積み重ねた再会
何処にでもある様な日常。
私たちの日常。
それは日常だけれども、終わりは足音立てず、
その歩みを進めていく。
終わった先の世界は何色なんだろう?
…私には分からない。
何時からか、ずっと悩んでいた。
少年は何故、一言言うことが出来なかったのかと…
何時からか呪っていた。その矛盾を…
言葉に出せるのに届かない、そんなことは分かっているから…
「なあ、俺は間違ってんのかな?」
石英さんの目先にある公園、そこに何かあるという噂、そして石英さんのその反応。
どう考えても何か知っていると俺は思った。
「あの、まさかあそこに何か居るんですか?」
俺は恐る恐る石英さんに聞いた。すると不思議な顔をして石英さんは答えた。
「え?何も居ませんよ?居る訳無いじゃないですか、そんな人。」
…そんな人。正直、信じたくはなかったが石英さんは何か知っていると気づいた。
「あの、もしかしてあそこって何かあったんですか?」
俺は恐る恐るそう尋ねた。すると、石英さんは笑みを浮かべて…
「嫌ですね、ちょっとからかっただけですよ〜クス。材架さん、本当に分かりやすい人ですね。」
え…っとちょっと声が漏れてしまった。気づくと顔は青ざめてたし正直怖かった。
でも考えてみれば、俺から話題を振ったのだからそれを聞けばある程度都市伝説や幽霊関係のことは想像できてしまう…
そう、遊ばれた。
「あちゃぁ…やっぱり顔に出ちゃってましたか。俺、やっぱこういうとこあるんですよね…」
すると満足そうな笑顔で石英さんは言った。
「材架さんって少し変わってますね、クス。真面目そうなのにちょっとの冗談で本気にしちゃって…まるで…」
その時、少し強い風が吹き、石英さんの長い黒髪をたなびかせながら桜の花びらが舞った…
「まるで、感情が原動力みたいな人ですよね。言い方が可笑しいみたいかもしれませんが、私は羨ましいですよ。そういう所。」
ふと、石英麗美を、俺は懐かしい過去の言葉と混同した。別人なのは分かっていたが、
今の彼女は、あの時の彼女は、
とても綺麗だと思ったんだ。
「どうしたんですか?ボーっとして。」
あ…しまった。完全に現実を離れていた。石英さんのその一言で、一時のその感情を押し止めた。
「あ〜…いえ、昔幼馴染に似たようなこと言われてやっぱり俺って感情的なのかなって思ってつい…」
すると石英さんは笑いながら言う。
「クス…その言い方だと初恋だったんですか?その幼馴染さんに」
俺は全力で否定する。
「違います違います!アイツとはただの友達で、その時の言い方というか仕草が綺麗だと思っただけで…」
つい、口が滑ってしまった。さっき思ったことを、察せる形で伝えてしまった…
「あら。ありがとうございます。クス、綺麗だなんて言われたのは久しぶりですよ。」
社交辞令かなにかだろうか、石英さんは笑顔でそう言いながら歩き出す。
「ほら、食材を買いに行きますよ〜。ちょっと嬉しかったので今日は張り切りますよ!」
多分、石英さんの変なスイッチが入ったらしい…でも関係を絶たれるとか、料理方法とかも教えてもらえないまま縁を切られると思ってひやひやしてたので、とても安心した。
「はい、今行きます。」
俺は少し小走りで石英さんに追いついた。
買い出しも終わり、スーパーを出て自宅に着いた俺達は、マンションの606号室…つまり俺の部屋で料理を始めていた。
「あ、調味料とかは私の部屋のを使いますね。小麦粉とかは結構ありますし。」
石英さんはそう言いながら準備を進めてくれている。俺の部屋のキッチンだが母さんが手を回してくれていたらしく料理する環境は整っていた。だが調味料とかは無かった。なんでだろうね…
「で、これで何作るんですか?」
キッチンには鳥のモモ肉、卵4つ、大葉、みりん、醤油、出汁、柚子胡椒、
それと米があった。石英さんは自信げに答えた。
「これで親子丼を作ります。とりあえず本格的な料理とはいきませんがこれがわかってれば応用で後はなんとかなるかと思いますので。」
いや、十分本格的だろうこれは。そういえば、炊飯器はあったものの、米がなかったし作り方がわからなかったので、いい機会だから教えてもらうことにした。
「あー米はちゃんと洗ってくださいね、ああああ!そうじゃないですそうじゃないです!水はこの線のところまで入れてください!!あとは揉み込んでください。」
ふむふむ…なんとか米の炊き方ぐらいはマスターできそうだ。
「ある程度洗い終わったらそれを二、三回してスイッチを入れてください。」
こうして見ると、母さんの苦労も垣間見える。いつも料理は母さんがやっていたのだからそれがかなり大変だという事が、恥ずかしながら米を炊くだけで分かってしまう…
「すみません、これでいい感じですかね?」
一応、言われた指示通りにやってみた。石英さんがチェックする…
「はい、これでいいです。後は炊けるまで待ちましょう、じゃあ肉を切っていきます。切り方はこんな感じで…」
その後、滅茶苦茶教えられた。肉は繊維に沿って八等分にすべきとかフライパンに出汁と醤油とみりんを適量入れてかつ肉をほぐしながら入れろとか菜箸でフライパンの具材を混ぜろだとか卵は軽く叩いてボールに入れろだとかフライパンに注ぐときは固まらないようになじませろとか固まってきたらもう一回卵を入れて適度に混ぜてとかで…
まぁ、なんだかんだで初料理が完成し、俺と石英さんは居間のテーブルに料理と飲み物を用意して落ち着いて座った。
「すみません、何から何まで知らなくて…」
俺は本当に申し訳ない気持ちになって謝ってしまった…
「いえ、最初はこんなものですよ。材架さんは飲み込みが結構早いのですぐできるようになると思います。あと、こういう時に言うべきはすみませんではなくありがとうですよ、クス。」
石英さんはとても嬉しそうにそう言った。
「はい、ありがとうございます…それじゃあ、頂きます。」
「はい、私も頂きます。」
…結論から言おう。この料理、旨い。特に柚子の風味が割と効いてる。
「美味しいですね。そういえば石英さんはどこから来たんですか?」
俺はふと気になって、石英さんの生い立ちについてそんな風に聞いてみた。
「私は千葉に実家があります。こちらに来たのはちょっと両親といざこざがあったからなんです。私の父はすごく厳格な方で自分の経営してる会社の跡取りとして私を使おうと思ってたらしいんですけど私はそんな気は全然なくて、母は母で安定した道の方がいいに決まってると言ってましたし…」
割ととんでもなく覚悟のいる決断をしてたのか、と俺は知った。
「凄いですね…じゃあ料理っていつごろ覚えたんですか?」
俺は更に聞いてみた。
「料理は小学生の頃ですね。母から手ほどきがあったので自然と覚えました。」
割とガチでできる人じゃん。石英さんパネェっす。
そのあとも、当たり障りのない会話が続いた。日が暮れる頃には石英さんの部屋の整理も終わって、
少しドタバタした学校初日は、いい意味で終わった。
「…」
俺はスマホのゲームで暇を潰していた。
「あークソ負けた!このクソ運営覚えてろ!」
暇つぶしをしていたはずだが負けたストレスは割と来るものがあるので俺はタスクキルしてスリープモードにした。
「…もう11時か、そろそろ寝ないといけないんだが…」
来てしまった。
今日、学校で福井に言われた不審者のことが気がかりでつい公園まで忍び足で来てしまったのだ。
だが、俺も俺だな。茶色のロングコートで身を包み、懐にスマホを隠して恐る恐る公園に来たのだ。
(割とこれ、俺のほうが不審者じゃね?)
そう思ってはいたが公園の入口から隠れて見ると、中央近くにいる人影を見て、俺は凍りついた。
「え…マジで?」
そこに居たのは黒いスーツを着た青年だった、暗いせいか顔はよく見えないが青年ということは分かった。
(あれが…不審者?)
すると、賢人の後ろから、早歩きの足音が聞こえてきた。
(!?)
誰だ!?と言おうとしたがその速歩きの主は、白いコートのを着た、救急箱を持った石英さんだった。
「材架さん、そこで何があってもそこから出てこないでください。」
その石英麗美の顔には、笑顔など微塵もなく、
ただ何かの役目を果たそうとする確固たる決意が感じられた。
彼女が一体何をしようとしているのか分からないが、一つ分かることは、
自分が何か勝手に手を出せば、殺されてもおかしくないような緊迫した空気だった。
「…分かりました。」
そう、賢人が言葉を出すと、石英麗美は真っ直ぐに、
その青年の方へ向かっていった。
不思議なことに、青年は石英さんに気づいてはいるものの、一向に石英さんを相手にしようとはしていなかった。
…目が暗闇に慣れてきて、その青年の正体が分かった。そうだ、青年の正体は、
「福井さん、聞こえますか?この私を認識することは出来ますか?」
(福井翔太!?まさかアイツの自演!?)
と思ったが、どうやら自演ではないようだ。
どこか様子がおかしい。
「…一言言わせてくれ、一言だけでいい、再会して一言だけ謝らせて欲しい…」
福井は泣きながら、石英さんではなく公園のフェンスに向かってそう言った。
「…ここに集まったひとつの想い。それら全て、貴方が再会を望んだものなのですね。」
石英さんがそう言うと、それに反応するように福井は石英さんの方へ向いた。
「貴方は、誰を探しているんですか?誰の事を思って此処へ想いを集めているんですか?」
その言い方だと、福井がここに何かを思っているかのような言い方だ。この場所に一体何が?
「俺…いや、僕は…救ってあげられなかったんだ…彼女を…」
福井は、何があったのかを語り始めた。
「僕は子供だった。彼女も子供だった。僕らは毎日楽しく無邪気に遊んでいた友達だった」
石英さんは何も言わず、ただ真剣にそれを聴き続けていた。
「ある日のことだった、些細な事で喧嘩をして僕らはお互いに意地を張ったんだ。」
すると、石英さんはなにか確信を持った顔をして、福井に尋ねた。
「…今から6年前、そのフェンスの向こう側で大規模な死傷事故が発生しました。貴方の言う少女…いや、花厳桜華さんはその事故に巻き込まれて亡くなりました。貴方は、自分のせいで殺してしまったと思っているのですか?」
福井は、その質問に答えることはなく、
ただひたすらに石英さんに懇願した。
「なぁ、頼む、一言だけ謝らせてくれ!意地を張り続けた僕が悪かったと!!すまなかったと!!」
…俺はこれはもうどうしようもない事だと思った。
だって、いくら懇願したところで花厳桜華さんは亡くなっている。時間も経ちすぎている…
もう、福井は、向き合うしかない。石英さんも恐らく同じ事を…
「…貴方が思う仮初の再開なら、出来ます。」
え?いやちょっと待って欲しい。
死者と再開なんて出来ないだろ?何を言っているんだ彼女は?
「ですがそれは貴方の望んだ形、望んだ言葉しか帰ってくることはありません…そして、」
石英さんはそこまで言うと福井の顔をまっすぐ見て、言い放つ。
「それを最後に貴方は思いを捨て去らなければいけません。決別する覚悟は出来てますか!?」
俺には全く分からなかったが、福井はその問いかけに対してしっかりと答えた。
「…僕はとうに、覚悟は出来ています。それが叶うのなら、もう心残りはありません。」
さっきまで泣きながら懇願していた福井とは思えなかった。
と言うかここまで上げておいてまさか石英さんは裏切る人だったのだろうか?
とりあえず慰める準備をしておいた方がいいと思った時、
「では、その覚悟を認め。仮初の再会を。貴方の注いだ想いは、形となって此処に…」
目を瞑り、手を広げて、石英さんはそう言うと、
救急箱の中から緑色の丸い石?のようなものを取り出して、福井の向いていたフェンスがある方向の、何もない空間にそれを翳した。
(何が始まるんだ…?)
直感的に、霊的な、魔術的な何かを石英さんは使えるのだと思った。
…そして、その直感は当たったようだ。
石英さんが石を翳した空間に、緑色の光が集まり、その光は無数の皮膜状になっては、
一人の少女の形を作り出した。
福井の顔色を見る限り、それは紛れもなく亡くなったはずの花厳桜華さんなのだろう。
「桜華ちゃん…なのか?本当に?」
福井は涙を流しながらそう少女に尋ねる。
「そうだよ、翔くん。おーきくなったね、後かっこよくもなったね。」
桜華さんはそう福井に笑顔で答えた。それを聞いた福井は、涙を拭いて謝り出す。
「…すまなかった。僕はあの時、意地を張りすぎてた。桜華ちゃんにあの時譲っていれば良かったんだ。すまなかっ…」
その謝罪を遮るように、桜華さんは言う。
「何言うかと思ったらそんなこと?でもあそこで譲られても私、嬉しくないよ?」
福井は不思議な顔をして桜華さんに問う。
「え?でも…え?じゃあどうしたら良かったんだ?」
桜華さんは自分の手を見て、そして福井を見ながら答えた。
「あれでよかったんだよ。私はあれで満足してる。私は死んじゃったけど、翔くんは生きてる。それに少しの間だけど死んでまた再開できたんだから、私は嬉しかった。…だから、翔くんも笑顔でいてよ。」
そう言うと桜華の姿がだんだんと元の光へ戻り始める。
「そんな、ダメだ!俺が悪かったんだから!!ダメだ!!」
福井がそう言いながら消えていく桜華を掴もうとするがすり抜ける。触れることは出来ないのだ…
「頑固!!馬鹿!!せっかくいい感じに終わらせようとしてるのになんでまた泣き出すの!?男なら笑顔で送り出しなさい!!」
えぇ…幽霊から罵倒が飛んできた。
しかも、めっちゃ怒ってる。肝心の福井は…あぁ、もう大丈夫そうだ。
福井は、一瞬は本気で怒られて困惑したようだが、彼女が本当に求めているものをなんとなく察したようで、涙を強く拭うと、今度は満面の笑みで、桜華に決別を言い放った。
「…すまねぇな、本心も察せれれないようなダメ男で。分かった、もう泣くのは終わりだ。その代わり約束しろ!今度会っても俺は譲らないからな!!」
その今度は恐らく永遠にないだろう、だが今はこれでいい。福井翔太の物語も、ここから再開するのだから…
そして、花厳桜華はその意思を見届けると、笑顔で散っていった…
後に残ったのは直後気絶した福井と石英さんだけだった。
「もう、いいですよ、材架さん。」
石英さんがそう言うと俺はその場に歩いて向かった。
「一体何がどうなってるんだか…さっきの石は何なんですか?」
俺は石英さんに説明を求めた。
「…アレはただのマカライトです。鉱石の一つで『再会』を意味する宝石です。」
ただの石?ただの石で霊が呼び出せる訳がない。
「なんでそのマカライトで花厳桜華さんが?」
石英さんは真剣な表情で答えた。
「…私には、人の想いをオーラとして感じ取れる素質が昔からあったんです。ここにあった膨大な再会の想いも、緑色のオーラとして感じ取っていたんです。実は昼間のアレは、ただの推測の冗談であって冗談ではなかったんです。まさか、材架さんがここに来るとは思っていなかったので…」
大体状況は分かってきた。
石英さんは人の想いをオーラとして感じることが出来て、視認にてそれを見分けられるのだ。
そしてその想いと相性のある宝石を使うことで、霊体のようなものを実体化させ、問題を解決する事が出来る。
「大体分かりました。取り敢えず今日はもう遅いので現状を何とかしましょう。まず気絶している福井なんですけどどうします?無理やり起こします?」
俺がそう提案すると石英さんは全力でそれを拒否した。
「それは絶対ダメです。福井さんは自分で生み出した長年の想いを実体化させ、それを自己消化して、その後に残った残留思念を取り込んでいる状態です!無理やり起こしてしまうと精神に障害が出る可能性もあります。」
結構な長い説明が入ったが要はこうだろう、何年も想い続けたのを消化して残ったものを飲み干して気絶。
起こすと障害。
「じゃあ親に連絡するか。…連絡先知らないんだけど。」
そういえば、会ってまだ一日も立っていないのだ。福井の親の連絡先など知っているはずがない。
「持ち帰りましょう。」
「え?」
一瞬、石英さんの言っていることが分からなかったが察した。
「俺の部屋へですか?」
「無理でしたら私の部屋でもいいですが…」
いやそれは倫理的にというかなんというかアウトだろう。
「分かりました。俺が預かります。一応知り合いですし大丈夫でしょう。」
まぁこうなるよね。仕方ない。女子の部屋にこいつを置いておくのはなんか嫌だ。
アウト以前にそれもある。
とりあえず、福井の親には明日謝りに行くことになった。
…チュンチュン
雀の鳴き声が聞こえる翌朝7時。
妙な違和感に気づいて目が覚めた。福井はまだ寝ている。
学校へは石英さんから話を通してくれているらしく、今日は三人とも熱を出して休みということになった。
「なんか、昨日は疲れたなぁ…」
すると、小さな感触に服を引っ張られる感じがする。
「なんだよ、福井もう起きたのか?」
そこに居たのは青い髪の長い10歳くらいの少女だった。
あー幽霊でも見てるのかと思い二度寝しようとすると…
「お腹すいた…」
そう話しかけてきた。というか、幽霊ってすり抜けるよな?
恐る恐る声のほうを向くと…
「ご飯食べないの?」
間違いなく実物の、サイズの合わない俺の上着を羽織っただけの、本物の少女がそこに居た。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?」
私はあまり生きれなかった。その時間は短かったし死んだことすら気付かなかった。
けど、後悔はしてないよ。だって楽しかったんだから。喧嘩も、遊びも。
だから、私は最後まで『福井翔太』の友達で良かったよ。
私自身の再会はできなかったけど…仮初でも別れは言えてよかったよ…
『さようなら、私の友達。』
そうして消えていった小さな想いがあった事を誰も知らないのだろう…
だが、消えた想いは満足気だった。それはきっと縁なのかな…?