知るべき事とやるべき事
誰も彼も、やはりやるべき事はある。
誰も彼も、やはり知るべき事はある。
けれど、すべきではない事や、知ってはいけない事もある。
それでも知りたい事や、やりたい事がある…
果たしてそれは悪だろうか?
「はぁ…なぁ優秘、お前はこの手紙って読むべきだと思う?」
夏の少し暑い風が吹く6月の下旬、晴れの日の学校帰りの公園で俺はベンチに寝転んでそう尋ねる。
「…今は人も少ないし、読んでみるのはありかも?でも前も言ったけど、それ読むなら
自分をしっかり保てないとダメ。それ、賢人が思ってる以上に想いが強いよ?」
隣のベンチで優秘は、石英さんの家の蔵書を読みながらそう言った。
「それって思ってる以上に割と危ないよな?そういやお前ならこれが誰から送られたものかわかるんじゃないのか?」
俺がふとそう思って聞くと、夕陽優秘はしばらく沈黙した後、答えた。
「…それ、第三者に読んでもらいたいだけでしょ?賢人、いくら辛いことが嫌だからって逃げるのはどうかと思うよ?ましてやそれ、賢人宛に書かれた手紙。それに私も麗美も想いが見えるだけで差出人までは分かんないから。」
優秘は少し鼻高々に俺へそう説教した。
「…俺は今、年端もいかない小学生に説教されたのか。」
俺はそう言うと、少し情けなくなった。
「ぷくくくくく…まぁ今すぐ読まなくてもいいでしょ?それ消える訳じゃないし」
優秘は少し俺を笑うとそう助言をした。
「…しかし、お前が現れてから色々あったよなぁ…いや、現れる前もあったけどさ…」
俺はそう言いながら少しウトウトと、昼寝をしそうになる。
「…じゃあ、そろそろ5時だし行こっか、麗美のお見舞い。」
優秘がそう言いながら蔵書を閉じ、ベンチから腰を上げる。
「…そうだな、行く途中に例の喫茶店で苺のプリンでも買って行こうか、石英さんあ〜いうの好きそうだし」
俺も、優秘に触発されるようにベンチから腰を上げながらそう言う。
「…もしかして、賢人って麗美が好きなの?」
優秘は不思議そうな顔をしてそう尋ねてくる。
「いや…好きって訳ではないけど…確かに色々教えてくれたりしてくれるのは助かってるけど…
でも無理してるのはやっぱり心配だし…」
少し顔が赤くなっていた自覚があった。
正直話ていて恥ずかしくなってきた。
「それって好きなんじゃないの?賢人顔赤いし!…うーん、もういいや!早く行こう!」
嬉しそうに優秘は公園の出口に向かって行った。
「まったく…元気な奴め、…ん?」
ふと、公園の隅の方が気になったので、チラッと見てみた。
(あれ?…あの服とこの感じ、もしかして花厳さん?)
「もぉ!何ボーっとしてるの賢人!早く行こうよ!」
そう俺を急かす優秘に俺は気になって聞いた。
「優秘、もしかしてあそこに誰か居るか?」
すると、優秘は首をかしげて答えた。
「…?誰も居ないし何もないけどどうしたの?もしかして期末試験近いから疲れてるの?」
俺は優秘のその言葉を聞いて、とっさにもう一度公園の隅の方を確認する。
(あれ…?居ない…?)
確かに福井との1件で見た少女がそこに居たと思ったが…優秘が何も見えていないという事は、
どうやら気のせいだったようだ。
「もー!早く行こー!」
優秘は俺の右腕を掴んで無理やり公園から連れ出す。
「分かった分かったって。引っ張るなよ痛いな…」
誰も居なくなった公園には、もう誰の姿も無かった。
『それでも向き合って、貴方の想いを見失なわないように…』
今日も、麗美は病室の窓から海を見ていた。
「これはまた随分と回復したみたいだな。」
そう言いながら、高山先生が麗美の病室へ入ってくる。
「あら、今日の教務はもう終わったのですか?」
麗美がそう尋ねると、高山先生は答えた。
「まぁ、期末テストも近いからな。教務自体は割と暇だ、それとホイ。暇してたんだろ?
石英も本業は勉学だ、学校にいる間はせっせと成績を上げとけよ?」
高山先生はそう言うと麗美の病室の机に5枚ほどのプリントを置いた。
「お気遣い、ありがとうございます先生。」
麗美がそう感謝を述べると、高山先生は病室を後にしようとして言う。
「どういたしまして、さてと、俺はもう帰るぞ?何しろ陽子の件ももう少し自分で調べたいからな。
お前は余計な気は使わず勉強しとけよ〜」
ふと見ると、高山先生の置いていったプリントの一つに、クラスメイトのものと思われる落書きがあり、
麗美は少し笑って、それを手にとった。
俺は優秘と一緒に病院の受付を済ませ、石英さんの病室へ向かっていた。
「お、材架。石英のお見舞いか?」
恐らく、石英さんのお見舞い帰りの高山先生だった。
「はい、まぁ…目を覚ましたとは言えまだ心配なので…」
俺がそう言うと、高山先生は言う。
「そうか、まぁお見舞いもいいが勉強はしておけよ?…そこで楽しそうにしてる優秘ちゃんもな?
聞いたぞ?なんだか小学校でやんちゃしてる生徒が居るってな?」
それを聞いた優秘は答える。
「私は勉強出来るからいいの!今日だって授業の内容ほとんど覚えたし!」
こう言っているがマジで覚えているから優秘は恐ろしいのだ…
「そうか?なら次の授業の範囲も把握できてるのか?テストってのはたまにやってない範囲を出してくるからな、応用が大事だぞ?」
高山先生はそう言うが、優秘は正直その応用までも簡単にやってのけてしまうのだ…
文字通り天才かも知れない。
「私応用も出来るもん、じゃあ先に行くね」
そう言い残し優秘は石英さんの病室へやや小走りで向かっていった。
「まったく、大丈夫かなぁ…」
俺がそう言いながらため息をつくと、高山先生が言う。
「材架、ちょっと10分程話があるんだがいいか?」
(なんだろう?この前の1件の事だろうか…)
俺はそう思うと時間的にもあまり取らなそうなので話をする事に承諾した。
今の時間帯は誰も使っていない病院の屋上で、話をする事になった。
「すまないな、どうしても材架に確認したい事があったんだ。」
(なんだろう…石英さんの事かな?)
「もしかしたらもう知っている…いや、知らなかったなら覚悟して聞いて欲しいのだが…
福井のお父さんの福井修也さんと話し合って出た結論なのだが…」
高山先生の顔は何時にも増して真剣だった。
「恐らく橋本陽子と啓三祥子は、『同一人物』だ。裏付ける証拠もいくつか存在する…まぁ、
信じられないが陽子が橋本清深の言う通り8年後の未来から来たのはほぼ間違いないだろう…」
…え?
正直な事を言うと俺はあの後詳しい話を聞いていない、未だにあの女の人が、
本当に陽子さんなのかも分からない…にも関わらず祥子と同一人物!?
「その反応だと知らなかったか、だがお前は知らなければならない事だ…これを見て欲しい。」
高山先生はそう言うとポケットから少し黒い炭の汚れが付いたロケットペンダントを取り出す…
「これは、俺の持っているものと同じもので、事実上俺と陽子しか持っていない…にも関わらず、
これは啓三祥子が事故に巻き込まれた場所、有限会社敬三のビル痕に落ちていたらしい。
そして啓三祥子と陽子を同一人物だと仮定した結果、俺と修也さんはある結論に達した。」
何故陽子さんは突然家族と高山先生を放って何処かへ消えてしまったのか…
何故陽子さんと高山先生しか持ってないはずのロケットペンダントが祥子が事故にあった場所に、
有ったのか…俺は、その二つの謎の結論を答えた。
「陽子さんには…未来からこっちへ来た段階で…記憶を失っていた?」
そしてそれは―――
「…3年前に陽…いや、啓三祥子がこの時間軸で再び一人になった段階で…記憶が戻ったんだ。
文字通り、あの時にな…その仮定の上で確認したい。陽…いや、啓三祥子はどんな人物だった?」
俺は、祥子の事を思い出す…小学生の頃関わった事を思い出す…
「…祥子は、理屈をほとんど知ってて、その上で分からないふりをしていて…
何というか…あまり感情的に動くことが少なかったけども…」
『それでもあの時の俺にはただ一人の忘れられない友人でした。』
「ふーん…でも麗美、なんか最近落ち着いてるね。」
優秘はそう言いながら石英さんのベットの横にある椅子に座っていた。
「あら、来客ですか?…材架さんでしたか、高山先生と何か話されてたんですか?」
石英さんは俺を歓迎しているようだ…俺はとりあえずはぐらかしながら答える。
「まぁ、テスト勉強してなさそうだとか…石英さんに勉強しとけと伝えとけとか…
まぁそんな感じですね。」
すると何故か優秘が突っ込んでくる。
「なんか賢人嘘くさい、実は高山から昔の事とか聞かれたよね?」
(何でコイツはこんなに勘が鋭いんだ…)
とは思ったが生い立ちを考えれば普通の事だ…
そう思っているうちに、石英さんは真剣な表情をして言った。
「…材架さん、貴方も辛い思いをしているんですよね…すみません…私の力が及ばなかったせいで…」
俺は少し慌てながらなだめようとするが、優秘が俺に言った。
「賢人、心配しなくても麗美は福井のお父さんに色々言われてるから変な真似はしないよ?
だから、話してあげてもいいんじゃない?それで今どうこう出来るとは思えないし、私だって知りたいし」
(なんかこの子、今日滅茶苦茶説教してません?)
だけど、優秘の言う通りだろう…今話さなくても何れ知る事だろうし、
或いはもう知っている事かもしれない…俺は真剣な表情で答えた。
「…高山先生から、陽子さんと祥子が同一人物だという報告を受けて、祥子の事について聞かれました。」
すると、石英さんはほっとした顔をして俺を見て尋ねた。
「…それで、貴方はどう思いましたか?」
どう答えたのではなく、どう思ったか…石英さんは俺の感情の方を優先して質問していた…
「俺は…正直信じられないです。急に亡くなったと聞かされたと思ったら実は生きてたって…
あり得ないはずなのに…それはとても信憑性が高くて…」
そうだ。
あの時の俺には唯一の友達で、唯一理解を共有しようとお互いの事を語り合っては、
理屈と感情…それらの答えも探していた…
「もう一度、会って話がしたいんですね…当たり前です。だって、材架さんの友達だったんでしょう?」
石英さんはそう言いながら、優秘の頭を撫でていた。まるで猫でも撫でるように、
そして優秘も、猫のように甘えていた。
「…そうですね。やっぱり、あの時は唯一の友達だったし会って話がしたいです、
折角生きてたんですから…」
俺がそう答えると、麗美は少しうれしそうに微笑むと、言い放った。
「それでも、それは今、大人達が頑張ってくれています。
現状は私ですら危険な状態で下手をすれば命を落とす恐れもありますからね…
正直、私もあまり良い思いはしてません。
今すぐ何とかしたいですけど、修也さんに言われてしまいました。『ワガママに付き合いたかった』と…」
すると、病室のドアが開く。
「おう、来てたか材架。優秘ちゃんも一緒か、」
福井だ、恐らく石英さんのお見舞いだろう…
「あ、材架くん居たんだ…お久しぶり…」
最近学校にあまり顔を見せなかった委員長も来ていた。
「あー…なんか悪かったな、一応あれから全然元気ないし死んだ目だし、
学校来ても保健室に通ってる状態だったからな、見かねて連れてきた」
あぁ…福井らしい…
だがそうか、どうりで委員長もあまり学校で見かけなかった訳だ。
「その…先日は本当にすみませんでした!些細なものですがこれ…あの時のお礼です。」
委員長は石英さんにそう言うと、結構高そうな饅頭を石英さんに渡す。
「あら、ありがとうございます。とても嬉しいです。」
石英さんはそう喜んだがその饅頭は恐らく優秘が食べる事になるんだろう…
だって優秘のあの目と言うか視線と言うか、我が物顔で見ているのだから…
「よかった…喜んでくれて…てっきりすごく落ち込んでたんじゃないかって凄く心配してて…
馬鹿みたいだけど、お腹壊してばかりだったから…」
…保健室通いの理由は心配からの腹痛か、
「そうだな、来る前もコイツ腹が痛いって言ってたからな?」
福井が意地悪そうにそう言うと、委員長は少し怒ったような顔をして福井に言う。
「あれはあれ、これはこれでしょうが。それよりも福井くん、前のテスト貴方だけ欠点ですよ?
今回は期末だし、夏休み潰れても知らないからね。」
それを聞くと、福井は涙目で委員長に言う。
「そんなぁ~委員長様~勉強教えてくださいぃ~」
石英さんも皆も和やかに、今を楽しんでいた。
期末テストは二週間後、石英さんもあと3日くらいで退院だ。
来週からはみんなで勉強会だろう…
で…
試験前夜、何故か俺の家に集まった一行は徹夜で覚える気満々だった…
「福井は…まぁ仕方ないとして…なんで委員長までそんなに切羽詰まったことになってるんですか?」
俺は、当然の疑問を投げかけた。
「あのね材架くん、委員長も委員長で忙しいの。
そりゃまぁ先生の手伝いとかクラスメイトの頼み事とかしてたけど…兎に角!ここの公式教えて!」
あぁ…恐らく委員長はあれから委員長なりに結構調子に乗っていたんだろう…
頼み事とか手伝いをするのは素晴らしい事だとは思うが、でもそれで勉学に支障が出てたら駄目だろう…
「まぁさ、ゲーセンで毎日遊んでたけどさ!材架ぁ…助けてくれよぉ…」
そう言いながら頭を抱えている福井は自業自得だろう。
「福井、そこの公式簡単だよ?これをこうしてこうで出来るよ?」
小学生に高校の問題を教えてもらう高校生…これはこれで面白い絵面だ…
「なぁ材架ぁ、優秘ちゃんのやり方、式がねぇよぉ…」
そういえば優秘は、式を作らず暗算で解いてしまう癖があったな…それで正答率100%だから恐ろしい…
「はい、夜食のパスタが出来ましたよ皆さん」
そう言いながら麗美が悠々とお手製のパスタ5人分を持ってくる。
「石英さぁん…何でもするからこれ全部教えてくださぁい…材架が委員長ばかりひいきするんだよぉ…」
そんなことは毛頭無いはずなんだが…福井も福井でかなり来てるようだ。
「では清美委員長を私が手伝いますので福井さんは手の空いた材架さんに教えてもらってください。」
満面の笑顔で石英さんは福井にそう言う。
「そんなぁ!男に教えてもらっても理解がぁ…」
…コイツは何処までワガママなんだ。
「福井、さっきと矛盾してるぞ。とりあえず食ってからやるぞ?
優秘は明日も早いから食べたら寝ろよ?」
俺がそう言うと、優秘が答える。
「うん分かった。私も明日期末テストだから今日は早く寝るー!」
おうおうそうか…ってコイツも期末テストだったか…だが優秘は勉強する必要はないだろう…
だってコイツ毎回100点取るし…
「とりあえず頂きます、石英さん」
俺はそう言うと石英さんのお手製パスタに手を付ける。
「割と調味料が聞いていて美味しいな…福井も食え、」
俺がそう言うと、福井も手を付ける。
「…おぉ、割と旨い。石英さん料理スキルあるのかよ…すげぇなぁ」
確かにその点は俺も福井の意見と同意見だ。
正直、石英さんの料理スキルにはとても助けられている…何しろ旨い。
結局、そんなこんなで勉強会は朝まで続き…
俺と石英さんは万全にも関わらず睡眠不足を余儀なくされ、
委員長は石英さんの部屋でシャワーを浴びに行き、福井は何故か6時には爆睡していた…
「石英さん…コイツ大丈夫だと思いますか?」
俺が石英さんにそう質問すると石英さんは答えた。
「うーん…多分、欠点は回避してくれるんじゃないでしょうか?」
そんなこんなで、色々あったが期末テスト当日を迎えた。
白と黒が混ざり合う場所で、彼女は目を覚ました。
「…ここは、あれ?確か私は…何をしてたんだっけ?」
ふと、自分の長い髪を彼女は視界に入れた…
それは自分の薄い紫色のかかった黒髪ではなく、虹色に輝く幻想的な色だった。
「…え?私、もしかして死んだの?」
彼女は、辺りを見回す…すると周りに映像のようなものが流れ出す…
それは彼女には覚えのない、別の誰かの記憶だった。
「???…この子、誰?それよりも早く真矢さんのところへ行かなきゃ…あぁっと清深にも会いに行かなきゃ…私、ほんとにこんなところで何をしてるんだろう…でも死んじゃってる…のかな?」
彼女は自らの姿を再度確認する。
虹色の長い髪、そして着た覚えのない黒いドレス…彼女は、ようやく何かを思い出した。
「あぁ…そうか、私はここに逃げてきたのか…なら、戻る必要はない。」
彼女は、見覚えのない誰かの記憶の映像を見ながら、自分の目覚めた白い椅子へ向かい、腰を下ろした。
「これは、誰かの…私ではない誰かの記憶ね…なら、見る必要もないし…眠ってよう…」
そう呟き、虹色の髪の姫は眠りに就いた…
そしてその世界は、見覚えの無い誰かの記憶で広がり続けていた…




