。


「……ちょっと、遅いじゃないの」

「女中部屋で見張りしてろって言ったのはお前だろ。こうして助けに来てやったんだ、感謝しろよ」


 飾り気のない言葉を交わす女性と男は、明らかに顔見知り――というか、共犯であるようだ。


 どうやら、本物の弥恵子は女中部屋に監禁されていたらしい。だから女中部屋とカホルが言った時に、偽物の女性が動揺していたのだろう。

 また、この偽物の女性は家の間取りにも詳しく、茶の準備等の一切も手慣れているところから見ると、カホルの推測通り、金森家の『女中』に違いない。


 女中はさっさと男の方へ向かおうとしたが、ふと足を止めて、理人にしだれかかってくる。淑やかな令嬢とはかけ離れた、艶のある笑みを浮かべながら、理人の上着の胸ポケットに手を伸ばした。


「色男さん、『金の鳥』はもらってくよ」


 そう言って、胸ポケットに入れていた黄金の鳥をさっと抜き取った。

 女中の手にある小さな黄金の鳥を見た男は、眉を顰める。


「あぁ?何だよ、遺産って、それっぽっちか?」

「これでも十分じゃないの。売ればいくらになるかしらねぇ。……まあ、でも、そこの坊やの言う通りなら、もっとあるんでしょう。ねえ、先生?」


 女中は理人を見上げて、赤い唇の端を上げた。


「さっさと残りの遺産を見つけな。でないと、『お嬢様』がどうなっても知らないよ」



 

 弥恵子を人質に取られた理人は、女中の言うことを聞くしかない。

 だが、本当に他にも隠された遺産があるのかは、理人にはわからない。そもそも、遺産の隠し場所に気づいたのはカホルだ。

 そのカホルはと言えば、理人の傍らで口を閉ざしている。

 さすがに彼も、この状況には微笑みを消していた。しかしその冷静な眼差しに焦りは見えず、何かを考えているように見えた。

 そんなカホルの肩を、どんと乱暴に押す者がいる。不意を突かれて後ろによろめいたカホルをあざ笑うのは、偽物の弥恵子を演じていた女中だ。


「さっきまでぺらぺらとよく喋っていたのに、今頃びびってんのかい?弥恵子みたいな、苦労知らずで甘ったれで、気取ったお嬢様も大嫌いだけど……」


 女中は言いながら、人質に取られている弥恵子を横目で見やる。

 猿轡をされたままの弥恵子は、悔しさや怒りを涙目に宿らせて、かつて己に仕えていた女中を見つめる。

 弥恵子の責める視線も女中には痛くも痒くもないようで、ふっと鼻で笑った後、カホルを睨みつける。


「……アンタみたいな、いかにも育ちがいいような、小賢しくて生意気な子供ガキも大っ嫌い」


 悪態をつく彼女に、カホルは怒りも泣きもしなかった。女中をちらりと一瞥しただけで、再び俯いて考え込んでしまう。

 無視されたと思ったのか、女中は細く吊り上がった眉をさらに吊り上げて、カホルの正面に回った。


「ちょっと聞いてんの?澄ましてんじゃないわよ!」


 怒った女中の手が、カホルを叩こうと振り上げられる。

 理人は咄嗟に彼女とカホルの間に割り込んだ。女中の振り下ろされた手の爪が顎の下、首元辺りを引っ掻き、ぴりりとした痛みを皮膚に走らせた。

 打つ音に、理人に押しのけられたカホルが、ようやくはっとしたように顔を上げる。


「千崎さ……」

「この子には手を出さないでもらえるかな?そもそも、子供相手に大人げない真似はどうかと思うよ」


 理人は表情を消して女中を見下ろした。顔が整っている分、無表情になると妙な迫力があると友人の一谷いちやから言われているし、自覚もしている。

 それを見越して牽制する理人に、女中はわずかに身を引く。しかし、己の方が有利な立場にあることを思い出したのか、つんと顎を上げた。


「アンタら、わかってんの?こっちには人質がいるんだよ。アタシらに反抗するってんなら……」

「そんな、滅相もありません。先ほどは大変失礼を致しました」


 慇懃な口調で答えたのは、理人の背後にいたカホルだった。

 理人の横をすり抜けて前に出たカホルの、黒い眼差しが女中を見据える。


「わかってんなら……」

「ええ。遺産を見つけるためには、この屋敷をよく知っているあなたの協力が必要です。屋敷に、次のいずれかがあるかを確認したいのですが、聞いてもよろしいでしょうか?」


 打って変わって腰の低いカホルに、女中はわずかに気を良くしたようだ。腕を組んで、もったいぶったようにカホルを見やる。


「何だってんだい」

「城の模型、馬の人形、あるいは……からの鳥籠はありませんか?それらが無いのであれば、おそらく『黄金の鳥』以外に遺産は無いと思われるのですが……心当たりはありませんか?」


 カホルの問いかけに、女中ははっとした。


「……たしか、鳥籠……小さいのが、旦那様じじいの寝室に……」

「ああ、それです!遺産はきっと、そこに隠されています。そうですよね、千崎先生」


 鳥籠――その単語に、理人は思わずカホルを見やった。


 『黄金の鳥』の童話は、まだ終わらないようだ。



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