材架の家
それは心落ち着かせる里帰り、
しかし不安は存在する。
それは彼等の小さな覚悟、
少女の未来を少し賭けた暖かな意思。
…ガタンゴトン…
すやすやと、少しだけ眠ってしまったようだ…
俺と石英さんと優秘を乗せた電車が、俺の生まれ育った故郷へ向かっていく。
そうだ、今日から5日間俺は少しだけ里帰りするんだったな。
(石英さんと…優秘は寝ちゃってるか)
二人仲良く目の前の座席で寝ていた…体積的に可能なので優秘はかなりリラックスした様子で、
石英さんの足を膝枕にして眠っていた。
(そろそろ石英さんにも懐いてきたかな?)
ふとそう思った。
あれからもう大分経つ、色々な事があったがそれも含めまぁそれなりに有意義に過ごせただろう。
そして何気なく電車の窓の外を見ると、その景色は実家を発つ時と同じ晴天の空にきれいな海だった。
大体二時間ぐらいで実家から一番近い駅に着いた。
特に何もない駅…というべきだろうか、売店などは何もなく切符は切符販売機で買うしかない。
駅員は居るには居るが、呼び出しベルを鳴らさない限り滅多に出てこない。
もうほんとに何もない小さな駅です。ありがとうございます。
「それで、お父さんは何処で待ち合わせしているんですか?」
石英さんがあまりにも何もなく、人の気配すらないのを察して尋ねてきた。
「えっと…一応駅の前に迎えに来るって昨日連絡あったから…ちょっと連絡してみます。」
そう答えると俺は親父の電話番号に電話を掛ける。
…10秒間程、親父にコールを鳴らした。
「もしもし?賢人か?」
親父の声だ。全く何処をうろついてるんだろうか…
「あの親父?昨日この時間に着くから迎えに来てって言ったと思うんだけど今何処?」
俺は電話越しに親父にそう質問した。
「えっとな、今父さんは久しぶりに帰ってきたんでスーパーで買い物してるんだよ。お、懐かしいもの発見!それにしても早かったな、まだ10時だろ?11時くらいに作って聞いてたから余裕見てたんだが…」
何を言っているんだこの親父は…今の時間は丁度11時、10時など一時間前に終わっている。
「あのさ、親父。今がその11時なんだけど…」
俺は親父に正しい時間を伝えた。
「え?でも父さんの腕時計は…あれ?これ止まっちゃってる?」
その言葉が携帯から石英さんと優秘にも漏れたらしく10秒程、誰もが状況を察して絶句した。
「…ごめんな賢人!今すぐ行くからちょぉっと8分程駅のベンチで待っててくれ!すみません!お会計をお願いします!」
そんな忙しい親父の声を最後に電話は切れた。
「あの、本当にすみません石英さん…」
いくら親父のせいとはいえ、確認の連絡を怠ったのは自分だ…当然のように俺は謝った。
「いえ、全然気になってはいないので大丈夫ですよ、それにこれほど緑溢れる田舎に来たのは久しぶりですしゆっくりでいいでしょう。」
緑溢れる…というよりそれ以外何もないのだ。石英さんは前々からお世辞は上手かったが…
「なんかここ虫が多いし木とか田んぼとかばっかりでつまんない!」
実際内面的にはこうなのだろう…優秘は意見が正直だから分かり易い。
まぁ、これ以上謝っても意味などないのでベンチに腰掛けて親父を待っていた。
しばらくして、車の音が聞こえてきた。
ようやく迎えに来た親父の青いワゴンの車が駅で止まった。
すると運転席側の窓ガラスが空き、親父がその顔を見せる。
「悪い悪い、ちょっと遅れちゃった。あれ?いつの間に家族増えたの?」
紺色のジャケットに黒い髪、そしてその顔にはサングラスをかけた親父だった。
そういえば、親父には石英さんと優秘の事を全く伝えていなかった。にしてもデリカシーが無さすぎると思う。
「初めまして。材架さんのお父様、私は石英麗美と申します。材架さんにはお世話になっていますが前年ながらそんな関係ではありません。この度はお邪魔になるかもしれませんがどうか宜しくお願いします。」
こっちはこっちでものすごい社交辞令である。本当に何者なんだ石英さんは…
「…あぁ、宜しく。俺は材架修斗、本当にごめんね、時計、壊れちゃってたから。」
親父はある程度状況を察したようだ…
「本当に遅い!賢人のお父さん鈍足!!」
この少女以外は…
「あぁ…えっと、この子は?」
親父は優秘については全く知らなかったようなので俺は教える。
「親父、こいつは優秘って言って訳合って今俺が預かってることになってる子だ。」
…今思った。こいつの事どう説明したらいいんだ?なんか急に現れた?じゃあ絶対納得しないし迷い子?いやいや絶対ダメだし…
「…うーん、ちょっと父さん難しいことは分からないなぁ…母さんには話してるんだろ?」
実は、母さんにも説明していなかったりする…ヤバイ。そもそも石英さんに預けてくるつもりだっただけに…
「すみませんお父さん。優秘ちゃんについては材架さんのお宅の方で私の方から詳しく説明させて頂きます。決して悪いこと等ではないのでそれまで少しの間信用していただけませんか?」
石英さんは親父の目をまっすぐ見て言った。親父は真剣な表情でそれを確認すると少し笑って言った。
「ハハ、信用も何もこれも賢人の縁だろう?いいぞ、その代わり家でちゃんとした説明をしてもらうからな。そんじゃぁささっと車に乗れい!」
そういえば、親父鈍足って言われてたのにスルーしたな…仕事先でスルースキルでも身に着けたんだろうか?
「おい賢人、何ぼーっとしてる?早く行くぞ。」
「あ、うん。」
一行はそのまま車に乗り込んだ。
家までは約20分程かかる。親父もさすがに安全運転だしな…
「しっかし久しぶりに帰ってきてもやっぱり田舎だな、行く道行く道草木ばっかにたまに川…父さんから見てもつまらないかもしれないけど良かったのか?」
どうやら親父はきを回してくれているようだ。
「構わないし寧ろこっちの方が楽なんだよ。マンションだとなんか息詰まるし…」
そもそも一人出来たかったんだけどな。
「折角父さんがいい部屋用意してあげたのにそう言われるとちょっと落ち込むなぁ…あれ結構高かったんだぞ?」
高いも何も住めたらいいレベルだったんで正直最初はそんなに期待してはなかったが…まぁ、
「まぁマンションの部屋ってことならかなり広いし…それにあそこだから経験できた事もあったから感謝してる。」
実際感謝はしているのだ、実際料理上手な石英さんが隣の部屋でなかったなら今頃俺は料理が出来ず栄養不足で倒れていただろうし…
「まぁそのうちもっと親のありがたみとかも分かるだろ、それはそうと石英さん…だっけ?よくまぁこんなダメ男に付き合えるな、正直イライラしてきてないか?」
親父は軽く石英さんにそう聞く。
「…確かに危険だと言っているのに待たずに勝手に行動するところとか感情的によく動くところが迷惑と言えば迷惑ですね。」
正直ショックだった。というか勝手に行動するのは正直自覚があった。普段お世辞が多い石英さんの率直な意見だからこそ自分を顧みるのも必要だろう。
「それでも…」
ん?
「それでも何時も出来る事をやろうとする心もあるのだと思っているので材架さんとは出来るだけ長く親しい関係でありたいですね。」
多分お世辞…だろうけどちょっと嬉しいと思えた。
「此処だけの話ですが私は感情がかなり薄いと昔から言われてるので実は材架さんを羨んでたりもする事もあるんですよ。」
それは知らなかった…が考えてみれば前にも言われたような気がする。
『感情的』だと…
「まぁ、感情だけでは物は食っていけない。賢人ももう少し感情を抑えてほしいなぁ?」
俺に聞こえるような音量で親父は言い放つ。
「分かってるよ…気を付けるって…」
なんだか今日の親父は割と機嫌がいいような気がした。
実家に着いて車を降りるととてもホッとした。
何しろ久しぶりの実家だ、家の香りすら懐かしい…
「結構大きい実家なんですね…屋敷ほどではないにしても二階建ての和風の邸宅となると、あれ?もしかして材架さんってお金持ちですか?」
石英さんは本音で言ってるような様子だったので俺は答えた。
「結構昔はお金持ちだったらしいんだけど、今は見ての通り普通の家庭ですよ。」
ふと見ると優秘は無邪気に家の周りのものに興味を示している。
「ねぇ、この花何?」
玄関の前に咲いている花のことだった。だが俺も名前は知らない…
「あぁ、それはアヤメって花だ。丁度今が咲きどきの花だな。さて、いろいろ探索したいだろうがまずは話をつけてからだ。」
そうだった、ここに来たのも正直に信じてもらえるかどうかはわからない事情を説明するためだ。
「じゃあとりあえず石英さん、優秘。居間に上がってください。話し合いはそこでします。」
二人共微笑し頷き俺に着いてくるように家に上がってきた。
「お邪魔します。」
「邪魔するでー」
(…)
邪魔するなら帰れと言いたかったが優秘はアレはアレで察しがいいのでおそらく気を使っているのだろうと黙っておいた。
「それじゃあ、こっちの居間で座って待っててください。俺は母さんを呼んできます。親父もそこでじっとしてて。」
そう言い残し台所に居る母を呼びに行った。
「あら賢人、おかえりなさい。その顔、何か話があるんでしょ?それに賢人に似合わず騒がしかったし。」
さすが母だ。ものすごく察しがいい。
とりあえずそれならそれで居間の方に行くように言わなければ…
「あの、母さん。重要な話があるから居間の方に来てくれないかな?」
母さんは俺の目をしっかり見て答える。
「分かったわ。アンタにとって必要なことなんでしょ?協力できるかは別だけど話くらいは聞くよ。」
さて、それじゃあ話し合いをしないとな…
居間に親父と母さん、そして石英さんと優秘が集まり俺も腰を下ろした。
「初めまして。賢人の母の材架舞冬です、お世話になっております。」
母さんが石英さんに一礼した。
「材架さんの隣の部屋の同級生で同じクラスの石英麗美です。この度はこのような場を用意していただきありがとうございます。」
(いや、面接じゃないよ?石英さん。)
そう思ったが声には出さない俺であった。
「じゃあ麗美さん、早速本題を話してくれる?まず、その女の子はどういう子なの?」
早速優秘の事について聞いてきた。これには親父も笑顔など微塵もなかった。
「簡潔に分かりやすく言うと、この少女は材架賢人さんから生まれた幽霊…座敷わらしのような子です。」
石英さんは真面目にそう言った。
「座敷わらしぃ?なんだそりゃ、幽霊だとするならなんで触れられるんだ?」
親父の疑問は最もだった。そりゃいきなり目の前の少女が幽霊でしたって言われたのだ、困惑しない訳がない。
「私にもそこまでは分かりません。何しろ材架さんのケースは経験したことが全くなく、何故こうなっているのかすら、何が原因と思われるか、どこに要因があったか、正しい情報が分からないんです。」
石英さんがそう説明すると、母さんが突っ込みを入れた。
「ちょっと待って貰える?今ケースって言った?という事は麗美さんはこういう問題の専門家だったりするの?」
石英さんは頷いて答えた。
「はい、専門家というとちょっと違いますが私には…人の想いをオーラとして感じ取れる素質が昔からあるんです。そしてそのオーラの持つ想いの多さや深さ、性質によって対応する宝石を使い、僅かな時間ではありますが対話可能な状態にしたり、手掛かりを見つけたりすることが出来ます。」
すると、親父が馬鹿にしたように言う。
「ハッハッハ!!何を言い出すかと思えば漫画みたいな設定か石英さん…ぐふっ!?」
親父が母さんの強烈な肘撃ちを溝内に受けた…
「貴方、少し調子に乗りすぎよ?馬鹿にしたいなら話は最後まで聞いてから馬鹿にしなさい。…それで?本当にその子の手掛かりになりそうな情報とかはないの?」
それを聞いた石英さんは俺の方を見てくる…あぁ、言いたい事が分かった。
俺は服の下に隠していた薄紫色のアレクサンドライトを中心にダイヤモンドを円周に作られたペンダントを取り出した。
「これが優秘の出現する原因になったかもしれない宝石なんだけど…普通なら消えるはずだしまず優秘の体には触れられないなんだよね…体温だって感じる訳はないし…」
母さんはその宝石を見て言った。
「これ、確か賢人が小学生の時に幼なじみの女の子から誕生日に貰った宝石よね?えっと…名前が祥子ちゃんだ!苗字を忘れちゃったけど確か中学に入る時に県外の中学に入った子ね…」
すると、石英さんが尋ねた。
「あの、その祥子さんの写真ってありませんか?」
母さんは答える。
「多分押し入れにあったかも…ちょっとあとで調べてみるよ。それで?他に分かっている事はあるの?」
それをきいた優秘はここぞとばかりに言う。
「あのねあのね?賢人に着いてたオーラと私のオーラが同じ色なの!」
母さんは情報を整理して石英さんに尋ねる。
「えっと…それは賢人のオーラが優秘ちゃんという少女が放つオーラになっていたって事?今は賢人のオーラは消えてるの?」
石英さんは答える。
「はい、材架さんのオーラは優秘ちゃんが現れた時には既にありませんでした。現れる前までは確実に薄紫色と黄緑色の光沢型のオーラが優秘ちゃんではなく材架さんから出ていました。」
これで恐らく、大体の情報を言ったはずだろう…
「…ねぇ貴方、これでも若い時の思い込みだって馬鹿にできるの?」
母さんは親父に意地悪そうに尋ねる。
「ま、まぁありえん話ではないな。その…霊能力とやらもないとは言えんしな。で、その子はどうするんだ?その話から察するに恐らく親の記憶もないんだろう?で迷子や攫われた子であるという事もない…しかも幽霊かもしれないが人間と同じように食べるし寝るし風呂だって入るし遊びだってする、その生活を支える引受人は居るのか?」
優秘は親父に言う。
「私は賢人の所に居るつもり!隣に麗美だっているからご飯には困らないし!というか賢人から離れたくないし!」
俺は親父に言う。
「まぁ、こんな感じに何故か出てきた時からずっと俺に懐いてるもんだから当分は二人で協力して面倒を見ているんだ…取り敢えず、解決するまではと…」
その言葉に対して親父は説明する。
「あのな賢人、その子が懐いてるのも分かるし離れろとは言えん。でもその子は今は紛れもない人間だ、なら学校なりなんなりで義務教育ぐらいはさせないといかんだろ?難しい事は分からんが知り合いに手を回してもらえば一応小学校くらいは行かせてやれる、その感じだと3年生くらいからで勉強についていけるだろ。それに仕送り、お前最初見たときに気づいたがあんまり食ってなくて痩せてるだろ?一人分しかやってないのに足りる訳ないんだよ。」
「だからな賢人、本当に困った時ぐらい親を頼れ。分かったか?」
確かにその通りだ、優秘の問題が解決して人間でなくなり消えるかもしれないが消えずに人間として成長する可能性だって大幅にある…それに仕送りだって足りてない…
「分かった…じゃぁ…えっと、その、お願いします。」
俺は土下座して親父にそう頼んだ。
「さて、それじゃあ話は纏まった事だしそろそろお昼ご飯にしましょう。持ってくるから待っててね。」
そう言うと、母さんは台所に向かった。
「そういえば材架修斗さん、先程から気になっていたんですが…」
石英さんが親父に何かを尋ねる。
「ん?なんだ?」
石英さんは今の窓から見える庭に生えている一本の木を指差して言う。
「あの下、『なにか』埋まっていませんか?」
そういえば優秘もずっと、庭の木の下を気にしていた。