委員長の忘れ物
私には何も分からない…もう感じることも無くなった…
段々自分が分からなくなる…段々間違いを憎んで行く…
…自分の事ですら、自分の存在ですら怒りを隠せない…
あぁ…貴方が忘れなかったのは、一体私への何の想い??
あの後、まぁ色々あったがゴールデンウィークも最終日を迎え、
俺と石英さんと優秘は電車に揺られながら自分たちの今の居場所へと戻っていた。
結論から言うと、あのボトルメッセージは元あった木の下に埋め直された。
石英さん曰く、こういうケースは前にも何度かあったらしく、
放置していても悪いことは起きないようだ…むしろ、家や俺を守ってくれる精霊のような効果があるらしい。
「まぁそれにしても…久しぶりの実家だったにも関わらずいろんなところに連れて行かれたよなぁ…」
実際あの後、優秘が公園に行きたいとか釣りをしたいとか小規模であるはずの遊園地にすら行きたいと言い出し、結局安息にゆったり出来たのは最初の夜ぐらいだった。
そのせいだろう…
「よく眠っていますね、材架さん。」
このように、今は石英さんの膝で寝ているのだ…
「はい…石英さんは…その、疲れていないんですか?」
俺がそう尋ねると、当たり前のように石英さんは答えた。
「疲れ?…ですか?ふふっ、今は随分と減りましたが前はよく依頼とかで遠くへ行くことも多かったので慣れてるんです。」
そりゃそうか…言い方にもよれば、石英さんは第六感の専門家みたいなものだし依頼も受け付けているなら全国各地から依頼があっても何ら不思議ではない…むしろ飛び回っていないはずがない…
「そういえば石英さん、まだ見せてないものが二つほどあるんですが…」
会話していて思い出し、俺は手持ちのバックの中からあるものを取り出した。
「まずこれです。母さんがアルバムから見つけてきてくれた写真です。」
それは俺が幼い頃に家の庭で母さんに撮ってもらった祥子との写真だ…俺はそれを石英さんに渡す。
「この方が…祥子さんですね…」
じっくりと石英さんは写真の隅々まで観察する。
………
……
…
30秒程、俺も石英さんも、何も喋らなかった。
「あの…」
俺がふと声を掛けると石英さんは瞬時に尋ねてきた。
「これは何時撮られたものですか?」
ちょっと俺は困惑したがこれが問題に対する石英さんの対応だということは分かっているので俺は答える。
「え、えと…確かペンダントを貰ったのが六年前だから…7年前ぐらいになるのかな…よく覚えてないんですけどペンダントを貰う前ですね。」
すると石英さんは写真のある一点を見つめながら結論を答えた。
「…材架さん。結論から言うと優秘ちゃんのオーラに似た何かはこの写真には全く感じられません。というより『その点で見れば』これはただの写真です。」
「…その点で見れば?」
つまり、この写真には着目するべき点があるということだ…石英さんはそれを言った。
「この写真、翔子さんの腕のあたりに着目してみてください…それと顔つきも…」
言われてみて初めて気がついた…これは…
「目の色、髪の色は違うものの、ほぼ同じような顔つきです。そして右腕のこの青白いアザのような模様…恐らくどこかで怪我をした痕なのでしょうけど…」
そうだ、これは優秘にもあった…最初は全然見ていなかったが今言われてみて改めて写真の祥子さんと優秘を見比べてみると…同じような半径0.5cmくらいのアザが小さいながら『全く同じ位置』にあるのだ…
もし、偶然だとしても出来すぎていないだろうか?…『優秘は祥子さんと何らかの関係がある』とするなら。
「材架さん、私はこれらの情報を元に知り合いなどを使って祥子さんのその後について調べようと思っています。」
石英さんはこれから、優秘の謎について新たに分かった手がかりを下に調べていくということだ…
「分かりました…それでは最大限協力します。もともと俺の問題ですから…」
俺がそう言うと石英さんは言う。
「それともう一つ、調査をするにあたりかなりの時間を要すると思います。申し訳ありませんがその間、優秘ちゃんの事、お願いします。後で、依頼解決によく使っている私の道具の一部を私が戻るまでの間念の為にお貸しします。もし何かあれば、必ず連絡してください。」
結構大事なことが言われたはずだが…優秘はすやすや眠っている…
「そういえば、前から気になっていたんですけど石英さんは依頼を受けている時の学校とかはどうしているんですか?」
俺は、明日の高山先生のテストとかもある事を思い出し、ふと聞いてみた。
「私ですか?私は学校とかは可能な限りは通いますが県外や国外等の時間がかなりかかる依頼の時は学校を休んでます。ある程度はテストや補講等でなんとかなるので…まぁ、高校に入ってからは卒業まで依頼は受けられませんと断っていますけどね…流石に高校は色々時間がないですし…」
石英さんはそう答えた。
だが、そうなると俺の今抱えてる優秘の問題も料理の件も頼みまくっていては、石英さんのその方針を曲げている事になると気がついた…
「…それは、ほんとご迷惑をおかけしてしまい…申し訳ありません…」
すると、石英さんは少し笑って言った。
「ふふ、なんで材架さんが謝る必要があるんですか?」
俺は、申し訳なさで一杯で答える。
「だって…料理とか、優秘の事とか…俺の家の事まで協力して貰って…」
石英さんはそれを聞くと、安心したような声で言った。
「そんな事でしたか、別に迷惑なんて無いですよ。料理はいつ聞いて貰っても私は嬉しいですし、優秘ちゃんの件もほんとに初めてのケースなので勉強と考えると寧ろありがたいです。なのでそう申し訳無さそうにしないで下さい…これは私が好きでやっているんです。」
《えー次は――》
電車の車内アナウンスが自分たちの今の居場所のある駅を伝えた。
「そろそろですね…さて、起きろよ優秘。」
俺はそう言いながら優秘の肩を軽く叩く。
「…むぅ、もう着いたの?」
優秘が寝ぼけた顔でそう言う。
「もう着くから直ぐ降りれるように起きろって事だよ。」
俺がそう言うと優秘は不貞腐れて言った。
「どうせなら着いてから教えてよ…このアホ賢人」
…
(あれ?今なんて言ったこの子?)
「でも分かった…ふぅ…賢人の家楽しかったから許してあげる。」
優秘は背伸びをしながらそう言って目を覚ました。
「なぁ、優秘?」
俺は、割と半分怒ったトーンでそう声を掛ける。
「え?何?」
優秘は何も分かっていないようだ…
「お前、帰ったら覚えとけよ?」
この後めちゃくちゃ説教した。
あれから3週間以上経ったが石英さんとはあの日以来学校でもマンションでも会えていない。
優秘は母さんと親父の計らいで今は小学校に通っている。なんとも早い対応で部屋に戻ってから二日後には転入通知がポストに入っていたのだ。
しかし驚いたのはひょっとしたら俺と優秘は兄弟関係があるんじゃないかとおふざけ半分で行ったのDNA鑑定の結果だ。なんと優秘は母さんと親父の子供であり、俺とは兄弟であることが保証されたのだ。
この為、スムーズに戸籍とかも用意出来、優秘は事実上の俺の妹という事になった。
ちなみに、優秘が通っている小学校は俺の高校の姉妹校らしく、700m程しか距離的には離れていない。
「なーんて考えても結局俺には何も分かんないんだよなぁ…そういえば手紙も渡せなかったし。」
部屋で見つけた、オレンジ色の手紙については結局石英さんに渡しそびれていて開けてなにか起こるのも怖いから次会ったときに渡そうと鞄の中に今も未開封のまま持っている。
「なんだぁ?賢、お前ラブレターでも渡す気なのか?」
そんな風に茶化しながら福井が声を掛けてきた。
「ちげえよ、もっと違う話だっての…」
俺がそう否定すると福井はなんとも怪しいといった表情で追求してくる。
「だって最近石英学校来てないじゃん?んで手紙がどうこう言ってんならそうだろ?頑張れって!」
(いや、マジでそうじゃないんだけどなぁ…)
福井の大外れな推測は置いておくとしても、確かに石英さんがあの日以来学校に来ていないのは気になる…
こちらに何かあった訳でもないから連絡も不用意にできないし…
「そういえば材架、お前委員長が呼んでたぞ。後でちょっと話があるってな、また何かの申請書とか出し忘れたんじゃね?」
一応今日は少し時間はある。何出し忘れたんだ俺…
「おっと、噂をすれば何とやらだ。じゃあ俺は帰るわ!じゃあなー!」
そういいながら福井は小走りで教室を出ていく。
「…!福井さん!?貴方今日赤田先生の科学の再テストですよ!あぁ…もう行っちゃった…」
クラスの委員長の橋本さんはそう言うと俺の方を見て挨拶した。
「あ、材架くんこんにちわ。ごめんね、ちょっと話があって…」
そういえば、委員長は最近髪を切ったらしく、髪型は黒髪のショートだった。
「えっと、何でしょう?」
俺がそう尋ねると、委員長は答えた。
「石英さんの事って何か知ってる?確かに病欠って事にはなってるけどそれにしては3週間以上休むなんて変だと思って…いい加減中間テストの期間に入っちゃうし」
言われてみればそうだ、いくらなんでも3週間以上病欠は違和感を感じない方がおかしい…それこそズル休みと思われる可能性だって出てくるのだ…
「悪いんですが俺は分かんないです…あの、話というのはそれだけですか?」
そう俺が言うと委員長は教室を見回して言った。
「…ちょっとここでは話しにくいことだから付いてきて貰っていいかな?」
教室では話せない事?なんだろう…とりあえず俺は承諾する。
「分かりました。少しなら付いて行けます。」
すると、委員長は少し早足で教室を出ていった…
委員長に連れられてきたのは優秘の小学校の近くの喫茶店だった。
「ごめんね、いきなり連れ出しちゃって。」
委員長はそう言うと鞄の中から何かを取り出す。
「もう本題に入るんだけど、今度の別クラスとの合同授業の事なんだけど、材架くんから見て仲悪そうな人とか危なそうな人とかの組み合わせとかって分かる?」
あぁ、そういう事か。クラスの内情などを第三者の意見で聞きたいから委員長はわざわざこういう所まで来て話をしたがっていたのか…
「…うーん、そうだなぁ…基本的には大丈夫だと思うんだけど合同授業ってことになると…」
それから数十分間、俺は俺の知ってる範囲で委員長に俺から見たクラスの内情について話した。
「やっぱりこの組み合わせがNGか、意外とこの組み合わせが良いかも知れないのは言われてみればって感じだね…今日はほんとありがとう、お陰で色々分かったよ。さて、じゃあ折角だし好きなもの頼んじゃって、私奢るよ。」
では結構太っ腹な委員長のお言葉に甘えて…
「じゃあこのドリームアイスをお願いします。なんか色とりどりのアイスって感じで美味しそうなので。」
既にお互いカフェオレを頼んでいたため、飲み物以外が欲しいのである。
「それ私食べたことないんですよね…そうだ、私のパフェ少し分けるからちょっと貰ってもいい?」
委員長も少し興味があったようだ。
「分かりました、いいですよ。」
俺がそう言うと、店員に注文を伝えた。
「ところで委員長は忙しそうですけど家では何やってるんですか?」
俺はふと、そう聞いてみた。
「そうだなぁ…何やってるかって言われても授業の復習とかだなぁ…たまにゲームとかもするけど…」
さすが優等生委員長。復習なんて俺は全然やらないのに…
「そういう材架くんは何やってるの?」
委員長がそう聞いてきたので俺は正直に答えた。
「俺は最近は妹の世話とか料理したりとかですね、買い出しも兄弟で行ったりしてます。」
そういえば、仕送りが増えて、料理もかなり覚えたお陰で食事に関しては俺は心配事はなくなったのだ。
だが、優秘の世話は相変わらず大変である。
「材架くんも結構頑張ってるね。そっか、兄弟で共同生活だもんね。」
(まぁ、成り行きではあるが…)
「私も上に…あ、あれ?」
委員長がそう言おうとした時、委員長は何故か戸惑った…そして、
「私って…『上に誰か居たっけ?』」
そう言った…何か、少し様子がおかしいと思ったので俺は聞いてみた。
「あの、委員長?大丈夫ですか?」
すろと、委員長は答える。
「うーん、最近あんまり寝てなかったから疲れてるのかも…上に…あ!そうだ、私は上にお母さんが寝てるんだよ。二段ベットなの。」
(…えぇ、この歳で親と寝ているのか?)
「まぁお母さんが怖がりでお父さんはいつも帰りが遅いから未だに私と一緒に寝ないと怖いー!って言ってね、ホント大変なんだよ私も。」
意外な事実を知ったがまぁ、人それぞれそういう事もあるだろう…
「あ!賢人だ!ここで何してるの?デート?」
そう言いながら学校帰りの優秘が駆け寄ってくる。
「おいおい、いつ入ってきたんだ?それとデートじゃないからな!」
俺は優秘の頭を撫でながらそう言う。
「えへへ、ここのアイス美味しんだよ?」
すると、店員がアイスとパフェを持ってくる。
「ドリームアイスとクラシックパフェになります。では伝票はここに…」
わりと、コーヒチックなパフェとカラフルなアイスがテーブルに届いた。
「もしかして、妹さん?」
委員長がそう訪ねてきた。
「あぁ、こいつが材架優秘で俺の妹です。見ての通り自由奔放な子で結構苦労してます…」
そう言った側から優秘は当然のようにドリームアイスを食べる。
「やっぱり美味しい!賢人も食べてよ!」
俺は軽く頭を撫で繰り回しながら言う。
「もともとこのアイスは俺のだっつーの、当たり前のように食べるな。」
まぁそう言いながらも一口食べてみる。
「お、割と旨いですね、結構フルーツのハーモニーがいい感じに効いてますね。委員長もこの綺麗なところどうぞ。」
そう言いながら俺はまだ手をつけていない綺麗なところを委員長に差し出す。
「あ、ありがとう。うーん、どれどれ…」
委員長はそのアイスを食べると感想を言った。
「!!確かに材架くんの言う通りハーモニーが効いてて美味しい!これ癖になっちゃうかも?あ、パフェの方も少しどうぞ。」
そう委員長からパフェの一部を差し出される。
「あ、ありがとうございます。ふむ…これも苦味が結構いい感じでいいですね。」
そんな感じで、喫茶店では途中からやってきた優秘も交えて結構美味しい時間を過ごさせて貰った。
支払いを済ませて、喫茶店を出たところで俺は委員長にお礼を言った。
「今日は本当にありがとうございました。結局ご馳走になってしまって…」
すると、委員長は言う。
「いやいや、私もかなり助かったよ。それにドリームアイス、なかなか美味しかったし?ハーモニーだっけ、うふふ…」
(あ、これ長くネタにされるやつだ…)
「でも美味しいでしょ、いいんちょうさんだっけ?」
優秘は委員長にそう言う。そういえば、委員長の紹介はしていなかったことを思い出した。
「あー…」
俺が説明しようと思ったが、委員長のほうが早かった。
「そういえば優秘ちゃん、自己紹介してなかったね。私は橋本清深、材架くんと同じクラスで委員長なんだ。」
すると、優秘は言った。
「やっぱり委員長なんだ!すごい!『黒いジェット』の清深委員長!今日はありがとう!」
(…黒いジェット?今までの会話のどこでその単語が出たんだ?)
そう俺が考えようとした時、委員長は別れの挨拶をした。
「うふふ、どういたしまして。それじゃあ私はもう帰るね、また明日学校で!優秘ちゃんも気をつけてね!」
そう言いながら委員長は駆け足で帰っていった。
「…優秘、何か見たのか?」
俺は不安になって聞いてみた、すると喫茶店の方から店員の声がした。
「あ、お客様。良かった…まだ居たんですね、こちら黒いブレスレッドの忘れ物なんですけど…」
それは、恐らく委員長の忘れ物だ…
「あ、ありがとうございます。」
そう俺が挨拶すると、店員は一礼して店に帰っていった。
「あのね…賢人、あの委員長は…」
優秘は落ち着いた声で言いだした。
「何かを頑なに忘れるため、想いをそのブレスレッドに込め続けてるよ…」
石英さん不在の今、恐れていた事が起こってしまった。
それは深く静かな夜の事。
ある田舎の家を、幼かった時の約束と、記憶を頼りに女性が訪ねていた。
それは恐らく、女性にとっての帰るべき居場所。
……が此処に居ることを願って―――
「……は、今此処に居ますか?」
その家の奥方は女性のその質問に、冷酷な真実を告げた…
「…では、もう此処には居ないんですね…」
真実を知った女性は、酷く落胆した。
それに呼応するように、激しい雨が降り始めた。
そして奥方の最後の話も耳に入らず、背を向け歩き出した。
「…帰るべき場所も、……も、結局…なかった。」
激しい雨が、女性の声を遮る…
「なら…もういいよね。……、今から戻るわ。…子として。」
女性は雨に打たれながら、夜の闇に飲まれていった。