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帝都メルヒェン探偵録  作者: 黒崎リク
第二話 金の鳥の館
13/77

(6)


 完訳グリム童話集の第二巻。

 光和の時代に入ってから、日本人のドイツ語学者によって日本語に訳されたものだ。


 カホルから差し出されたそれを受け取りながらも、理人は困惑していた。

 なぜここでグリム童話が出てくるのだろう。カホルの童話メルヒェン好きは知っているが、今ここで持ち出してくることはあるまい。

 訝しく思いながら、ぱたりと表紙をめくったときにふと気づいた。

 分厚い童話集のページの一か所が、折れ曲がっている。さほど読み込まれた形跡の無い綺麗な本であるのに、そこだけ折れ曲がっているのが妙に気になった。たまたまページの端が折れた風ではなく、まるで目印のようにきっちりと二等辺三角形の形で折られている。

 折れ曲った箇所を開けば、ページの半ばに童話の題名が書かれていた。


 『黄金の鳥』。


 ――金の鳥、だ。


 はっとしてページから目を上げれば、カホルの唇が笑まれる。

 黄金の鳥というタイトルは、確かに覚えがあった。カホルからグリム童話集を渡された時点で気づかなかった自分が少々鈍くも思えた。いやしかし、『金の鳥』でグリム童話と結び付けてくるとは、普通思うまい。

 それに、これは『金の鳥』ではあろうが、ページが折れている以外には変わったところはないように見える。ざっと童話の内容に目を通してみたが――



 王様の庭には、黄金のりんごがなる木があった。

 ある日、りんごが一つなくなっていたため、王様は三人の息子たちにりんごの木の下で見張りをするように言いつける。

 長男と次男は真夜中の十二時になると寝込んでしまい、りんごは盗まれてしまう。

 期待されていなかった三男が眠気に耐えて見張っていれば、十二時が鳴った時に空から金色に輝く鳥が現れた。

 三男は矢を射って鳥を追い払ったが、残された黄金の羽を見た王様は、「黄金の鳥がほしい」と言い出して……。



 そうして三人の息子たちが黄金の鳥を探しに旅に出る、という物語である。

 途中、忠告をする狐が現れたり、忠告を無視した長男次男は危険な目に遭ったり、三男は忠告を聞くものの何度も失敗して狐に助けてもらったり……と、なかなかに波乱万丈な展開が繰り広げられる。


 とはいえ、原本や訳本で昔読んだ内容とほぼ変わらず、特別に書き込みがしてあることも無かった。

 理人が行き詰まれば、そこにカホルの声が掛かる。


「千崎先生。そういえば、『黄金のりんご』が玄関ホールにありましたね」


 まるで助言をする狐のごとく、カホルはきゅっと目を細めた。

 


***



 玄関ホールに行けば、確かに『黄金のりんご』があった。

 人の背丈ほどもある大きな柱時計の上方、文字盤を囲む木の部分に彫り込まれていたのは、三つのりんごが生る枝葉だ。飴色の艶がある木の表面には繊細な枝葉の模様が彫られており、熟した実の部分には金色の板が嵌め込まれていた。


「あのぅ……それは金めっきですので、それほど高いものでは……」


 後ろで控えめに弥恵子が言う。すでに調べてあるようだ。

 しかし、そんな彼女にカホルが尋ねる。


「金森弥恵子さん、この時計はいつから止まっているのでしょうか?」

「え?ああ、ええと……祖父が買ってきた骨董品でして、そもそも壊れていて動かないんですの」


 一年ほど前に金森晋造が買ってきて、飾りとして置いていたそうだ。言われてみれば、下方のガラス扉の奥にある振り子は静止していた。

 カホルは「失礼」と断ってからガラス扉を開けると、中の金色の振り子を掛け直したり、少しいじったりしてから、左右に動かす。振り子は問題なく動き始め、やがて安定した動きになれば時計の針が動き出した。


「どうやら壊れてはいないようですね。……千崎先生」


 名を呼ばれて、今までカホルの行動を見ているだけだった理人は我に返る。


「な……何だい?」

「黄金の鳥は、いつ現れますか?」

「……」


 ここまでお膳立てされれば、さすがに理人でも次の行動に移れた。

 理人は時計の文字盤に手を伸ばす。


「十二時だ」


 文字盤の横にある螺子ねじを巻いていき、長針と短針の先が天を向いて、ぴたりと重なったときだ。

 かち、かたり、と小さな音が時計の内部から聞こえた。

 かた、かた、と音を立てながら、黄金のりんごの内、一番下にあった一つが消えていく。いや、正確には金色の板が徐々にずれて隠れていき、後ろの木の板がむき出しになったのだ。


「これは……」


 木の部分には、縦に細長い穴のようなものがあった。

 小指の爪の先ほどの大きさだ。鍵か何かを差し込むのだろうか。


 ……いや、『鍵』はこの話の中には出てこない。

 『黄金のりんご』、『十二時』。

 童話にかけているというのであれば、次に出てくるのは『黄金の鳥』、そして――


 理人の目に、文字盤の黒い長針が映った。

 鋭く尖った先端を持つそれは、『矢』の形状とよく似ていた。


「……矢……時計の針、か?」


 理人は呟きながら、文字盤のガラス扉を開いて中の長針に手を掛ける。長針はあっさりと取り外すことができた。

 長針の先端を穴に差し込んで、先端の返しを穴の縁に引っ掛けるようにして引っ張れば、ぱこっと木の部分がりんごの形に外れた。

 その奥から現れたのは、小さな黄金の鳥であった。



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