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帝都メルヒェン探偵録  作者: 黒崎リク
第二話 金の鳥の館
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(7)

 まあ、と後ろで弥恵子が驚きの声を上げる。


 理人が手に取ったそれは、四方が二寸(六センチメートル)程の鳥の形をしていた。小さいものの、掌にずしりとした重みを与える。めっきではなく、本物の金だとわかった。

 金だけではない。繊細な意匠が施された金の鳥の目や羽は、色とりどりの宝石で飾られており、見るからに高価そうな品であった。


「これが遺産か……?」

「そ、そうですわ、きっとそうです!ああ、見つけて下さってありがとうございます!」


 喜びに満ちた顔の弥恵子が理人に駆け寄って、金の鳥を受け取ろうと手を伸ばしてくる。

 理人は渡そうとしたが、そこに割って入ったのはカホルの静かな声だった。


「いいえ、遺産はそれだけではありませんよ」

「え…?」


 弥恵子が動きを止めてカホルの方を見やる。期待を多分に含む弥恵子の視線を受けたカホルは、理人へと顔を向けた。


「そうでしょう、先生?この『黄金の鳥』には、まだ話の続きがあるんですから。黄金の馬と鞍、金の城に住む美しい王女……」


 つらつらと並べながら、カホルは「そうですよね」と理人に話を向けてくる。

 助けてくれるはずの『狐』――もとい助手の突然の振る舞いに、理人は何と答えていいものか戸惑いながらも、「ああ」と頷いた。

 理人の同意を得たカホルはにこりと微笑んだ後、弥恵子を見やった。


「そのためには、屋敷中をもう一度探さなくてはなりません。そう、例えば台所や……女中部屋なども」

「……」


 カホルの提案に、弥恵子の顔が強張ったことに理人は気づいた。だが、すぐに彼女は取り繕うような笑みを浮かべて、首を横に振る。


「あの部屋には何もありませんわ。ただの物置みたいな部屋ですもの」

「おや、そういう部屋こそ怪しいではありませんか。探してみる価値はあるのでは?」

「そんなことは絶対にありません。勝手なことはしないで下さい」

「どうして、ありえないと言い切れるのです?」

「しつこいわね。いい加減にして」


 きつい口調の弥恵子の睨みを受けながらも、カホルの微笑みは崩れなかった。



「……女中部屋が、あなたの部屋だからですか?」


「っ!!」


 カホルの言葉に息を呑んだのは、弥恵子だけではなかった。理人もまたはっとして、カホルと弥恵子を見やる。

 弥恵子は、今度こそはっきりと表情を硬くしていた。小花模様のワンピースに包まれた身体は、かすかに震えている。

 彼女は眉を吊り上げて、カホルを睨みつけた。


「……何を言っているの?失礼なことを言わないでちょうだい」

「でも、あなたは『金森弥恵子』さんではありませんよね?」

「なっ……」


 きっぱりと言い切ったカホルに、弥恵子が絶句する。狼狽の色は隠せず、その見開いた目や表情に焦りと怒りが浮かぶのが見て取れた。

 弥恵子が赤く塗られた唇を開こうとした矢先、カホルが唐突に言った。


「靴擦れは、痛みませんか?」

「え?」


 カホルは弥恵子の足を指さす。


洋靴パンプスを履き慣れていなかったり、サイズの合わないものを履いたりすると、靴擦れができやすくなります。それから、足元が覚束なくなって転びやすくもなりますね」


 カホルの指摘に、弥恵子はふんと鼻で笑った。


「それが何だって言うの?たまたま大きなものを買ってしまっただけよ。変な言いがかりはよして」

「失礼ながら、先ほど靴箱の中を拝見いたしました。あなたが『大きい』と仰ったサイズと、同じサイズのものが揃っているのを確認しています」


 いつの間に、と理人は内心で舌を巻いた。

 そういえば、応接室にカホルは少し遅れて入ってきた。玄関ホールの柱時計の細工がどうのと言っていたが、そのときに時計だけでなく靴箱も確認していたのだろう。


「わざわざ足に合わない靴を幾つも所有するご令嬢は、そうそういるものではありませんよ」

「っ……」


 カホルの追及に、弥恵子は唇を噛む。やがて、理人の方へと視線を移して、きっと睨んでくる。


「ちょっと、さっきから失礼よ!あなたの助手でしょう?なんて失礼な子供を雇っているの!」

「まあ、雇っているというか……」


 実は立場が逆だ、とは言わずに、理人はふっと苦笑を零して、弥恵子――いや、『金森弥恵子』と名乗る女性を見下ろす。


「……助手の非礼を詫びるのは、念のため女中部屋を確認してからでもよろしいですか?」


 言いながら、持っていた金の鳥を自分の上着の胸ポケットへと入れた。

 女性はそんな理人とカホルを見やり、小さく舌打ちすると身を翻して女中部屋の方へと向かおうとする。


「千崎さん!」

「わかってるよ」


 カホルに言われる前に、理人は女性の腕を掴んで逃亡を阻んだ。理人の腕を振り払おうと、女性は金切り声を上げる。


「放しなさいよ!」

「そうはいかないよ。君が偽物だとしたら、本物の弥恵子さんはどこに……」

「――ここにいるぜ」


 言いかけた理人に答えたのは、女性の声ではなかった。

 低い男の声に視線を向ければ、廊下に一人の男と――男の腕に囚われた、若い女性がいた。



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