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『金の鳥の館』――金森家が所有する霞町の邸宅がそう呼ばれるようになった理由は、邸宅を建てた金森晋造が屋根の小さな尖塔に『金色の風見鶏』を付けたことが一つ。
もう一つは、彼にとって『金の鳥』が幸運のシンボルだったからである。
金森晋造は、幼い頃に一週間続けて同じ夢を見た。黄金色に輝く鳥が現れて、彼を光り輝く大きな館へと導くという夢であった。
夢の話を聞いた親から「将来成功するという予知夢ではないか」と言われた彼は、寺子屋だけでなく近くの教会にも通って外国語を学び、懸命に勉強した。家を出て働きに出れば、奉公先であった宝飾店では努力と才覚が認められて、青年期を過ぎた頃には店の一つを任されるようになった。
それからもめきめきと頭角を現していった彼は、やがて独立を果たした。夢の通りに成功者の一人となり、宝飾店のオーナーとして辣腕を振るったという。
そんな彼が宝飾店のシンボルとして選んだのが、むろん金の鳥だ。生涯のお守りの意味もあったのだろう。
かくして、彼が生前過ごした館は『金の鳥の館』と呼ばれるようになった――
「……金の鳥の館に隠された遺産、か」
理人は、カホルと二人きりになった応接室で呟いた。遺産探しを相談してきた弥恵子は、今は茶器を片付けに部屋を出ている。
「しかし、目ぼしい場所はほとんど探しているようだね」
弥恵子の話によると、祖父である金森晋造の寝室や書斎を含む、屋敷内の部屋はすでにあらかた探し終えているそうだ。金庫や本棚、食器棚に箪笥、納戸や屋根裏、床下まで浚って探したらしいが、それらしいものは見つからなかったと言う。
また、『金の鳥』が遺産を示唆しているのではないかと、屋根の上の金色の風見鶏を調べたらしいが、金色のメッキが施された安物であったそうだ。
弥恵子は、どうしても早く遺産を見つけたいと訴えていた。
現在、家業である宝飾店の経営が思わしくなく、資金を得るためにもより多くの遺産が欲しい。また、近々己の縁談が決まる予定で、その結納金もいる――とのことだった。
応接室のガラス扉付きの本棚を眺めていたカホルが、理人の呟きに応える。
「故人は宝飾店のオーナーでしたから、おそらく遺産も宝石や貴金属の類でしょう。小さい物であれば、見つけにくいかもしれませんね」
宝石や貴金属であれば市場価値も安定しているし、希少なものであれば今後も価値が下がることはない。ましてや家業が宝飾店であれば、扱い方も心得ている。
それを見越して、屋敷の中のどこか小さな場所に隠しているのでは――。
検討はついたが、なにぶん、与えられた情報が少ない。
金森晋造は還暦を過ぎても血気盛んに働いていたが、ある日急に店で倒れた。卒中を起こし、そのまま帰らぬ人となったらしい。
遺言書は作ってあったそうだが、弥恵子に告げていた隠し財産については書かれていなかったそうだ。
「何か少しでも示唆する言葉は書いていなかったのかな?」
「書いてあれば、弥恵子さんがとうに見つけていると思いますよ」
それもそうか、と理人が溜息をつけば、そこに弥恵子が戻ってくる。
「お待たせしました。それで、あの……」
これからどうすればいいのか、と尋ねてくる目線に答えたのは、いつの間にか理人の後ろに立っていたカホルだった。
「金森弥恵子さん、書斎を拝見してもよろしいでしょうか?」
「書斎……ですか?」
弥恵子が垂れ目を不思議そうに瞬かせる。彼女の問うような視線を受けた理人は「この子供はいきなり何を言い出すんだ」と内心で焦りながらも、表情は崩さなかった。
背後では、カホルが勝手に話を進める。
「千崎先生が、気になることがあるそうです」
「……ええ、そうです。よろしければお願いできますか?」
カホルの言に理人が何とか話を合わせれば、弥恵子は「わかりました」と頷く。
書斎に向かう彼女の後をついていきながら、理人は斜め後ろのカホルを振り返った。弥恵子に聞こえぬよう、そっとカホルに小声を落とす。
「君は……いったい何を考えているんだい?」
「少し確かめたいことがありまして」
「そういうことは事前に言ってくれたまえ」
「気を付けます」
こそこそと囁き合っていれば、弥恵子が不安そうに顔を向ける。彼女の表情は、少し強張っているように見えた。
「あの、何か……」
「ああ、失礼。お気になさらずに。今、彼に指示を出していたところなんです」
理人が微笑みながら言えば、カホルが目の端でこちらを見やった。理人の意趣返しに気づいたのだろう。
まあ、こうして言っておけば、書斎に入ってからの行動はカホルに任せておけばいい。少しやり返した気分になる。
書斎は二階にあった。シンプルな造りの洋風書斎で、奥の窓辺には書斎机、左右の壁には本棚が配されていた。
室内に先に入ったカホルは本棚に向かって、何かを探すように視線を巡らせている。理人もそれに倣い、カホルとは反対側の本棚を眺めた。
……それにしても、彼はいったい何を探しているのか。
そういえば、先ほどの応接室でも本棚を見ていたようだ。本に何か隠されているのだろうか。
中をくりぬいて宝石を隠している?いや、まさかそんな単純なことはあるまい。
理人が考えていれば、背後で声が上がる。
「千崎先生、ありました」
振り返れば、カホルが手を伸ばして棚から一冊の本を取り出す。
そうして理人に差し出されたのは、『グリム童話集』であった。




