乖離の異空間
それは、誰かが見てきた世界、
それが、私の見てきた世界。
それは、誰かの大切な人、
それが、私の唯一の友。
あぁ何で、私達は…救われないのだろう…
俺と優秘と石英さんと委員長と福井の五人は、打ち合わせ後、俺の部屋に集まっていた。
「…突然決まりましたね」
石英さんが小声でそう言う。
「まぁ、親父の事だし突然決めた理由は多分俺等が行かないようにするためだと思うな。ま、俺ら全員用事なんてなかったから行く事になるんだが…」
福井は福井のお父さんが気をつかっている事をそう説明した。
「それはそうだと思うよ、いくら石英さんや福井くんのお父さんみたいな専門家はいても危険なものは危険なんだから…でも私はそれでも行かなきゃいけないと思ってるんだ。だって家族の事だもん」
委員長は自分の家族の為、血は繋がって居なくとも家族だから助けに行きたいのだ…
俺は…あの時の唯一の友達だから助けに行きたい。
「石英さん…もしなんですけど、向こうで帰れなくなったらどうしたらいいんですか?」
俺は、脱出経路がやはり不安だ…
「そうですね…何かしらのトラブルで水晶が使えなくなったならば、入る時に現れる扉から出る事もできます。開けることは私と優秘ちゃんが協力しなければなりませんが、出る時は閉めておく必要がありませんし、外部から干渉された出入り口は内側から閉ざす事は出来ません」
それを聞いて、皆は少し安心したがそれは逆に出口までの道のりを覚えていないと出られなくなる恐れもあるということだ。
「まぁその辺りは親父も対策してるはずだしオートマッピングアプリくらいは作ってるだろ…確か…」
福井はそう言うとカバンからスマホを取り出す。
「あったあった、えっとなこれだ。
これを使えば圏外でも歩いた移動量から勝手にマップを作ってくれるんだ、まぁ内部地形が変わったら役に立たないけどな…」
福井は取り出したスマホを弄りながらそう説明した。
「…お前の父さん一体何の企業なんだよ」
俺がそう尋ねると福井は答える。
「だから前にも言った通り色々やってる企業だ」
色々やってる…というだけで納得はし辛いが、取り敢えずあった方がいいのは確かだ。
「賢人!ご飯まだ!?」
そう言えば、昼食がまだだった。優秘がお腹を空かしているので、取り敢えず俺と石英さんで即席の昼食を作る事にした。
科学実験室で、福井修也は高山真矢と材架両親にある事を確認していた。
「これは子供たちには伝えられない事です、万が一の時の…大人の対応方法と言ったらわかりやすいと思います。
…現状、異空間の中の彼女を乖離した人格を統合させ救い出すのが目的ですが…実はこれは正攻法であり、もっと効率のいいやり方も存在します。」
真矢は、修也の言いたい事を察して尋ねる。
「…片方を殺す、という事か?」
修也は暗い顔を一瞬だけ見せ、答える。
「…まぁ、そういう事となります。端的に言うと、空間内の身体と身体に残っている人格を無理矢理現実に引き戻し、空間外にてビー玉のようなものを破壊し片方の人格を殺してしまえばいい。けれど、どちらが空間を形成する人格なのか分からない以上はどちらかの人格の記憶が永遠に消える事になります。」
賢人の父は言う。
「それだと、あれか?陽子さんの時の彼女か祥子としての彼女しか救えないという事か?」
修也は答える。
「まぁ、そうなります…だからこそこれは最終手段です。皆が、特に子供に命の危険があると判断した場合は、こちらの麻酔銃で彼女を無力化し、脱出してください。」
真矢は、とても不満そうな顔をしていたが大人として教師として判断するならそれは必要な事だと理解していた。
「そうなのね、分かったけどこれは息子達にどう説明するの?」
賢人の母がそう尋ねる。修也は、水晶を取り出して見せる。
「子供に持たせる水晶には自壊装置が付いています。中で起こったことはできるだけ辻褄を合わせて説明致します。」
賢人の母はそれを見ると納得し、理解をした。
「…何度も繰り返すようですが、これは最終手段です。我々の目的は完全な状態での彼女の救出であり
諦めるつもりはございません、…それに私の企業は決して人を殺すような企業ではないのだから。」
修也のその言葉は、何か後悔地味た物も含んでいたようにも思えた。
…白と黒が混ざり合う世界は、いつの間にか一つの街のように変貌していた。
しかしそれはただの街ではなく、彼女にあった筈の記憶が形となったモノ…
その為、よく見れば妙な形をしている家や歪みきった場所等があった。
そんな世界の中心で、白い椅子に腰かけた彼女はあまり寝付けず目を覚ました…
「……ん…眠れない…あれ?こここんなに広かった?」
虹色に輝く幻想的な長い髪の、黒いドレスの彼女は眠る前とのあまりにも大きい空間の変化について、
驚愕していた…
「…いやいやいやいや、あまりにも大きすぎるでしょ!?どう考えても!!」
それは最初に眠った時の、何もない空間からは考えられないほどの変化であった。
だから、感じ取ってしまった…
「…でも何処か…懐かしいような感じね…」
彼女は少し微笑みながらそう言う。
だが、同時に気づいた…この世界には自分しか居ない事に…
「…誰も居ない。真也さんも清深も居ない。私だけの世界。」
ふと、彼女は目の前に落ちていた虹色の石、アンモライトを手に取る。
「…ケーキが食べたいな。」
彼女がそう呟くと、アンモライトが突然光り、次の瞬間、
どこかで見て食べたようなケーキが目の前に現れた。
「…もしかして、この子の映像にある者って何でも呼び出せたり操れるのかな?」
そう言いながら彼女は、誰も居ない世界の、あらゆる場所に映し出されている、
見覚えの無い誰かの映像を眺めて言った。
気づくと、手に持っているアンモライトさえも自由に、そして思った通りに浮かばせたり、
動かせたりしていた。
「…とりあえずこれ食べよう。」
彼女は嬉しそうだが何処か切なく、そのケーキを食べ始めた。
「まぁ、こうなるだろうけどさ?」
賢人はそう言いながらリビングのソファに腰かけた。時間は20時を指していた。
皆それぞれの準備の為に自分たちの居場所へ一旦帰宅したが、俺の両親は、
普通に俺の部屋に上がり込んでいた。何処と無く、優秘が喜んでいるのが分かる…
「そりゃな、俺たちだって急に来た訳だし宿なんて予約してないからなぁ…
それにたまには自分の子供達がどんな風に生活してるか気になってたしな、
ケースバイケースって訳だ!」
親父はそう言いながら笑うが、何処と無く意味が違うと思う…
「そうね、息子の暮らし振りは気になる物よ。でもキッチンもそうだけど意外ときれいに使ってるのね。」
母さんはそう言いながら料理を作っていた。その隣で目をキラキラさせた優秘が言った。
「うん、でもそれ殆ど麗美がやってるよ。賢人のやり方はちょっと色々足りてないんだよね」
確かにその通りだが、こいつに言われると腹が立つ。
「優秘、母さんの邪魔をするなよ…」
俺がそう言うと、母さんが言う。
「何言ってるの賢人。邪魔な訳ないでしょ?あ、優秘ちゃん。それ取って貰える?」
優秘は母さんの指示通りに必要なものを取り、母さんに渡す。
完全かつ完璧に手伝いが出来ていた。
「ほんとに賢人も少しは手伝ってくれたらいいのにね?」
母さんがそう言いながら俺をチラっと見てくる。
「……まぁ…そうだな…」
すると優秘が少しニヤッとする。
「…やっぱ最近のコイツ腹立つな!?」
最初の頃の可愛気は何処へやら…今ではすっかり、何処にでも居るただの妹のようだった…
夕食も終わり、皆寝静まった頃、俺はベランダに出て、星を見ていた。
「意外と、ここから見る空も奇麗な物なんだな…」
俺はふとそう呟く。
「そうですね。材架さん。」
!?
少しびっくりして声の主の方を向くと、隣の部屋の石英さんだった。
「ふふふ、…材架さんも眠れないんですか?」
石英さんは少し面白がっては居るものの、静かにそう尋ねた。
「まぁ、そんなところです。実は、何か忘れている気がするんです…
とても大事な事だと思うんですけど…」
俺がそう言うと、石英さんは答えた。
「そうですか…きっとそれは、彼女の事でしょうね」
俺は、そう言う石英さんが少し気になって質問する。
「…それも、賢浄者の能力的なものなんですか?」
すると、石英さんはクスって笑って答える。
「くす…いいえ、これはただの何の根拠もない憶測です。恐らく…という事であって、
材架さんの忘れている記憶とは何の関係が無いかもしれません。でも、それでいいと思うんです。」
俺は、石英さんに質問する。
「それでいいと思う?何故?」
石英さんは答えた。
「心は常に拠り所を求めています。彼女もそう、材架さんもそう、そして私でさえ求めているんです。
…私があの時、彼女に流し込まれた想いの毒素、『警告』は…私の拠り所を求める心に蓄積し、
刻みつけた今まで請け負ってきた想いの一部を表面化しただけなんです。」
石英さんが橋本陽子…と思しき彼女に攻撃を受けた時の事だ…
「私は、賢浄者としての能力を自ら望んで保持しています。だからこそ、想いの根源を知りたい、
想いの本質を知りたいと、何時の間にかそこに心の拠り所を求めるようになりました…」
俺は自分の考えを言う。
「だから、誰にも…いや、自分にさえ気づかれないように、心の奥底に想いの一部を、
どんどん溜め込んでしまった…?」
石英さんは、少し悲しそうに微笑みかけて言う。
「はい、何時からかそれは無意識に行っていました。と言うのも彼女に殴られるまで、
私自身に既に自覚はなかったのですから…」
多分、これが石英さんの本質何だろう…人が生み出す『想い』、それは何故生まれてしまうのか、
感情でも分からず理屈でも分からず、恐らく愛でさえも分からなかったのだ…
石英麗美は欲し続けたんだ、生まれ続ける全ての想いの本当の真意を…
「少し、変な話をしすぎましたね…」
石英さんがそう言うと、空から薄い光を送り込んでいた月が雲に隠されて少し暗みが増す。
「…いや、そんなことは無いです。俺も少し、心が軽くなりました
…まぁ忘れていることが何なのかは相変わらずわからないんですけど」
俺はそう言いながら少し笑った。
「…私も軽くなりました。ありがとうございます。」
石英さんは一瞬だけ不思議な顔をして、そして笑った。
ベランダの裏で、二人のその会話を聞いていた優秘は、少し微笑み静かに言った。
「賢人、負けないでね。」
隠れていた月は、雲が通り過ぎ、夜の街に月光を注いでいた。
翌朝、準備を終えた材架家一行は玄関で最終チェックをしていた。
「電気良し、ガス良し、火の後始末良し!完璧だな。」
親父がそう言うが、親父だと説得力がまるでない…
「…やっぱり俺がもう一回確認してくるよ」
俺はそう言いながら部屋を確認する。
「…とりあえずは…大丈夫か…ん?」
ふと見ると、自室の机の上にオレンジ色の封筒がある事に気づく。
「開けた跡があるから読んだ奴だっけ?中身を見てみるか…」
俺はその中身を確認しようとする…
「賢人ー!早くしないと遅刻するよー!」
(遅刻…まぁ遅刻か…とりあえず後で読むようにポケットに入れておこう…)
「全部大丈夫だったよー!今行く!!」
俺は駆け足で自室を後にした。
賢人がポケットに入れたオレンジ色の封筒の中には、手紙が『二枚』あった。
石英麗美と福井修也を始めるエニシングの職員は、
高山信也の立会いの下、学校の屋上で準備を始めていた。
「…本当に理屈も化学もほとんどの常識が通用しないが、これで大丈夫だろうかな?」
修也がそう呟くと、麗美は答える。
「当家の文献は本物ですので、そこは信用してくださって大丈夫です。それに元々これらの文献が本格的に使用されていた頃は、化学も現代のように進んでいない時代だったのですから、特殊な魔術、
とでも考えて頂いていいと思います」
修也は笑いながら言う。
「ははっ、それはまた怪しいぞ?石英。まぁ現状は、お前の文献が無いと
手掛かりが無くなってしまうけどな…」
すると、職員の一人が言う。
「社長、準備完了です。」
それを聞いた修也は、次の指示を出す。
「分かった、ありがとね。じゃあ所定の位置についてナビゲートとかの準備をお願い。」
すると、麗美は不思議そうな顔をして尋ねる。
「ナビゲート?」
修也は答える。
「あぁ、言ってなかったっけな…お前の言う魔術的なものだけでなく、
科学的なサポートも徹底しているって話だよ。やるからには仕事は効率良くきちんとこなす、
それが俺達の企業の理念だからね。」
しばらくして、全ての準備が終わり、材架賢人と材架優秘と賢人の両親、そして福井翔太と橋本清深が
到着し、集まっていた。
「皆様お集まりいただけた様ですので、現時刻を以って作戦開始とさせていただきます。
本日は宜しくお願いします。」
福井のお父さんがそう言うと、エニシングの職員が水晶を配り始める。
「その手のひらサイズの水晶は昨日説明した帰還用なので無くさないようにしてください。」
俺の両親と高山先生には、何か別の黒い箱も渡されていた。
「また、保護者の皆様には昨日説明させて頂きましたブラックボックスを配布させていただきます。」
恐らく、保護者のみの機密事項だろう…俺は気にしないでおくことにした。
「では、石英様。古式に習い、賢浄者としてこの事象の解明のその1歩を願い奉る。」
福井のお父さんがそう言うと、白い着物に身を包んだ、幻想的な石英さんが屋上の扉から現れた。
「すげぇ綺麗に着飾るなぁ…」
俺はそう感想を漏らすがその姿は、本物の聖職者その者だった。
「はい。完全なる当家の血筋に賭けて、その願いを聞き届けた。今こそ、救済の時なり。」
石英さんのその言葉には、確固たる意思と威勢があった。
「なあ、これってなんの意味があるんだ?」
福井がそう尋ねると、優秘が答える。
「これ?あー、これは賢浄者がとても大きな問題に直面した時に行うけーきづけ?みたいなものみたい。」
確かにそうだ、今回の問題はとても大きい…確かに景気づけは必要だろう…
「では、財架家の優秘様。賢浄者たるこの身に、その力をお貸し下さい。」
石英さんがそう言いながら優秘に手を差し出す。
「…分かった。」
優秘が真剣な顔で虹色のビー玉のようなものが置かれた机の前に出る。
「では、始めましょう。」
二人の息が合ったその時、大きな風が吹き荒れる。
風を防ごうと皆が自らの腕で顔を塞いだその一瞬に、
その扉は現れた…それは、大きな、とても大きな虹色の扉。二人の手はそれぞれの取っ手を掴んでいた。
「…麗美、準備はいい?」
優秘がそう尋ねる。
「大丈夫、さ、開くよ?優秘ちゃん。」
そして、異空間への扉は開かれ、石英さんは着物を脱ぎ捨てた。
一同は、中の様子に驚愕していた…
「これは…街だ…一つの街がある…」
福井のお父さんがそう言う。
「はい、文献では記憶の写った欠片のようなものが存在するとだけありましたが…街があるというような事例は…ありません。」
石英さんの言う通り、そこは事前に予測されていた白と黒の混ざりあったような世界ではなく、
一つの街として完成されていた。
「…痛え…」
俺は突然襲ってきた頭痛に頭を抱える。
何かを思い出すような、何かにそうさせられているかのような感覚…
「賢人、大丈夫か?」
福井が俺をそう気遣うが、痛みが思う様にそれをさせない。
「ぐっ…なんだ…この街を…俺は知ってる…」
俺が苦しむ姿は直ぐに母さんと親父にも伝わった。
「賢人!しっかりしろ!」
「賢人!?頭が痛いの?」
親父と母さんの声が聞こえる…
「俺は…手紙を…手紙?」
ふと、何かを思い出し始める…それは意図的に忘れさせられていたかのような記憶。
「あ…あぁ…ああああああああああ!!!!」
俺は、オレンジ色の封筒の手紙を見た夜の事を思い出す。
そして目の前には、虹色の髪の祥子が居た…
「あ!あぁ!!嫌だ!!嫌だああああああああああ!!!」
俺はパニックになり、右も左も分からず逃げ出した。
「全員!落ち着いて彼女から距離を取れ!!」
遠くで、福井のお父さんの声が聞こえた、
そして、皆が俺を追ってくることは無かった。




