5話
「嫌がらせって俺達はただ違約金の催促に来ているだけなんだけどなぁ?早く払わないと奴隷堕ちしちゃうよって親切に教えてあげてるんじゃねぇかよ、あははははは」
「うっ!何が違約金よ!そんな金額パパが承諾なんてするはずない!何かの間違いだって言ってるでしょ!」
まだ言い争いは聞こえるが、状況はいまいちわからない。
人混みを掻き分け前列に行くと、女の子が宿屋に見える店の入り口の前に立ち、少し離れたところに5人の男達が、その女の子を囲むようにして立っていた。
男達の腰を見ると、魔導銃がさげられている。
つまり、あの5人は魔銃士ってことか、女の子が悪さしたって感じには見えないが、もう少し観察してみるしかないな。
「お前はそう言うが、契約書に署名までしっかりしてるって言ってるだろ?どう言い訳したところで無駄なのがわかんねぇのか?」
男は何やら胸元から紙を取り出して女の子の前にかざしていた。
「パパが、パパがそんなことするはずない!貴方達がパパを騙したんでしょ!」
余程思うところがあるのか、女の子は拳を握りしめ目には涙が浮かんでいた。
「騙すだなんて人聞きがわりぃなぁ、俺達は依頼に失敗したお前のダメな親父の尻拭いをしてやったも同然なんだぜ?」
「……!パパを……パパをバカにするなんて許さない……!」
女の子がそう言った途端、その体から魔力が溢れ出し、それが体の形に合わせて、全身を薄く包んだ。
(あれは魔装術式……まだ荒さは残るけど、発動時間も短いし実戦にも問題ないレベルだな……だけどあれじゃダメだ)
なんとなく見えてしまった先の結果に、俺はどうしようか頭を悩ませる。
見たところ、女の子が武器をもっているようには見えない。
仮にあの魔装術式が全力なら、間違いなく彼女に勝ち目はない。
俺の嫌な未来予想図を余所に、女の子は男達に突撃して行く。
「はぁぁぁっ!」
女の子は、瞬く間に一番前で話していた男に接近し拳を突きだす。
鋭い突きが男の脇腹にその拳が当たる瞬間、破裂音のような音が響き渡った。
一見すると、女の子の拳は見事に男をとらえたように見える。
確かに、その見た目通り拳は間違いなく男の脇腹にきまっていた。
だが、その攻撃に肉体的ダメージがあったかと問われたらそれは否だろう。
「おいおい、嬢ちゃん。街を守っている俺達に手を出すことがどういうことか、わかってないわけじゃないよな?」
殴られた男は何事もなかったかのようにそう呟くと、口角を上げて嫌な笑みを浮かべた。
「うるさい!誰が相手だってパパを馬鹿にする奴は許さないんだから!はっ!」
女の子は負けじと蹴りを男の顔面へ繰り出す。
だが、男もさすがにじっとしてはいなかった。
コを描いて向かって来る鋭い蹴りを、簡単に足首を掴んで止めてしまう。
それを見ていた別の男が、女の子の背後に回り込んで、脇から手を通し羽交い締めにする。
「いっいや、離してよ!」
女の子は必死にそれを振り払おうとするが、微動だにしない。
「おいたが過ぎるお嬢ちゃんにはお仕置きが必要だな」
男は急にどすのきいた声を出すと、足首を持っていない手で腰にかけてあった魔導銃を抜き、女の子の顔面に向けた。
「待てルデイ、顔は不味い射つなら腹にしろ」
羽交い締めにしていた男が、少し焦ったような声で注意する。
「わりぃわりぃそうだったな、顔を傷つけたら後でどうなるかわかったもんじゃないからな」
「余計なことは口にするな、やるならさっさとやれ」
「わぁったってそう怒るなよ、待たせて悪かったなお嬢ちゃん、お仕置きの時間だ。すこーし痛いかもしれないが安心しな殺しはしない」
男は舌舐めずりをすると、女の子の脇腹に銃をピタリとあわせた。
「ひっ!いやっ……!」
さっきまでは怒りに任せて動いていたんだろう。
急に冷静になって状況を把握したのか、女の子は目に見えてわかるくらい震えだした。
「あはははは!随分可愛い声で鳴くじゃねぇかよ!さっきまでの威勢はどうした?んっ?パパを馬鹿にする奴は許さないんじゃなかったのか?ほらもっかい言ってみろよ」
銃をぐりぐりと脇腹に押し付けながら、高笑いを上げる男。
悔しいのか、それとも怖いのか、女の子は言い返す余裕もなさそうに嗚咽を漏らしながら、ぼろぼろと涙を流してそれが頬を伝う。
「もっといい声で鳴かせてやるからなお嬢ちゃん?我が求むは貫く氷河、銀氷氷柱」
男は銃に魔術を記憶させる。
後は魔力を込めて引き金を引けば魔術は発動する。
「いくぞ?可愛く鳴いてみせろ」
男が引き金に指をかけた。
野次馬の奴らは誰も助けに入らない。
銃声を待っているかのように静寂が辺りを包み、誰かが息を飲んだ音が聞こえた。
バンッ!
破裂音が辺りに響いた。
「ぐふっ!」
銃を持った男と体が真横に吹き飛ぶ、俺の蹴りが脇腹をとらえていた。
「それくらいにしておけよ、見ているにしたってこっちにも我慢の限界がある。どちらに非があるのかは知らない。だけど、それは誰が見たってやり過ぎだ」
俺に蹴られてのたうち回る男を横目に、羽交い締めにしている男に視線を移し睨み付ける。
「だっ誰だお前!何したのかわかってんだろうな」
睨まれて少し怯んだようだが、俺を取り囲んだ自分の仲間を見て、威勢よく睨み返してきた。
そんな中、女の子は涙でぐちゃぐちゃになった顔でこちらを驚いたように見ている。
よく見れば随分可愛い女の子だ。
年齢は16くらいか、瞳は大きくまつ毛は程好く長い。
顎のラインもシャープで、だけど痩せ過ぎてるわけでもない。
印象としては少し幼さが残る顔立ちか。
水色の髪が目に少しかかって邪魔そうだが、女の子は髪を大事にするって言うしこんなもんなんだろう。
後ろ髪は腰まで伸びている。
頭の左側にはオシャレなのかリボンをつけていた。
(こんな美少女がどこで魔装術式を……)
とても戦いに行くような感じには見えない。
いいとこのお嬢様って言われたら迷わず納得するレベルだ。
さっきの戦いを見ると、実践経験が豊富ってわけでもなさそうだったし、誰かに教わる機会でもあったんだろうか、花嫁修行でもしてたほうが似合ってると思うが、人にはそれぞれやりたいことがあるんだ。
俺がとやかく言うことじゃないしこの際それはどうでもいい。
「おい、お前いきなり乱入してきて何黙ってやがる!なんとか言いやがれ!」
「あぁ、悪い考え事してた。何をしたのかわかってるかだっけか?わかってるよもちろん。武器も持たない女の子をいたぶろうとしていたクズを蹴り飛ばしただけだろ?」
「言ってくるな……けっ、よく見りゃお前見ない顔だなよそ者か、だったら知らないのも無理はないな」
「なんの話しだ?」
「俺達はな、この街を守るために雇われている傭兵なんだよ、俺達がいなきゃこの街は今頃魔物で溢れかえってるぜ」
「それがどうした?」
街を守るためにわざわざ傭兵を雇っているのか?
この街の冒険者や兵士は何をしてるんだいったい。
「俺達を雇っているのは領主様だ。つまり俺達はこの街の衛兵に等しい、そんな俺達に手を出していいと思ってるのか?」
それを聞いた美少女が、悔しそうに顔を歪ませる。
「成る程、なんで領主がお前らみたいな傭兵を雇って好きにやらせているのかは知らないが、理解はした」
「なら話しははえぇ、金目の物を置いて土下座して謝るなら許してやるよ」
「まるで盗賊だな、傭兵が聞いて呆れる」
「黙れ!いいからささっと土下座しやがれ!」
思った通りろくなことじゃなかったな。
あんまり荒事にはしたくはないんだけど、こんな奴らに土下座なんてへどがでるし、それも俺だけならまだ我慢できたんだが、俺が謝ったところであの子は無事じゃ済まないだろ。
仕方ない覚悟を決めるか。
「お前らの言いたいことはよくわかった」
「よしならさっさとそこに這いつくばってどげっ」
男が言い終わるのを待たず俺は口を開く。
「わかったが、そのうえで言ってやる。その子を離せ」
「なっ!?なにふざけたこと言ってやがる!この状況が見てわかんないのか!」
俺を取り囲んだ男の仲間が、一斉に銃を抜いて銃口を向けてきた。
「状況?お前らこそわかってないみたいだな、俺はその子を離せって言ったんだ。出来ないなら全員まとめて痛い思いをすることになる」
「そんなに死にたいか、だったらやってやるよ……やれ!」
俺以外の全員が思い思いに術式を銃に込め始める。
俺はその隙に術式魔装を身体に纏い、魔力を足に集中させる。
「射ててぇ!」
前の男の掛け声と共に、一斉に銃声が鳴り響く。
俺は限界まで足に集中させていた魔力を維持したまま、羽交い締めにしている男目掛けて水平に跳躍する。
男の銃弾が目の前に迫るが、頭を下げることでそれを最小限の動きで避ける。
背中から、銃弾同時がぶつかり魔術が相殺される音が聞こえる。
俺は、男の目の前まで迫ると瞬時に魔力を拳へと移動させる。
「さっさとその子を離せ!」
左の拳が男の右頬をとらえ、顔面にめり込む感触が腕に伝わる。
それと同時に、美少女が後方へ引きずられないように、右手て引き寄せ抱き止める。




