消えない想いの幻想
私は私…生れ出た時から私だった。
けれど何度見てもこの記録は辛い…
そのうち私は関心を持っていった…
「どうして…私はお前に関心を示したのだ?」
何時か見た丘の上で、少女は俺にそう質問した。
「それは…俺がお前の唯一の親友だったからだよ。」
俺は、右手のオレンジ色の手紙を握りしめ、そう答えた。
「それは…私の記録の話だ。だからこそ…私は知りたい。」
少女は、無機質な表情特徴でそう言った。
「なら、お前はこれを見てどう思う?」
俺はそう言うと、握りしめていたオレンジ色の手紙を、ゆっくりと差し出した。
「…それは…」
少女は、俺の差し出したオレンジ色の手紙を真っすぐに見て、そして何も言わなくなった。
恐らく…何かを考えていた、この手紙が何を意味しているのか…
どんな意味があるのかを…
「私には…この手紙がとても辛く感じる。
…何故ならこれは、私の記録が辛いと思いながら書いたものだから…」
確かに、辛さはあっただろう…当時の祥子は辛かったからという理由でもこの手紙を書いた…
だが、
「本当に、それだけか?祥子。」
俺は、少女にそう聞いた。
「私の記録には、そう記録されている。」
俺は、敬三祥子という人物をよく知っている。彼女は辛いと思う事が…いや彼女には…『殆ど感情が無い』。
それはつまり、辛いと思ってこの手紙を書いた事には直結しない…
彼女が…祥子が本当に求めていたのは…
「祥子は、助けを求めていたんじゃない。祥子は辛くて泣いていたのでもない。
アイツは…俺に会うのが身勝手な事だと思い、恐ろしかったんだ。」
そう…手紙に付いていた祥子の涙の跡は、祥子が俺に会う事があまりに身勝手な事だと感じていたから…
そして、このままではそれすらままならなくなってしまうという恐れから…
祥子は、辛いとだけしか思って居なかった訳では無い…アイツは、アイツの性格なら、
『そんな事』では手紙を書けない。
「……」
少女が、黙り込んだ。
いや、単純に黙り込んだわけでもない…彼女も気づいたのだ…
自分の記録には、『感情』が欠落しているという事に…
「お前は…私の記録が不完全だというのか…?」
少女が、口を開いた。そしてその声は、自己否定をされた事に対する怒りが確かにあった。
「そうだ。お前は祥子ではあるけれど祥子じゃない。…祥子は結果的に、
俺が見殺しにしてしまったんだからな…」
俺は、少し悔しかったがそう言った。
「…私には、お前に対する関心と同時に、私を見捨てたお前への怒りがある。
しかしてそれも、記録のモノでは無いと…これらは全て、私自身の感情だと言うのか?」
少女はそう俺に尋ねた。
「そうだな、だって考えて欲しい。
アイツは…一度だって誰かに怒った事があったか?」
俺がそう言うと、少女を囲むように、透明な無数のモニターの様な物が現れ、
そして祥子の記憶を記録として再生する…そうして少女は確認し、観測した。
…三十秒程確認した後に、少女はモニターをすべて閉じた。
「…そうか、私は…敬三祥子では無いんだな…はははは。」
無機質ではあるけれど、少女は笑いながらそう言った、
それは少女自身が、自分だけの自己がある事を認めたからこそ…
「成程な…敬三祥子は感情に疎いだけで、人とは外れた感性の持ち主だったのか…
ならば、私のお前へのこの関心は…一体何だ?」
…少女が祥子とは別人でありながら、それでも俺に関心を持つ理由…それは一つでしかない。
彼女にとって、材架賢人という人間は―――
「それは、俺への『怒り』だ。」
手紙を書いた時の記録を、彼女は辛いと言った。
そして、少女自身が、『私を見捨てた怒りがある』と口にした。
ならば、もう疑う必要は無い。
彼女は、手紙を確認しなかった俺に対し、とてつもなく怒っている。
それは祥子の記録を知っているからこそ。
「…お前は、そんな事を言って良かったのか?今、お前はこの空間そのものである私が、お前に対し、
『殺意』を持っているとさえ言ったのだ。」
少女の怒りの矛先が俺ならば、俺に対し殺意が込み上げて来ない筈は無い。
…それすらも、覚悟の上だ。
「俺は結局、祥子を…アイツを見殺しにしてしまった。その結果多くの人を狂わせた…
けれど、そんな俺でもやれる事はある!」
それは、俺の幸楽さんにお願いした頼み事だ…
「幸楽さん、みんなの所へ戻る前に、最後に一つお願いがあります。」
俺がそう尋ねると、幸楽さんは真剣な表情で答える。
「なんじゃ?言うてみよ。」
俺は、少し考え込んだ後、答えた。
「この空間の自我を…『殺す』方法を教えて欲しい。
勿論、万が一の為にだけれど…」
幸楽さんはそれを聞くと、俺に言った。
「自分が何を言っておるか分かっておるのか?」
この空間自体が祥子で、身体は陽子さん自身が使っている。さっき聞いた通りだ。
だからこれは…
「お前は2度も、敬三祥子を殺すと言っておるのだぞ!」
その通りだ。
「…俺はもう一度祥子を殺すと言っています。」
俺がそう言うと、幸楽さんはしっかりと俺の目を見た。
「…嘘や冗談では無いな。
…分かった、だがこれを使うのは本当に最後の手段じゃ。使うべき時以外はその手段に頼らぬ事、
…良いな?」
そうして俺は、幸楽さんに、『この空間の殺し方』を教えて貰った。
「そうか…お前の目的は決まっていたという事か…材架賢人おぉ!!」
少女が怒りの感情を露わにする。もはや、先程の様な無機質さは無く、少女は俺への殺意で構成されていた。
それもその筈、俺が右手に持つ剣は、想いに対しての特攻武器だからだ…
その名を、『消えない想いの幻想』。
自分の経験した事のある想いを、武器として振るう事の出来る…異空間でのみ使える想いの武器。
そしてこれは…『秘めた想い』、その武器としての効能は、秘められたモノの否定、
即ち…『この空間そのものの否定!』
「今から…俺は、お前を殺す。お前も全力で来い!乖離の異空間!!」
俺はそう叫び、少女の方へ走っていく。
「…ああああああああ!!あああああああああああああああああああああああああ!!!」
少女もまた、声にならないような叫び声を上げ、俺の方へ走ってくる。
少女は祥子の知り得る武器となる物を呼び出し俺にぶつけてくる。
俺は一つ一つを消えない想いの幻想で切り落とす…凄いものだ、本来なら耐えられない程の質量のモノでさえ斬るだけで消滅する。
そして、俺と少女は対峙した。
少女はファイブロライトの警告を防壁として使用していた。
しかし、この剣はこの空間そのものの否定…
…ザッシュ!!
その瞬間を、俺は永遠に忘れない…俺の剣は確かに少女…いや、祥子を斬ったのだ…
俺は二度、彼女を殺したのだ…
一度は知らぬうちに見殺しにした。けれど、今回は違う…
俺は今度こそ、『彼女を助けるために、彼女を殺したのだ…』
「…がはぁ!!っぐ…流石に…今のは深かったか…」
息も絶え絶えに、少女はそう言った。
「…最後に聞かせて欲しい、お前はどうしたかったんだ?」
俺がそう聞くと、少女は俺の目を見て答えた。
「私は…多分どうもしたくなかったんだろう…あまりに辛い記録だった…あまりに悲しい記録だった…
けれど…真実は…とても優しい記録だった……私はそのことに気付いていなかっただけだ…
けれど、人として…お前に感情をぶつけられた…その事だけは、私自身の人生だ…」
少女はそう言うと、俺の方へ倒れ掛かった…俺は少女を抱き寄せた。
「そうか…ごめんな、俺はお前も祥子も…結局殺す事しか出来なかった…」
気づくと、俺の両目からは、涙が零れていた…
「何を謝る必要がある……お前は敬三祥子に恨まれた訳でも無いだろう……
そして私も…お前に怒りは有れど……恨んだりはしていないさ……」
少女の目から、段々と光が消えて行く…
「だから…そう悔やむな……私は『自らに与えられた人生に満足している』と言ったのだ……
だからせめて…最後のお前の顔は……笑顔であって欲しい………」
笑顔なんて…出来る訳が無い。けれど、それが友に捧げるせめてもの償いなら…俺は捧げなければいけない。
「っく…これでいいか?」
俺は不器用ながら笑って見せた。
「っくふふ…ははは!…なんだそれは…それの何処が笑顔だ……っはっはっは!」
少女は笑いながらそう答えた。
「だが、それでいいんだ……確かに私は消えるが、敬三祥子の記録までは消させまいよ……これを、
橋本陽子に渡してくれ……」
少女は、緑色の球状の手の平サイズの物体を差し出した。
「それは、敬三祥子の記録だ。マラカイトという鉱物で覆った…彼女の記録だ……恨むといい、
お前は空間そのものである私は殺したが、完全には敬三祥子を殺せなかったのだからな。」
マラカイトは『再会』や『繁栄』の想いを象徴する鉱石だ…恐らくは再開の方を使ったのだろう…
「…分かった、ありがとう…乖離の異空間。」
俺がそう言うと、少女は微笑んで言った。
「あぁ、こちらこそ感謝する…短いながら………良い……………人生…………だっ……た…。」
その言葉を最後に、微笑んだ少女の目から光が消えた。
俺は、少女の両瞼を優しく閉じた。
「……それじゃあ、お前の届け物を陽子さんに届けるよ。」
俺がそう言うと、空から空が割れるような光が溢れ、俺を元の空間へ吐き出した。
「っく、おい石英!!何か策は無いのか!?このままではジリ貧だぞ!!」
福井修也がそう言うが、石英麗美に策などもう無い…何故なら先程から橋本陽子の生み出す想いが桁違いだからだ。
あまりにも大きく多いソレは、明らかに石英麗美と材架優秘だけでは対処しきれない…
「あぁ!!ああぁ!!私の空間が!世界が広がらない!!なんで!!なんで!!
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!!」
橋本陽子はそう言いながらどんどん想いの濃縮した球状の物体を生み出しては時折危険物を撃ち続ける。
それを各自が用意したマカライトを散りばめた模造刀や銃で迎撃する。
しかし、橋本陽子の攻撃はどんどん激しくなっていく…
「陽子!!お前は陽子だ!!だから戻ってこい!!」
高山真也も真剣にそう声掛けを行うが…それももはや聞こえているとは言えない…
(っく…これではどうにもならぬ……儂が本気を出したとしてもあ奴を殺すので手一杯じゃ…
じゃがそれではどうにもならん…何も解決せん!)
仮に、『消えない想いの幻想』を使っても材架幸楽でさえ橋本陽子を殺す事しかできない。
それほどまでに橋本陽子の吐き出す想いは異質過ぎるのだ…
「空間が…空間があああああ!!!!!」
橋本陽子がそう叫ぶと、材架賢人を取り込んだ虹色の球がひび割れ始める。
そして…
…バリィン!!
軽快な音を立てて、球が粉々に割れたのだ。
「そんな…」
石英麗美はそれを見て思った…材架賢人が死んだと…
(…いや…違う!これは!!)
「お前…お前がああああああああ!!!!」
橋本陽子がある物を持った人影に反応する。
「すみません皆さん、俺、少し所用を済ませてきました。」
材架賢人は生きていた…そして手に持つのは…
「材架さん…それはまさか!!」
石英麗美は直ぐに気が付いた、それは敬三祥子の記憶そのものだと。
「橋本陽子さん、自己紹介からした方がいいでしょうか?俺は材架賢人って言います。高校生です。
それでこれは乖離の異空間そのものからの贈り物です…悪いですけど受け取ってもらいます!!」
すると、それを拒むように過去を手放す想いを大きくぶつけてくる。
「せーの!」
…バシィン!!
過去を手放す想いを、『消えない想いの幻想』で斬る。
材架賢人にとって、これは手放させる訳にはいかないのだ。
「あぁ!?お前がそうやって殺したのかぁああああああ!!!」
橋本陽子はそう叫び、また攻撃を行う。
材架賢人は自らの『消えない想いの幻想』で斬ろうとするが…
(賢人!!それはジェダイトの安定の想いじゃ!!お前のその消えない想いの幻想では切り落とせん!!)
「え!?そんな!!」
材架賢人は材架幸楽から受け取ったメッセージが一瞬信じられなかった…だが一発斬ろうとして斬れなかったことを確認すると察した。
(次の攻撃はかわせない!!)
…バシィン!!バシィン!!
(な馬鹿な!?)
材架幸楽は驚いた、何故ならその攻撃を防いだのは材架賢人の両親だったからだ。
「なんかな、色で見えたよな母さん?」
材架賢人の父が材架賢人の母にそう尋ねる。
「えぇ、よく分からないけどこの色なら私たちが動かなきゃって感じになったのよ、ねぇ?」
両者のその手には、模造刀ではなく、日本刀と短剣の様な物の形の『消えない想いの幻想』があった。
「よく分からないけどありがとう親父!母さん!」
材架賢人はそう言うと、橋本陽子に走って向かっていく。
「あああああああ!!」
(馬鹿な!!そんなに濃縮できたのか!?賢人!!アレは何としても回避しろ!アレは最大威力の過去を手放す想いだ!!)
…バシュゥン!
「!?」
橋本陽子の最大威力の攻撃を、福井翔太が『消えない想いの幻想』で斬り伏せる。
「…どうも、俺の役目はお前のサポートみたいだな材架。
あの超ドでかい攻撃は『俺たち』が何とかするから心配するなよ!!」
福井翔太の隣には、うっすらとではあるが、花厳桜華の姿があった。
「…分かった、福井!アレは頼むぞ!!」
すると、賢人の後ろに高山真也が駆け寄り、『消えない想いの幻想』を振るう。
直後に青い斬られた球状の青い物体が現れ消える。
「俺はこれらしい。材架…行くぞ、ここで終わらせよう!!」
その直後に黒い想いも飛んで行くが、橋本清深の『消えない想いの幻想』に斬り伏せられる。
「私は…こういう役目なんだ…でもいいや!頑張るからね!!」
気づけば、全ての突入者が、『消えない想いの幻想』を持ち、それぞれに対応した想いを斬り伏せながら確実に橋本陽子へ向かっていく。もはや劣勢ではない、それぞれの想いをそれぞれが受け止め、そして戦っていた。
そして…それぞれの物語が重なり、橋本陽子の眼前に迫った。
「受け取って貰いまあああああああああす!!!!」
材架賢人が、大声でそう言いながら敬三祥子の記憶を橋本陽子にぶつけようとするが、あと一歩足りない!
「ありがとう材架。あとの一押しは任せてくれ!」
高山真也はそう言うと、危険を顧みず前に出て、材架賢人の持つ敬三祥子の記憶の最後の一押しを行った。
…バァァァン!!
大きな音を立てて、マラカイトで覆われた敬三祥子の記憶が橋本陽子にぶつけられた事で破壊され、
彼女と同化する。
「あああああ!!!私は!!私は!ただ…」
段々と、橋本陽子の髪が黒くなって行く…同時に橋本陽子自身も落ち着きを取り戻し、不完全だった自己を回復して行く…
「あぁ、分かっているさ…だって俺はお前の彼氏だからな…」
高山真也はそう言いながら、徐々に人間へと戻っていく橋本陽子を抱きしめた。
「…ごめんなさい、私はただ…帰る場所が間違っていたんじゃないかって…それでも貴方達が忘れられなくて…」
橋本陽子は、恐れていたのだ。自分が敬三祥子であった事を。そして帰る場所が此処ではないのではという自己矛盾を…
「安心しろ、お前の帰る場所は…お前がどうなっても俺や、お前の妹の所だ…」
一同は、そんな二人を見て優しく微笑んでいた。
材架さんへ
『もし、手紙を見てきてくれなくても私は貴方を恨みません。怒りはあるだろうけれど恨みはしない…
だって全部は私の我儘なんだから。
見て貰えなくてもそれは同じ…だから、もし真実を知っても、自分を責めないでね。』
それは、とあるビルの跡地に残されたもう一つの書き手紙。
見つけられる事は無かった、灰に埋もれた彼女の手紙。




