9話
「ママー、ヤナ酒3つー!」
「ごめ~んアイリスちゃん。今手が離せないから棚に入ってるのをお出しして~」
「わかったっ!」
私は急いでカウンターに走って棚からヤナ酒とグラスを取り出してお盆に乗せる。
二階は宿になっているうちの店は、一階は食堂と居酒屋の役目を果たしているから、夕方になるとお客さんでいっぱいになる。
ママの作る食事は凄く美味しくて評判がいいし、最近はようやく私もお客さんに出せるくらい料理が上達した。
けど、まだママみたいに手際よく作れないから、お客さんが多い時は食事を作るのはママに任せっきりになっちゃう。
私は追加注文を対応するだけでも手一杯なのに、ママは料理を料理の合間に注文を受けたりもしている。
私もいつかママみたいになれたらいいな。
「アイリスちゃーん。ヤナ酒3つまだかーい?」
「いっ今いきまーす!」
考え事してる場合じゃなかった。
急いでお酒をお客さんにもっていく。
「ヤナ酒3つお待たせしましたー!」
お盆に乗せていたお酒とグラスをテーブルに置く。
「アイリスちゃん大きくなったねーー、特に胸なんか日に日に大きくなってないかい?」
「なっ!変なとこ見ないでよ!パパに言いつけるわよ!」
体温が上がって顔が熱くなるのを感じる。
これだから男の人は嫌いなのよ、えっちだしお酒に酔うとうるさいし。
これがお客さんじゃなかったら間違いなく平手打ちね。
「おい、看板娘のアイリスちゃんにセクハラしていいのは俺だけだぜ!なぁアイリスちゃん?」
セクハラ発言が聞こえてたのか、隣のテーブルのお客さんが大声で話しかけてきた。
「なんでそうなるのよ!ダメに決まってるでしょ!」
「冷たいなぁアイリスちゃんは、あっヤナ酒こっちにも追加で!」
「そんなこと言う人の注文なんて知らないわよ、ふんっ!」
こんなことはいつものことだけど、たまにはお灸をすえてあげないと調子に乗るから、私はそっぽを向いた。
「そんなぁーアイリスちゃん謝るから頼むよーその胸のように心も大きく成長しなきゃ」
「~~!もう許さないんだから!」
「あははは!アイリスちゃんが怒ったって可愛いだけだぜ!」
「確かにうちの娘は怒ったところも可愛いな」
「……」
ふと店内が静まりかえった。
さっきまで私を笑っていたお客さんが青い顔をして固まっている。
いつの間にそこに立ったのか、お客さんの後ろにはパパがたっていた。
私は勝ち誇った気持ちでその光景を眺める。
「それで、可愛いうちの娘にセクハラしていいのは誰だって?」
パパはそう言って大きな手でお客さんの肩を掴んだ。
「いやぁガルディさんお早いお帰りで……インビジブルストーカーを狩りに行ってたんじゃなかったでした?」
大量の汗を流したしたお客さんと不気味に微笑むパパを見て、同席していた他のお客さんが、急いで料理の入ったお皿とお酒を持ってその場を離れる。
「狩りに行ったぞ?さっき帰ってきたとこだ。もっと時間がかかるとでも思ってたんか?」
「あはは……さすがはガルディさん。インビジブルストーカーみたいな見つけにく魔物をこの短時間で狩ってくるなんて」
お客さんは口では称賛しているけど、顔はそう言ってないように見える。
「そう褒めるなよ。そうだな褒めてくれた礼にちょっとした技を見せてやっからちょっと表に出ようか」
「いやぁ俺なんかに見せるなんてもったいないですって」
「遠慮すんなってほら行くぞ」
パパはお客さんの襟首を掴んで持ち上げ運んでいく。
「まっまってくれガルディさん!だっだれかー!」
お客さんが助けを求めてるけど、みんな目を逸らして見ないようにしている。
もちろん私も助けるつもりはない。
お客さんは手足を使ってなんとか引き剥がそうとしてるけど、パパは動じた様子もなく、表にお客さんを連れていってしまった。
「ぎゃあぁぁぁ!」
表から絶叫が店内まで聞こえてくる。
どうなったかは知らないけど私を辱しめたんだから当然の報いね。
「アイリスちゃん。さっきは悪かったお父さんには黙っておいてください」
恥ずかしかった気分もなくなってすっきりとした気分でいると、近くにいたお客さんから声をかけられた。
そう言えば最初にえっちなことを言ってきたのはこの人だった。
たぶん常連の人なんだけど顔は覚えていても名前までは知らない。
気分はもうすっきりしてるし許してあげてもいいけど、せっかくだから売り上げに貢献してもらおうかな。
「パパに内緒にしてあげる代わりに今日は沢山注文してくれるよね?」
「もっもちろんだよ!」
ほっとしたのか深い息を吐くと沢山の注文もしてくるお客さん、私は笑顔でそれを受けとり軽い足取りでママに伝えに行った。
そんなこともあって少し騒がしかった店内も、日がくれて夜が暗闇が街を包むとお客さんは減り始めて、宿泊客はお部屋に入っていく。
「アイリスちゃん、お客さん落ち着いてきたから今日はもう休んでいいわ」
「いいの?ならナーレの様子見てくるね」
お客さんは減ってきたけど、まだそれなりに残ってる。
いつもならまだ手伝うんだけど、今日は妹のナーレが体調を崩してるから様子が気になる。
「待ってアイリス、お粥作っておいたからついでに持っていってあげて?」
「うん、わかった。じゃあこれもっていくね」
お粥の乗ったお盆を持って、溢さないように階段をゆっくり上がる。
二階に上がると廊下が続いているのが見える。
廊下の右側に扉がいくつもあってそこはお客さんの部屋だから止まらず三階に上がる。
三階に上がるとすぐに扉が見えた。
これを開けた先がママとパパとナーレと私が住む部屋、私は扉を開けて中に入る。
パパがいないか見渡したけど見当たらない。
自分の部屋にいるのかな、そんなことを考えながらリビングを通る。
リビングを通って一番奥に見える扉の先が私とナーレが住む部屋で左にある扉がママとパパの部屋。
私は奥の扉を開けて部屋に足を踏み入れた。
「パパ?」
部屋に入るとナーレのベットの横に椅子を置いて座っているパパがいた。
パパもナーレが心配だったみたい。
ナーレはベットで上半身だけ起こしていた。
今朝より顔色が良さそうに見える。
たいしたことなくてよかった。
「お姉ちゃん聞いてよパパが私を子供扱いするのっ」
可愛く私に不満をぶつけてくるナーレ、オレンジ色の肩まで伸びていていた髪を、両サイドでリボンで結んだツインテールが、10歳という年齢より幼さを醸し出してる。
こんなことを言うと、子供扱いされるのが嫌いなナーレのご機嫌を損ねちゃうから言わないけど、パパは14になった私でも子供扱いするし、いつものようにナーレのご機嫌を損ねたみたいね。
「何言ってるんだナーレ、アイリスもナーレもどれだけ月日が経とうが俺の可愛い子供だ。がはははっ!」
パパはナーレの抗議なんて気にもとめてない。
短い顎髭を擦りながら豪快に笑うだけ、パパはいつでもパパだ。
「もうパパ、ナーレは体調を崩してるんだからあんまり興奮させないでよ。ママに怒られるよ?」
「おっと、それもそうだな悪いことをした。顔色がよくなっているようだから嬉しくてついな、すまん」
豪快に笑うパパだったけどナーレの体調が悪かったのを思い出したのね。
申し訳なさそうな顔をして、大きな身体を小さくして反省してる。