(4)
霞町の手前、材木町の停車場でタクシーを降りた理人とカホルは、西の方角へと歩を進めた。幾分も行かぬうちに南へと方角を変えて進めば、閑静な住宅街に入る。
「ちなみに、どんな内容の依頼なのかな?」
「探し物をしてほしいそうです。文子さんも詳しくは聞けなかったそうですが……」
そうしたやり取りをしながら辿り着いたのは、小ぢんまりした白い洋館であった。
周囲を緑の生垣に囲まれた一軒家で、落ち着いた橙色の瓦屋根に、白いモルタルの壁。二階建てで、屋根の上には金色の風見鶏が輝いていた。
門柱の表札には「金森」と書かれている。
先導していたカホルが、門柱に付けられたチャイムのボタンを押した。
しばらくすると、玄関の扉が開いて若い女性が顔を出す。長めの断髪に洋装姿の女性は、パンプスのヒールをかつんかつんと鳴らしながらこちらへと歩いてくる。
途中、彼女は理人とカホルを見て、少し驚いたように目を瞠った。眦が垂れた目元は濃い目のアイシャドウが引かれ、眉は長く細くきりりと上げて描かれていた。ぽってりとした唇には紅色のルージュが塗られている。
小花模様の少し大きめのワンピースを纏った彼女は、戸惑いの表情を浮かべながら門柱まで来たが、何かに躓いたのか前のめりに倒れ掛かった。
「きゃっ…」
「おっと」
理人はすかさず手を伸ばして、彼女の身体を支える。片腕で抱きとめる形になり、胸と腕にもたれた彼女に声を掛けた。
「お怪我はありませんか?」
「え、ええ……」
理人が微笑みながら尋ねると、女性は頬を染めて、しばらくぼうっとしたようにこちらを見上げる。異人の血を引く理人の顔を間近で見た女性は、大抵このような反応をするので、理人は特に気にしなかった。
やがて、軽い咳払いの音――カホルが立てたものである――に、女性は我に返ったように身を起こす。
「も、申し訳ございません。靴の踵が引っかかったようですわ」
石畳の隙間にヒールが入ったと言いながら、女性は理人の腕を支えにパンプスを履き直した。踵の上には痛そうな赤い靴擦れができているのが見える。
ようやく姿勢を立て直した女性は、理人に向かって頭を下げた。
「ありがとうございます。あの、失礼ですが貴方は……」
「ああ、申し遅れました。乙木文子の代理で参りました、千崎と申します。こちらは、助手の小野です」
理人がすらすらとカホルの紹介まですれば、カホルは無言で微笑んで会釈をした。
女性は理人とカホルを交互に見やった後、主に理人の方を見て名乗る。
「ようこそお越しくださいました。私は金森弥恵子と申します」
この女性――金森弥恵子が、乙木夫人に相談を持ち掛けたという女性であるのだろう。横目でカホルを伺えば、軽く肯かれて、そのまま話を続けるように促された。
理人は胡散臭くならないよう、静かな微笑みを口の端に乗せて弥恵子に尋ねる。
「ご相談の件、詳しく聞かせて頂けますか?」
「ええ。どうぞお入りください」
弥恵子は玄関のドアを開き、理人とカホルを館の中へ招き入れた。
玄関ホールを抜けて応接室に招かれた理人は、大きな二人掛けのソファーに座った。そこにカホルが少し遅れて入ってくる。
「どうしたんだい?」
「玄関ホールに大きな柱時計があったでしょう?綺麗な細工が施してあったので、ついつい眺めていました」
言いながら、カホルはあたりを見回す。
「金森さんは?」
「今、お茶の準備をしているよ」
理人の返答を聞いたカホルが、軽く首を傾げた。
「女中の方はいらっしゃらないんですか?」
確かに、こういった洋館を所有する家庭であれば、たいてい住み込みの女中がいるものだ。理人も気になって、すでに弥恵子に尋ねていた。
「今日は僕達が来るから、暇を取らせたと言っていたよ」
「そうですか……」
カホルは顎の下に指を当てて考えるそぶりをしながら、理人の隣に並んで座った。そんなカホルに、理人は小声で尋ねる。
「ところで、こんな感じでいいのかい?僕の『探偵』役は」
カホルは何も言わないが、理人は少し気になっていた。女性と会話するのは己の得意とするところではあるが、カホルが望むような対応ができているのだろうか。
そう思って尋ねたのだが、カホルは小鹿のような目をぱちりと瞬かせた後、ふっと可笑しそうに破顔した。
思わぬ反応に理人がわずかに鼻白むと、すぐに謝ってくる。
「すみません。先ほどまで、あなたの探偵ぶりも女性への対応も堂に入ったものだと感心していたので。さすが元御曹司だけあって、言葉遣いも振る舞いも襤褸が出ませんね。まさか気になされていて、私に伺いを立てるなんて、少し意外でした」
「……それは、褒めてもらっていると解釈しても?」
「もちろんです」
カホルが真顔で答えるが、素直に受け止められない理人である。
女性の扱いが手馴れているだの、元御曹司だのと、少々皮肉が入っている気がしないでもない。ちらりと彼の顔を見やれば、「どうかしましたか?」と澄ました笑みが返ってくる。
一筋縄ではいかぬ子供だ、と改めて思っていれば、弥恵子が盆を抱えて戻ってきた。
「お待たせいたしました」
彼女は慣れた手つきでティーカップをテーブルに並べる。白いティーカップには、薄い紅色がかった紅茶が入れてあった。
理人とカホルが紅茶を手に取ったのを見計らい、弥恵子も向かいのソファーに座った。熱い紅茶を一口飲んだ彼女に、理人は尋ねる。
「それで、ご相談というのは何でしょうか?探し物をしてほしいとのことでしたが」
「ええ。……実はふた月前、私の祖父、金森晋造が他界しました」
「それは……お悔やみ申し上げます」
「お気遣いありがとうございます。この家は祖父のもので、遺言で私の家族が引き継ぐことになったのですが、少し困ったことがありまして」
いったん言葉を切った弥恵子が、理人を見つめてくる。
「祖父は、私に別の遺産をくれると言いました。でも、それがどこにあるかを教えてもらう前に祖父が亡くなりました。思いつく場所は探したのですが、どうしても見つからなくて……。貴方には、この『金の鳥の館』に隠された遺産を探していただきたいのです」
弥恵子はそう言うと、深々と頭を下げた。




