想いの真眼
それは私の刻んだ物語。
私が選んだ、私であるべきの、私の意思。
だから後悔はない。
どれ程想いが強くても、どれ程想いが残酷でも、
私が望んだただ一つの、私の作る道だから。
私には、子供の頃から人のオーラを観る事が出来る一種の能力のようなものがあった。
そしてそれは、私の生まれた石英家にとって、ようやく現れた能力を継ぐ者だった。
「麗美、貴方は偉大なご先祖様の能力を授かったのよ、そしてそれは偉大なる石英家の賢浄者となる義務でもあるのよ。」
母は、そう言って私にあらゆる知識を与えてくれた。正直な話、私は学校の勉強よりもこの能力の使い方などを学んだ方が楽しかったし、なにより母の期待にも答えたかった。
それに加え私が、石英家の賢浄者として、人の想いが産み出す事象を解決していく道は、母の保証付きでそれはとても安定した道であった。
ある日、父が言った。
「麗美。お前は母さんの言う異教のカカシにでも成りたいのか?
お前が成りたいならそれでも構わん。恐らく安定もしているのだろう…
だが、私はあえて安定はすべきではないと思うのだ。
麗美。
もしお前が望むなら、普通の人間として私の跡を継いで人の上に立つ仕事をするのもいいと思っている。
お前は他事も多く無駄が多いが勉強もよく出来ているだろう?
お前の成績ならば、将来的に十分私の跡取りに相応しいのだ」
父の言葉も、私への期待の言葉だった。
私は確かにどちらも嬉しかったしどちらも希望と知性と繁栄を意味する黄色のガラス光沢、
トパーズに対応した想いを持っていた。
…だからこそ、私は知っていた。
その二つの両親の私への想いは、
『どちらかしか選べない』のに『どちらも選ばないと家族を崩壊させる』事だと…
そして私は、『洗礼の義』を行った。父の目は正直あまり良いものではなかった。
そんな洗礼の儀が終わった三日後、両親の喧嘩を聞いた…
「あの子は石英家に蘇ったこの世代の賢浄者なの!あの子の為にもその役目を果たして、
安定していて約束された将来を生きるべきなの!」
「それは押しつけだろう?お前は麗美に異教のカカシに成れというのか?それこそ傲慢だろう。
私は麗美が望むなら人としての道を提供するだけだと言っているだろう?」
「どちらを選ぶか決めろ?そんな事言っても結局は貴方の跡を継がせたいだけでしょう!?」
「それは私も人だから確かにあるかもしれんが!一番優先すべきは麗美のやりたい事だろう!?」
父と母のその口論から産まれた想いは、もはや希望と知性と繁栄ではなく、ただの道しるべを示すだけの想いになっていた。
だから私は、その時決断した。今は、どちらの道も選択できないと。
「お父様、お母様。今の私はまだ賢浄者とお父様の会社の社長、どちらの知識も乏しい小学生です。
今の成績や知識だけでは決めつけないでください。」
勿論、両親からは物凄く説得を促された。けれど私には『余計なもの』が見えるから、
説得に応じることは出来なかった。
そんなある日の事。誰も居なくなった夕方の公園で、私は一人参考書と石英家の書物の一つを足に置き、
たった一人でボーっとしていた。
「何を落ち込んでるの?」
薄い紫色の黒髪の長い女子高生が、私にそう聞いてきた。
「落ち込んではいません。…いえ全く。」
私がそう言うと、その女子高生は言った。
「テストの点でも落としちゃった?親の期待に応えられる結果が出せなかった?なんか君、今はそんな顔してるよ。」
私はしばらく黙った。黙っていれば、彼女も愛想をつかしてどこかへ行くと思ったからだ。
幸い彼女からは、想いの現れる兆候も色も感じられなかったから、放っておいても大丈夫だと思ったからだ。
「…図星?」
私は黙り続ける…
「…まぁだんまりならそうなんだろうね。成程、テストの点を落として見られて期待を裏切ったんだね」
全然違うが期待を裏切ったのは確かかもしれない…けど黙り続ける。
「んーだとしたらその足の上の本は勉強用かな?ならばお姉さんが教えてあげるよ?」
いや、どう考えても…
「上の本はともかく下の二冊目の本は貴方には理解出来ないでしょう…」
私は黙…
「やっと喋ってくれたね。お姉さん嬉しいよ。じゃあじゃあその二冊目の本って何?」
その女子高生はそう言いながら二冊目の本について聞いてくる。
私はつい声が出てしまったのでうっかりで少し顔が赤くなっていた…
「…これは、私の家の人間だけが稀に発現する能力の本。だから見ても貴方は理解は出来ても利用は出来ないし、これは…いらない知識だよ。」
そう言いながら私はその本を差し出す。
「少し顔赤いね、もしかして照れちゃった?」
その女子高生はそう言いながらニコニコしてこちらの顔を見ている。
「…早く取って!読むんでしょ!?」
つい、私は無邪気にそう叫んでしまった。
「くす、うん読むよ。じゃあ借りるね…」
そう言って少し微笑みながら、しかし真剣に、その女子高生は石英家の書物の一部に目を通し始めた。
私も、参考書を開き、確実に学校の参考書の内容を覚えるために勉強をし始めた。
…二時間、いや、三時間は経っただろうか。
もう日は暮れ、静かな夜が訪れ、公園の街灯が二人の読んでいる本の文字を照らしていた。
…パタン
「なかなか興味深くて勉強になったし普通に面白いよ?この本。」
意外な反応に、私は少し驚いた。
「…でも貴方、見えないじゃない。見えないと理屈は分かっても分からないよ?」
私がそう尋ねると、その女子高生は言った。
「見えないと分からない?理屈は分かるのになんで分からないと思うの?確かに科学者とかが見るのナンダコレ?ってなるけど私もこの本に書かれてる事と似たような経験あるから分かるよ。あ、私の経験については触れないでね。文字通り、覚えてないから。」
覚えてない?忘却…ジェットだろうか?
「…でもそうね、今ので大体分かったわ。貴方、両親が喧嘩してるんでしょ?それも貴方の事で…」
――!
「なんで…知ってるの?」
私は、今度は的確に私の現状を言い当てたその女子高生にそう尋ねた。
「やっぱり?結構当てずっぽうだったんだけどなぁーあはは。」
その女子高生は、笑いながらそう言った。
私はまた、顔が赤くなって、
墓穴を掘った自分が恥ずかしくなった。
「…貴方うざい。いきなり出会っていきなり土足で踏み入ってきて…その癖想いの一つも感じられない…」
そう言っているうちに、自分が何をこの女子高生に伝えたらいいのか、段々分からなくなってきた。
「…本当に両親の事が好きなんだね。私も今の両親がとても大好きだよ、だって親だもん」
その女子高生は、優しい顔をして、そう言った。
「貴方ならどうするの?二つの道を示されて、どちらも自分がしなきゃいけない道なら…私はまだ小学生だし、分からない…どういう道を行ったらいいのか分からない…」
すると、その女子高生は公園から見える道路を指して言う。
「じゃあさ、あの道路をずっと真っ直ぐに進めば何がある?」
私は答える。
「道があってコンビニがあって…それから交番があって…でも真っ直ぐならその先は…」
そうだ、その先には…
「何も無い。
この道をただ真っ直ぐに進むだけでは、
やがて海に着き、道は途絶え、
それでも進むなら海に落ちなければならない。
いや、或いは飛行機も有りかな。」
その女子高生は続けた…
「人生も同じ。
誰かが敷いたレールの上だと、
例え自分で選んだとしても、
それは誰かが敷いたレールの上なんだよ。
なら、道の終わりは直ぐにやってくる。
一本道なんて、この世には無いんだよ。」
私は尋ねる。
「なら、道はどうやって決めるの?私には今は二つの道しか無いじゃない…」
その女子高生は、麗美の目をしっかり見て答えた。
「道は、貴方が作ればいいの。」
私が…作る?
「貴方自身が自分の道を作ればいい。
確かにどう足掻いても道は道。
必ず海には辿り着き、必ず私達も行き場を失う…
なら、レールの上ではなく、
新しい誰も知らない自分の道を作れば、
きっと両親だって喜ぶはずだよ。
子供が作った道だもの。
どんなものでも必ず喜ぶよ、
まぁ悪い道はダメだけどね?」
私はその時理解した。自分が如何に幼いか…いや、
自分がどれ程何も知らなかったのかを。
道とは必ず終わりがある、
だから私達は分岐点で選択する。
けれどそれ以外にも方法はある。
自分しか知らない、自分の道を作る事だ…
人間とは昔から開拓者だ、
あらゆる物をあらゆる方法で使い、
自分達に有益に使っていく事で、
星を開拓し、結果繁栄した。
「まぁそうね…今からでも、
両親に話してきたらいいと思うよ。
きっと貴方の覚悟は認められる…」
そういえば、その女子高生の事で聞いていなかった事がある。
「あの…貴方の名前は…なんですか?」
私がそう聞くと、その女子高生は少し意地悪そうな顔をして答えた。
「私は何処かの妖精だよ、くす…」
何処かの妖精?そんなはず無いのだろうけど彼女がそうはぐらかすなら、深く詮索する必要はないよね…
「…私は石英麗美です。あの…本当にそんな自分の意見で押し通していいのかな…」
私がそう言うと、妖精を名乗る女子高生は、夜の公園の出口へ歩きながら言った。
「貴方の道は貴方の道よ。麗美ちゃん、自分を強く持って、周りに流されない強い人に成りなさい。」
その人はそれ以来、私の前に現れる事はなく、何時の間にか私すらも忘れていた…
だが一つ明確なのは、あの日の妖精を名乗る女子高生は、間違いなく私と私の家族を救ってくれた一人なのだ。
何の覚悟もなく母に流されて洗礼の義を受けた私が、
ようやく覚悟を持って自分自身の道を作る事にした、
これは…跡取りでも賢浄者としてでもなく、一人の人間石英麗美として、
この『想いの真眼』で、想いと向き合う最初の物語。
…ッピ…ッピッ…ッピ…
「ここは…私は…」
規則的な電子音が近くで聴こえてくる…それにえらく体が重く、力があまり入らない…
「失礼します。あ、石英さん。お目覚めですか?この声が聞こえますか?」
看護師さんが私の顔を見ながらそう言う。
私は理解した、私はずっと寝ていたんだ…そしてここは私の病室だ…
「…はい、聞こえます。少し迷惑をお掛けしますが、
ベットの方を少しギャッチアップして貰って良いですか?体に上手く力が入らないんです…」
私がそうお願いすると、看護師さんは承諾してギャッチアップを始めた。
「分かりました。少し痛みましたら言ってくださいね。
石英さん、おおよそ一週間は寝たきりだったんですから…」
そうか…私はあれから一週間も寝ていたんだ…
「…ありがとうございます、この辺りで大丈夫です。ではなるべく体を動かして慣らしてみます。」
私がそう言うと、看護師さんは何かをバインダーに取り付けた記録用紙に書いて、病室を後にする。
「何かあったらすぐ呼んでくださいね。失礼しました。」
誰も居なくなった病室はとても静かで、窓からは晴天に照らされる近くの海が一望できた。
「今年の海はゆっくり出来るでしょうか…」
…ガラガラガラ
「お、起きたか石英。」
私が起きて一番早く来た見舞い人は福井修也さんだった。
「はい。随分とご迷惑をお掛けしましたね…それは?」
修也さんの手には、少し豪華そうな梱包がされた何処かのお菓子のような物があった。
「あぁ、これか?お前の両親から渡してやるように言われた品だなんでもお父様の方が東京に行ってたから東京バナナのイチゴ味を買ってきたんだってよ。感謝しとけよ、あの両親は少し愛情表現が苦手みたいだからな。」
そういえば、病室の机の上にも何か色々なお見舞い土産と思しき品があった。
「あぁ、あれも大半がお前の両親のだ。早く戻ってきて欲しいとな、
なんだかんだ遠く離れたこの場所に、一番遅かったとはいえ飛んできたからな。
よく愛されてるもんだよ全く…」
修也さんはそう言いながら病室の椅子に座った。
「…陽子さんはどうなったんですか?」
すると、修也さんはポケットから虹色のビー玉のようなものを取り出す。
「優秘ちゃんが言うにはこのビー玉のような物の先だそうだ。
なんだか良く分からんが、これはそういう物らしい…石英、何か知っているか?」
私は一瞬で見分けがついた。何故ならそのビー玉のようなものからは、
私には大きな想いの虹色の扉がうっすら見えたからだ。
「…乖離の異空間、当家の一番深くにある昔は禁書とされていた蔵書の一つに記載されています。
ですが蔵書とはパターンが違いますね…蔵書にはオパールを対応する指定の位置に置いて、
擬似的なとても小さな異空間…つまり重力概念がないブラックホールやホワイトホールに似た物を作る事が出来ますが、10分持てば良い方で事故も多かった為、200年前から禁書とされていた物です。」
私がそう答えると、修也さんは言う。
「ならこれはもう少し解析した方が良いだろう…その言い方だと、事故る可能性もあるみたいだしな。」
私はいつ消えてもおかしくないと言おうとしたが、修也さんが直ぐに察して答えた。
「あぁ、言い忘れたんだがこれなんだけど、優秘ちゃんが言うには後1年は消える事はないそうだ。
それになぁ…お前あれだけボコボコにされたのに今度はそいつの巣の中へ行ってどうするんだ?」
私は答える。
「それは勿論、陽子さんを助け出します。」
修也さんはとても真面目な顔で言い放つ。
「一人で行ってか?何が起こるか分からないのに?確かに賢浄者ならそうすべきかも知れない。
だがな、お前はたった一人の人間の石英麗美だ。
だからな…少しは周りを頼れ!自分だけで出来ると思い上がるな!
みんなお前が居なくなったら泣くぞ?」
確かにその通り…今の石英麗美はただ一人の人間として自分で道を作る事にした、何も持たない人…
「…直接物理を与えたりレーザーで特殊な光を当てない検査であれば、
問題無く検査ぐらいは出来ると思います。
現状私はこんな状態ですし、確かに今は危険要素が多すぎます…なので、
ワガママかもしれませんが、療養期間と、学校の授業参加数を貰えませんか?」
私がそう言うと、修也さんは笑顔で嬉しそうに答えた。
「そうそう、そういうワガママに付き合いたかったんだよね。
それじゃあ責任を持って、エニシングで検査と調査をしてみるけど、
石英の本で使ってない本とかあるなら借りさせて貰っても良いか?
確かに俺たちだと理解は出来ても分かりはしないだろうが…理解が出来るなら、
少しは何かが分かるはずだ。」
すると修也さんは腰を上げ、立ち上がる。
「とりあえずだ、俺はエニシングにこの件を話をして調査と検査を行ってみる。
だからまぁもう帰るが何か聞きたいことはあるか?」
私が聞きたい事…
「あの、私を助けたのってもしかして…」
修也さんは答えた。
「ようやく気づいたか、お前が付けられたドロドロとかいうのを取り除いたのは優秘ちゃんだ。
だが、オーバーロードしたお前の賢浄者の効能は、回復の為に逆にお前から体力を奪っていた。
そこに気づいたのは、あの材架の一人息子だからな。アイツにも感謝しておけよ?」
そう言い残して、修也は病室から出て行った。
「…そう、材架さんと優秘が…」
その時私は、私の望んだ選択が間違っていなかったと、
私の刻んできた全ての想いと全ての人に、感謝した。




