忘却された運命
今更合わせる顔はあるのだろうか?
私は受け入れられうのだろうか?
それとも、忘れられ拒絶されてしまうのだろうか?
それでもいいからと私は歩く。それでもいいよと許しを願う…
だから私は、此処に居ない。
俺と優秘はとりあえず、マンションの部屋に戻っていた。
「さて…石英さんには悪いけど恐れていた事態だ…一応連絡してみるか…」
そう言い、俺はスマホから電話をかける。
…
………
…………
(…出ないか)
そりゃそうだろう、今石英さんは、
少ない手掛かりからある少女のその後を正式な手順を踏んで探っているんだから…
「あの、賢人。お腹減ったんだけど…」
優秘がそう言いながら俺を睨んでくる。そうだ、確かに大事はあったが優秘の胃も割と大事なのだ…
「分かった分かった。今用意するから静かに座って待ってろ。」
俺がそう言うと、優秘はやや不満そうに座った。
「…賢人はどうしたいの?あんなに忘れたがってる何かを思い出させて清深を困らせたいの?」
俺は…委員長を困らせたいわけではない。だが、同時にその真実を知りたいという好奇心と、
放ってはおけないというお節介が、俺の問題解決をしようとする動機だ…
「…もし放っておいたら委員長はどうなる?」
俺は夕食のサラダとスパゲティを準備しながら、優秘にそう聞いた。
「うーん…前に麗美の持ってる本と麗美に聞いた感じだとね…えっと…多分…その内何も分からなくなって、はいじん?とかいうのになるらしいって教えて貰った。」
…廃人か、つまり生きているだけで何も分からず感じる事も少ない人であって植物のような生ける屍になるということだ…
「…なら、解決しないといけないな。まぁ本人は絶対起こるだろうけど、」
多分これは、他人の心に土足で踏み入るようなものかも知れない。
それは…委員長にとっては間違いなくとても不快な事…
「…委員長が廃人になるよりかは100倍はうんとマシだ。さて、優秘ー!夕飯が出来たぞ、今日は多めに作ったからたんと食え!!」
俺は優秘の居る机に、出来たての大盛りのスパゲティとサラダを持っていった。
石英麗美は色々な手続きを終え、ようやく調査を始めていた。
「とりあえず、私の所属している企業の人達には協力して貰えて良かったです…」
そう電車の中で麗美は言うと、前に座っていた男性は言う。
「まぁ、これも何かの縁だろう。それにしてもまさか息子の学校の不審者が息子自身だったとは…本当に申し訳ありません…」
男性がそう言うと、麗美は落ち着いた様子で答えた。
「いいえ、こういうことは何度かありましたし、何より解決できたのだから落ち込む必要はありませんよ。福井修也さん。」
今、麗美の前に座っている男性は紛れもなく福井翔太の父親であり、そして石英麗美に依頼を発注する企業『エニシング』の社長だった。
「しかし、これはまた難しい問題だね…6年前の少女の写真と名前から個人を特定して欲しいとは…ただでさえ法に触れるかもしれないから手続きもかなり大変だったんだぞ?」
それを聞いた麗美は、申し訳なさそうに言う。
「すみません…本来個人を特定しなければならない場合は依頼を法的機関にお願いしないといけないのに我儘を聞いてくださり…」
申し訳なさそうな麗美を見た修也は、少し困ったような顔をして言う。
「あーあ、そういうのは良いから。いつも世話になってる石英のお願いなんだ。たまにはこっちもワガママに付き合わせろってんだ。」
そう言うと修也は、持っていたカバンの中から何かの書類を取り出す。
「一応、企業的にはこんな感じにこちらの落ち度があったためって感じの理由を作って法的機関からは許可を得たが…一つ条件が付いたんだ。」
麗美は、その条件と言うのを自分なりに予測する。
「つまり企業として、その落ち度を謝りに行くってことですか?」
修也は答える。
「まぁそんな感じだが、ちょっと違うな。これはうちの企業のしかも俺が悪かったって事になるからな…まぁ、その…」
「社長の俺自身が調査しろってことになってるんだよ。だから石英、お前は俺の補佐って事になる。まぁその書類を見ればある程度は分かると思うが俺が出来るのは精々このくらいだ。」
麗美は、書類を見ながら尋ねた。
「つまり、福井さんも私に同行…書類上は私が福井さんに同行という事ですか?」
修也は答えた。
「まぁ、大雑把だとそういう事になるな。そういう事で宜しく頼む。」
麗美は笑顔で言った。
「分かりました、それではよろしくお願いします。」
次の日の放課後、俺は福井と話をしていた。
「でさ、親父ってばよく分からない企業だと思うだろ?俺もあんまり次ぎたくないんだけどなー」
福井は自慢げにそう言っていた。
(何事もまずは情報を集める事…そろそろ聞いてみるか)
「それはそれとしてあのさ福井、委員長の事どう思う?」
今考えれば俺はこの時何も考えずに言葉を発していたんだろう…
「…え?俺がって事!?俺は普通にいい人だと思うけど…お前もしかして、狙ってる感じ?」
福井は少し面白がってそう聞いてきた。
「いや、そういう訳ではないけど…まぁ少し気になってるというか…」
俺がそう言うと、福井は俺の背中を軽く叩いて言う。
「隠す必要はねぇって!好きな事を好きと言って何が悪い!」
(あぁ…完全に誤解してるわコイツ…)
すると、福井は少し落ち着いた声で言った。
「でも委員長か…橋本さんと俺ってそういや中学一緒だったんだけど三年前だったか中学二年の頃?…その辺からなんか時折辛そうな顔してたんだよな…最近はなんか全然そんな顔しなくなったけど代わりに心ここにあらず?みたいな感じにしてるのをちょくちょく見るぐらいか。」
俺は、その言葉を聞いて確信した。
(『その辺』にきっと、『何かあった』のだ…)
「…福井、ありがとう。大体分かったよ。」
俺は時間を割いて聞いてくれた福井にそう感謝した。
「何言ってんだ、恋抱く友人が困ってるんだ。そりゃこのくらい当然だ。」
(この誤解は…当分解けそうにないようだ…)
「詳しい事…というかまぁ積もる話はまたする。…俺は用事があるから今日はこの辺で!」
俺がそう言いながら教室を小走りで出ようとすると、福井は笑顔で手を振った。
「おう!頑張れよ!応援してるからな!!」
誤解をしたままのバカはそのままにして、俺は学校を駆け回り、委員長を探した。
1時間程さがしたが結局委員長は見つからなかった。
挙句疲れたし少しゆっくり考えたかったので10分程落ち着くために、俺は屋上に来ていた。
「…今日はもう帰ったんだろう。まぁ、仕方ないか…」
そう言って俺は屋上の床に横になった。
「…意外と気持ちいいものだな、これ。」
…ガチャン。
「!!?」
突然俺が屋上へ入ってきたドアが開く音がする。
(やべぇ、先生にバレちゃったか…)
本来ここは生徒は授業外では立ち入り禁止なのだ…そして、ドアを開けた人が、俺を見て言った。
「こら、ここは生徒は入ったらダメって…あれ?材架くん?」
それは俺が必死に探していた委員長の声だった。俺は飛び起きて言う。
「委員長!探しましたよ…何処に居たんですか?」
委員長は少し不機嫌そうに答える。
「材架くん、ここは授業外は立ち入り禁止だよ。まったく…それはそうと私?私はちょっと先生の手伝いをしてたんだ、明日の授業の準備とかプリント運んだりとかね。それで用は何?」
委員長は軽くそう聞いてきた。
…放課後の屋上、誰も来ない立ち入り禁止場所ではあるが、誰も来ないという一点で言えば条件は整った。
「あの、委員長…いえ、橋本さんに大事な話がありまして…」
俺はそう真剣な表情で言うと…委員長は何故か緊張した表情で言う。
「え…ちょっと待って、そ、それってその…定番のアレって事?だとしたら私は…時間が欲しいです。」
(時間…?確かに心を整理する時間は必要かもしれないが、事実上はそう言っている場合ではない…)
俺は意を決して、委員長に言う。
「橋本さん。」
「はいぃ!?」
委員長は驚いた感じで受答えをするが、俺は構わず聞いた。
「一体三年前に何があったんですか?知り合いに聞きました。何か辛い事があったって、そして多分それは忘れたがるほど辛い事だって…」
すると、委員長はすぐに表情を変えた。
「!…三年前、ですか?」
その表情と声は、とても高圧的なものだった…
「はい、橋本さんが中学二年生の頃の出来事を俺は知りたいんです。」
そう言いながら、俺は昨日委員長が店に忘れていったブレスレッドを差し出す。
「これ、昨日喫茶店に忘れてましたよ。…そして多分、これはその辛かったことに関係してると思うんです。」
すると、委員長の右目から一筋の涙が頬に線を描いた。
「え…あれ?何も思い出せないのになんで、泣いてるんだろう?私…」
その涙は呼応するように、委員長の涙は次第に過去から流れるように、溢れていく。
「本当に何も、思い出せないんですか?このブレスレッドが一体何だったのかも?」
俺は、右手に持っているブレスレッドを委員長に差し出したままそう聞いた。
「…はい…私は何も…覚えてないの…分からないの…」
俺は、昨日夕食中に優秘に言われたことを思い出す。
「あのね、賢人。これは形有る物…というか壊せるようなものとかにしか効かないんだけど、」
優秘は、黒い石のようなものを石英さんの使っている道具箱から取り出す。
「結構清深自身の事は分からないんだけど、あらりょうじ?とかゆうので想いのつまりすぎて悪くなっちゃってる物を、想いと同じような宝石を触れたままで壊すと想いの悪いのが全部消えるんだよ。でも想いの悪いのは持ち主のところへだんだん戻るから、どうしてもって時以外は使わないようにしてるって麗美が言ってた。」
俺は、左手をポケットに入れて黒いジェッドという鉱物様物質を取り出す。
(今がそのどうしようもない時だ、恐らく霧散した想いは行き場を失い委員長を蝕み続けるが、糸口が掴めたなら問題を解決する事によって委員長から消えていくはずだ。)
「橋本…いえ、橋本委員長。今から、このブレスレッドを破壊し、あなたの記憶を…その思い出を蘇らせます。少し苦しむかもしれませんし、むしろもっと悪い状態になるかもしれません。ですが、」
(あぁ、俺は多分今、相当残酷なことをしているんだろう…)
俺はブレスレッドにジェッドを接触させ、右手に力一杯握って言った。
「それも貴方の思い出です。だからこそ向き合ってください!貴方自身のために!!」
そして、涙を流す何も分からない橋本さんの前で、俺はブレスレッドを破壊した。
………
それから1分程たった…委員長は次第に落ち着きを取り戻し、ハンカチで涙を拭いて、何があったのかを話し始めた。
「材架くん、私にはお姉ちゃんが居たの。でも実際は私が5歳の頃、お父さんが拾ってきた子で、身寄りがなかったから、養子として家族になったの…」
俺は尋ねた。
「お姉さんは…今は何処に?」
委員長は弱々しい声で答えた。
「分からない…お姉ちゃんは急にどこかへ行っちゃった…3年前の夏の日、大学も途中で辞めて…」
委員長は、話を続けた。
「辞める一か月前、お姉ちゃん、急に人が変わったようになっちゃったの…私は貴方の姉ではないし、恋をする事も出来ないって…」
「その話、詳しく聞かせて貰ってもいいか?」
俺と委員長が屋上へ入ってきたドアから、そう、声が聞こえた。
俺は直ぐに誰か分かった。
「高山…先生…あの、これは違うんです。いえ、屋上に来たのは悪いんですけど…」
俺がそう誤魔化そうとすると、高山先生は頭を搔きながら言った。
「あー、そういうの良いから。ある程度は状況を見れば察せる。委員長に屋上の見回りを頼んだのは俺だから、んで帰りが遅いからから様子を見に来ただけだし…」
「…だから、そんな些末なことはどうでも良いんだ。俺が知りたいのは、『橋本陽子の事』だ。
あいつに一体何があったんだ。」
一つ、疑問が生まれた。
陽子さんとは、高山先生の好きだった相手だ。それが委員長のお姉さん?
「…あの、もしかして高山先生の大学の同級生って…」
恐る恐る俺は尋ねると、高山先生は答えた。
「そういえば、言い忘れてたな。橋本陽子は、橋本清深の姉だ…機会が無かったから聞かずに居たが…」
すると委員長は、驚いた顔をして尋ねた。
「え…もしかしてお姉ちゃんの気になってた真矢さんって高山真矢先生の事だったんですか?」
高山先生は答える。
「あー…多分そうだと思う、でも気になってたんなら何故…」
高山先生は陽子さんに『ごめんなさい、もう想いを押し沈めなくていいから…』と海辺の石に刻まれた文字での返答だったが丁寧に告白を断られているのだ…だが、どうも噛み合わない…気になっていたという事は、高山先生の好意に答えても良かったはずだ…
「それは…お姉ちゃんが『今の時代の人間じゃなかった』からなんです。」
俺には、委員長が今言った事が信じられなかった…
石英麗美と福井修也は、あるビルの跡地に来ていた。
「…まぁこれはまた酷く焦げ臭いしボロッボロだな…」
修也がそう言うと、麗美はビル内部の壁やガラクタ等を確認しながら呟く。
「…やはり、これは意図的な爆破事故ですね…」
修也は、資料に目を通しながら言う。
「やはりそうか…これはたちが悪いな。ここの社長さん、確かもう亡くなってるんだってな。」
麗美は手持ちの資料を開き、説明する。
「敬三宏、享年58歳。三年前に精神的に不安定となり自殺、その後敬三さんの経営していた会社、有限会社敬三は、多くの不正が問題に上がりそれが原因で廃業。爆破事故の起こったこのビルも、費用不足により取り壊すことも出来ず不動産屋に売却…結果買い手もおらず今もなお残り続けている…」
修也は、麗美が賢人から渡された写真と、資料の写真を見比べて、調査の結果分かった事実を告げる。
「敬三祥子。享年13歳、爆破事故に巻き込まれ死亡…か。よく見れば見る程に顔の形やあざの位置が同じ…それに名前も一致している。…石英、気の毒だがこれはもう間違いない。祥子さんという人物は、この事故に巻き込まれ死亡した敬三祥子本人でほぼ間違いない…恐らく、敬三宏は此処に娘さんが居ることに気づいて居なかったんだろう…そして何かの不正の証拠を隠すために爆破事故を起こしたが、誤って娘さんも一緒に亡くなってしまった。…それに遺体も見つかっている。」
麗美は、立ち上がって謝る。
「はい…何か分かるかもと念の為調査に来ましたが、此処には何もありませんし何も残っていません…意図的な爆破、という事以外私に分かる事はもうありません。すみません。」
申し訳なさそうに謝る麗美に修也はは真面目な顔で言った。
「謝るなら、俺にではなく依頼主の材架くんに謝ってあげてくれ。」
そして、修也は資料を鞄に仕舞い、言葉を続けた。
「石英、お前は今回もよくやったさ。考えようによればこれもまた、人生の経験だろう。だからあまり今回の事で落ち込むな。たまたま、悪い話だったってだけだ。さて、しんみりした話はこれで終わりだ。エイシングの仕事がまだ俺には残ってるし、さっさと帰ろう。」
修也のその励ましの言葉に、麗美は答えた。
「はい、ありがとう…ございました。」
そしてビルを離れようとした時、奇妙なものを拾い上げた。
床に落ちていたためか煤が付いていたが、それは見覚えのある物だった。
煤を掃い、見覚えのあるそれをよく見ると、それはここにある筈のない物だった。
「どうして…『これがこんな所にあるん』ですか…」
女性はただ、歩いていた。
見覚えのある道を通り、見覚えのある場所を進んで行く。
きっとその先に、許される場所があると信じて…
「…此処だった?」
女性は馴染みのあった自分の母校の校舎へ入っていく…
「……、……は何処?」
そう呟きながら階段を上り続ける。
「…やっぱり、最期になるなら此処でしょう?」
そう言って、女性は最後の階段を登る。
女性の目は既に虚ろで、歩き方もぎこちなかった…
聞けるはずの無い声が、その耳に入るまでは…
空は段々と、雲行きが怪しくなっていった。