小さく深い青色
ただ一つの想いがあった。
深く重たく沈めたソレは、私には想像できないもの…
約束は呪いのように、ずっと私たちを縛り付ける。
もしもソレに、気づかなければ…
…俺は、恋をした。
ある一時の思い出だ、とても残酷に終わったつまらない話だ。
未練もあるしスッキリも出来ないが…俺はずっとそれに構ってはいられない。
だから決めた。小さい想いは押し沈めると…
そんな事を一瞬考えて、男は車を走らせていた。
暗い夜の海辺、賢人と麗美と優秘は海辺のある岩に刻まれた文字を調べていた…
「この文字…そうだ!ペンダントのものだ!!」
俺は直ぐそう思い出した、そしてこの場所は見覚えが有る。
「…やっぱりだ、この写真はここで撮られたものだ!」
岩には『TAKAYAMA』と刻まれていた。そう、高山先生だ。
そして高山先生の落としていったロケットペンダントの中の写真は間違いなく此処で撮られたものだった。
…優秘にしか見えない青いオーラと見えない猫、そして海辺の岩とペンダント。
つまり高山先生なのだ…高山先生の何かの想いが今回の一件の原因なのだ。
「…先生、なのか?」
手掛かりから導き出された原因の正体に、俺はつい口に出した。
「はい…恐らくこれは確実に先生が何かを知っています。…いえ、十中八九で原因でしょう。」
そういえば先生とショッピングモールで会った時、優秘は眠っていた。だから反応が無かったのだとしたら…
「…今は何時ですか?」
石英さんが緊迫した表情で訪ねてきた、俺はとっさに自分のスマホを確認する。
「今が…19時30分…丁度夜の7時半です。」
石英さんはそれを聞くと、委員長からもらったパンフレットを取り出し学校の最終下校時間を確認する。
「21時。つまり夜の8時までに学校へ行って高山先生に話をしないといけません!」
…だがそれは不可能だ、ここから学校までは走ったとしても45分はかかる、下手をすれば一時間だ。
「石英さん…とても言いにくいんですが…」
俺がそれを石英さんに伝えようとしたその時だった。
「…お前達、ここで何をやっている。」
警察!?と思ったがその声には聞き覚えがあった。
「高山…先生…」
石英さんは直ぐに気が付いた。
「全く…お前たちは早く帰れって言ったよな?まぁいい、探し物に来たつもりだったが教務が先だ。お前ら家何処だ?もう危なそうだし送っていくぞ?」
先生はそう言いながら近づいてくる。
「高山先生。大事な、お話があります。」
俺はロケットペンダントを取り出してそう言った。
「お前…」
先生は思った通り困惑した。
「探し物って、これですよね?」
すると、高山先生の表情が変わった。
「…お前達、一体何が目的だ?」
緊迫した高山先生に、石英さんは答えた。
「私の目的は、貴方の後悔を少しでも楽にさせる事です。」
どちらも真剣で、どちらも冗談を言っているようではなかった。
「…はっ…ははっ…あはっはっは!!後悔?後悔!?…たかがペンダントを拾った程度で変なことを言い出すな。ほら、冗談はもういいから早く車に乗れ」
そう言うと高山先生は俺からペンダントを乱暴にもぎ取り、車へ戻ろうとする。
「その女性は、貴方にとってどんな人だったんですか?」
石英さんは、車に戻ろうとする高山先生に問いを投げた。
「…早く乗れ」
高山先生のその声は、はっきりとこれ以上追及するなと言う警告も含んでいた。
「高山先生、貴方はこの場所に何を想い苦しんだのですか?」
それでも石英さんは追及し続けた。そしてついに、後ろを向いたまま高山先生は語りだした。
「陽子は、同じ大学の同級生だった。よく色々話をしてくれるいい人だった…」
「ある日、俺は彼女に恋していたことに気づいた。友として振舞っていたが、彼女への想いは強くなるばかりだった…」
「ある時、俺はもしそんなことを思っていたら?と聞いてみた事があった、それがこの場所だ。」
俺は、つい質問をした。
「答えは、どうだったんですか?」
だが考えればわかることだ、陽子さんの答えは…
「陽子は、今はOK出来ないと言った。そして今はその想いを表に出さないようにして欲しいと…」
「その時に撮った写真がそれだ。TAKAYAMAという文字をそこに彫り込んだのも彼女の提案だった。何時か、何もかも落ち着いた時が来たら、ここでまた会おうと。」
それは、断られたのとは違う…それは、来るかも分からない未来を信じて小さく深い想いを胸の奥に押し沈める…そうか、高山先生は…
「その後も何度かあったり話をしたりした、会うごとに想いは深く沈めて。そして1年ごとに此処で必ず会おうと約束した。」
「だが、三年程前の事だ。陽子から何の連絡もなくなり、この約束の場所にも来る事は無くなった。」
「丁度、昨日がその三年目だ。だからな、探し物はペンダントだ。」
すると石英さんは、深く青い海の様なサファイアを取り出して先生に渡して言った。
「高山先生。これをその石の上に置いてください。」
高山先生は首をかしげて尋ねる。
「これは何だ?見るからにただの宝石だろう?」
すると、石英さんは言った。
「はい。ただの宝石です。ですが今の貴方には必要なものです。」
それを聞いた高山先生は疑問こそ残しながらその宝石を石の上に置いた。
…しばらくしても何も起こらない。
「なんだ、何も起こらないじゃないか。」
先生はホっとため息をつきながらそう言った。すると石英さんが尋ねた。
「何故、高山先生は想いを押し沈め続けるんですか?」
え!?それ言ったら好きだからだろ!?とデリカシーの無い俺は口が滑りそうになったが黙っていた。
「そりゃ好きな相手だし約束したからな…当たり前の事だろう?」
高山先生は少し笑った表情をしてそう言った。
「…そろそろ、そのサファイアに何か見えてくるはずです。」
石英さんは少し青い光を放ちだした石の上のサファイアを見てそう言った。
「…なんだこりゃ、月や星の光を反射してるのか?」
確かに見方によればそう見えるがその光はよく見れば宝石自身から出ている事に気が付く。
「…そうか、三年前俺は、答えを貰っていたのか…」
サファイアの石の丁度真下に、その文字は小さく刻まれていた。
『ごめんなさい、もう想いを押し沈めなくていいから…』
暗い夜に適度な光を当てないとよく見えないその文字は三年間、そのメッセージを伝えられずにいたのだ。
「なんだ、結局俺は三年前に振られてたのか。ハハハ…生徒の前でみっともないな…」
そんな高山先生に、石英さんは言った。
「どういう解釈をするかは先生次第だと私は思っています。先程陽子さんは今は表に出さないで欲しいと…もう三年も経ってますからまだ有効かどうかは分かりませんが…少なくとも陽子さんは貴方を振ったと断言はできません。」
右目から一筋の涙を流した高山先生は、その言葉を聞いて言った。
「石英麗美。俺はな、振られてるんだ。確かにOKを出せる準備ができたと考えることもできるけどな?俺は、もう彼女に会う事も話す事も恐らく無い。だから励ますのは違うんだ。」
涙を腕で拭き取り、先生は言った。
「男なら、振られた女に未練がましくなんてしないんだ!俺もお前たちと同じだ、まだまだ勉強しなきゃいけない身だ。今回の事だって、俺は今年で最後にするつもりだったんだ…だからこそ今俺はスッキリ出来て嬉しいんだ。学ぶことは沢山あったしそれらが全部今の俺にとっては必要なモノだったんだ。だからな…」
「俺は満足してるんだ、これだけ月日は経ったが答えを貰えたことに。礼を言う、石英麗美、材架賢人、そして可愛い少女の優秘ちゃん。」
そして高山先生は石の上のサファイアを取り、石英さんに返した。
「そしてこれはお前の私物だ、だが本来学校へこんな高価なものは持ってきてはダメだって事は覚えておけよ?今日は特別に見逃すが次は没収するからな?」
実は一度家に帰っているし校外なので先生にそんなことは出来ない。
だが危険を案じての事だろうと思うと突っ込みが出来なかった。
「さて、それじゃあ車に乗れ。長話になったし帰りにアイスの一つくらいは奢ってやる。」
こうして今回の一件は無事決着し、高山先生の運転で俺と石英さんと優秘は安心してマンションへ戻った。
しばらく時間が経ち、何事もないように学校生活は過ぎていった。
「おい、材架。」
高山先生が声を掛けてきた。
「なんでしょうか?」
もう放課後だし早く部屋に戻りたい気持ちもあったが先生に呼び止められては仕方ない。
「あーお前俺の授業の時たまにぼーっとしてるだろ。一応別の教科の先生に聞いてみたがどうも俺の時だけみたいなんでな…」
そういえば、あの1件以来言っちゃなんだがこの高山先生の授業だけ…リラックスできるのだ。
「あの、違うんです。先生の授業はなんというかリラックスできるので…」
つい、口に出してしまった。
「なら次の小テスト、期待してるからな。それと委員長から伝言、部活動の本格的な募集はもうそろそろ終わるぞーってな。まぁ明日からゴールデンウィークだししっかり考えてもいいと思うぞ。」
そういえば、明日から5連休だ。実家に帰省するのもありかもしれない…結構疲れたしね最近。
「分かりました、ありがとうございます。それでは先生、良い連休を。」
そう言って俺が帰ろうとすると高山先生が去り際に一言行った。
「あーそうそう、遊ぶのもいいが連休明けには小テストするからな。確か授業でも言ってるから範囲をちゃんと勉強しとけよ?」
え、ちょっと待って。小テスト?ナニソレオイシイノ?
とりあえず、石英さんに聞いてみたら分かるか…いや、黒板に書いてあるはずだ。
回れ右をしまっすぐ教室に戻ろうとすると帰り際の福井に会った。
「お、賢じゃん!まだ帰ってなかったのな〜」
福井は何気なくそう話しかけてきた。
「あぁ、なぁ福井。お前高山先生の小テストってどの範囲か分かるか?」
今出てきたって事は福井はテスト範囲を知ってるはず…
「わーるい!俺小テスト運ゲーかますつもりだから範囲見てねえ!」
…彼はダメそうだ、これでは花厳さんも絶句している事だろう。
「…分かった。じゃあ俺自分で見てくるわ。また連休明けな!」
俺はそそくさと教室に戻り黒板を確認する。
「…あった!」
黒板の左上の隅の方に『科学小テスト 7ページから12ページ』と書かれていた。
え?割と多くね?とりあえずメモしとこう…
「材架くん、何してるの?」
突然声を掛けられた…振り返るとそこには委員長の橋本さんが立っていた。
「委員長、いえ、ちょっと小テスト範囲の確認をしてたんです。」
すると橋本さんは疑いの目をして聞いてくる。
「え〜?本当かな?もしかして授業中ぼーっとしてて聞き逃して先生に注意されて急いで見に来たんじゃないのかな?」
全くその通りの事を見抜いたように言うから委員長は少し苦手だ。だがとりあえず、
「ただの確認です。聞き逃したりはしてません。」
まぁ、バレているだろうからこれにも意味はないだろう…
「ふーん、まぁいいや。はいこれ、忘れ物。」
委員長はそう言いながら俺の筆箱を渡してくる。
「机の上に忘れてたよ。家に帰って勉強するにも筆記用具がなくちゃモチベーション下がるからね。それじゃぁ私は委員会があるからこれで」
そう言うと委員長はそそくさに教室を出ていった。
「…忘れ物か」
俺は忘れ物について少し昔のことを考えていた。
そういえば、アイツもなにか忘れ物をすること多かったな。
時には髪飾りを忘れたり、時には玩具を忘れたり…
「そういえば、いつの日だったか秘密の手帳みたいなのを忘れて行ってたな…あれ?あいつってアレ取りに来たっけな…」
何故かは分からないが、俺には幼馴染のその秘密の手帳を返した覚えがないのだ。
「もしかしたらまだ家にあるのか?」
すると…
「材架さん?何してるんですか?」
何時も通り校門で待ってるはずの石英さんだった。
恐らく待たせ過ぎたのだろう…
「いえ、ゴールデンウィーク明けの小テストの範囲の確認をしてただけです。」
俺は嘘偽り無く事実を伝えた。
「そういえば授業中に小テストするって言ってましたね。私は多分問題ないんですが一応少しは勉強すると思います。」
今更だが石英さんは頭も良い。授業内容もしっかり理解して聞いていて色々な問題解決もあるのにそれも並行してこなしている…寝る時間はあるのだろうか?
「あの、石英さん。何時も何時に寝てるんですか?」
ふと気になったので聞いてみた。
「そうですね…昨日は1時くらいで早かったんですけど何時もは2時半とか三時ですね。起きるのは7時ですが。」
約四時間。良くそれで体が持つなぁ…斯く言う俺は12時には寝ているのだ…7時間は寝たいので…
「それより連休は何するんですか?良ければ何処かに遊びに行ったりしますか?」
石英さんはそんな風に提案をしてくれた…確かに連休にすることなんてないしゴロゴロしていたいのだが…
それでも一つ気になる事があった。
「予定なんですけど実は昔の幼馴染の忘れ物があるかもしれないんでちょっと実家に探しに行こうと思ってます。そこでなんですけど…」
優秘の事をちょっとの間だけお願いできないだろうかと言おうとした時、
石英さんに笑顔で遮られた。
「いいですね、材架さんの実家ですか…それなら優秘ちゃんの事もありますし迷惑でなければ私もご一緒していいでしょうか?」
ううむ…どうだろうか…
確かにそれが一番なのだが実家だし親に何か言われないかが不安だ。それにこの連休に親父も帰ってくるっぽい事を母さんに言われたし…だが、だからといって恐らく迷惑もないので…
「分かりました、そしたら明日の朝7時の電車で俺の実家の方まで行きましょう。ほとんど何もない田舎だけどまぁ家族への説明も必要そうだし…そもそも仕送り増やしてほしいし…」
最後の一言だけ、俺は小声で呟いた。
「分かりました。そしたら今日中に準備しておきますね。一応勉強道具も持っていきますので材架さんも忘れないようにお願いします。」
まぁ仕方ない、連休とはいえ学生の本分は勉強だ。それは曲げることなんて出来ないし、逃げることなんて出来ないんだからな…
「じゃあ、そろそろ帰りますか。」
俺は教室の窓を見ながらそう言った。
窓から見える空は、とても青くて雲が適度にあっていい天気だった。
「優秘ー、帰ったぞー。」
学校から帰宅し、石英さんと別れた俺はそう言いながら自分の部屋に入った。
「もぉー、遅ーい!お腹減ったぁ!」
優秘が無邪気に駆け寄ってくる。
「おいおい、弁当用意してただろ?」
一応コンビニ弁当を今日は用意していた…が全く手をつけていないことからやはり手作りしかあまり受け付けないようだった…
「だってコンビニの全然味がイマイチだもん。だから早く麗美呼んで料理作って。それか賢人が作って!」
うむ、いつもの平常運転だ。幸い簡単な料理ならいま冷蔵庫にあるもので俺でも作れる。
「分かった。じゃあエビフライとかサラダとか作るからちょっと手伝えよ…」
ちょっと不満そうな顔をしていたものの、優秘は手伝いを始めてくれた。
「ところで優秘、明日俺の実家に行くんだけど何か持っていかなきゃいけないものとかあるか?」
一応、優秘にも伝えておかなければいけないから教えた。
「え!?賢人の実家行くの!?賢人のお母さんのご飯って美味しい!?」
コイツはなぜ飯のことばかり考えるんだ…
「まぁ、美味しいよ。だからちゃんと準備するものあるなら今日中にしておいてよ…」
その情報で優秘のモチベーションが上がったらしく、今日はとてもよく手伝ってくれた。
しかし、皿洗いは俺だけがやらされた…
ある春の日、若い女性は海の砂浜に来ていた。
約束の日、その前日の事だった、
「私は貴方を愛している…だからもう呪いは解かなきゃいけない…」
彼女は、約束の石に刻まれた文字を見てそう言った。
「だからこれは、貴方の為。もう会えないだろうから、貴方は私を忘れて…」
少しの後悔はあるけども、女性はその石に決別の文字を刻んだ…
「ありがとう…愛しています。」
女性の心はこの時、嘆きも含んでいた…