48話
「うむ、契約は成立したようだ」
ナギールは、満足げな顔で頷くと、握手を求めるように、手を差し出してきた。
俺は、無言で差し出された手を握り握手に答える。
「討伐にはいつ頃向かう予定かね?」
その問いかけと同時に手を離す。
なぜだろうか、なんてことはないように思える問いに違和感を感じる。
ナギールの表情におかしな点は見当たらない。少し迷い思考しながらも、違和感の正体がわからない。
もやもやとした嫌な感じがするが、このまま黙っているわけにもいかないな。
「依頼書を見た限りじゃ遠いわけでもないようだからな、出来るなら今すぐにでも終わらせたいんだが」
依頼にはこれといって期間は設けられていなかったが、ナギールの話しからして、急を要するのは間違いないだろう。
それでも、期間を設けなかったのは、こちらに着いて間もない俺を考慮してくれた結果なのかもしれない。
もし、そうなら気持ちはありがたいが、これいってこの後に予定があるわけでもないし、予定がないうちに依頼は早く終わらせてしまうに越したことはない。
それに、衛兵が同行するなら、土地勘もあるだろうし、群れでいるなら発見も難しくはないだろう。戦闘を考慮しても、そこまで時間はかからないと思える。
「私としてはありがたいが、大丈夫かね?」
こっちの考えをよそに、ナギールはこちらを気遣うように見ていた。
ナギールからしてみれば、俺がどの程度戦えるのか、自分の目で見ていないぶん不安もあるだろう。
慢心してるわけではないが、もし、知っていたなら、この程度の討伐依頼に衛兵を三人も寄越すようなことはなかったに違いない。
「問題ない。知りたいことはもう聞けたからな」
アイリスのことも、師匠のことも、必要なことは聞けたはずだ。
こう言ってしまったらなんだが、この依頼がなければ、ここにもう用はない。
今俺がやるべきことは、この依頼を早急に終わらせて、アイリスの主人になるだろう人物が現れるのを待つことたけだ。
「うむ、ならば衛兵を街の入り口に待機させておこう。ドナス」
ナギールがドナスに呼び掛けると、胸に手をおいたドナスが、もとあった自分の肩の位置まで頭を下げた。
「はい、すぐに三人を向かわせます。では皆様、急ぎますので私はこれで失礼致します」
ドナスは、急ぐと言いながらもゆったりとした足取りで、扉の前まで辿り着くと、こちらを振り替えって深くお辞儀をする。
そのまま最後までゆったりとした動作で、部屋を出ていった。
「これでこちらの方は問題ないだろう。さて、討伐に向かう前に蓮君、君に貸し渡しておきたい物がある」
そう言ってナギールは何もない空間に手を伸ばした。
すると、そこから突然ホルスターに入った魔導銃が現れ、その手に握られていた。
「魔導銃か……」
「うむ、魔導銃を持っていないと聞いたのでな。使っていない物が1つあったのを思い出して用意させた」
確かに俺は魔導銃を持っていない。けれどそれはちゃんとした理由がある。
俺がなぜ時代遅れの刀を愛用してるのか、それを知るよしもないナギールは、親切のつもりなんだろう。
それだけに、俺はそれを複雑な気持ちで見るしかなかった。断ってしまうのは簡単だが、断る理由を考えるのも面倒だ。
持っていったからといってたいした荷物になるわけでもないし、大人しく好意に甘える素振りをするのがいいかもしれない。
ナギールは、俺のそんな懸念をよそに、何ら疑う様子もなく魔導銃を差し出してきた。
「……大事に使わせてもらう」
「うむ。なに、壊したからと言って弁償しろだなのとは言わないから安心したまえ」
「ああ、それなら安心だな」
複雑な心境が顔にでていたのか、勘違いしたナギールが、検討違いな心配をしてきた。
本当の理由を話したくはないからな、誤解してくれるならむしろありがたい。
それにしても、高価な魔導銃を保証もなしに貸し出すなんて、契約があるにしたって不注意過ぎないだろうか、いつか誰かに騙されそうだ。
俺は、ホルスターを腰に装着し、銃をぶら下げる形になった。刀と違って慣れてないから違和感があるが、特に動きに支障もなさそうだし、大丈夫だろう。
「衛兵を待たせたら悪いからな、それじゃ俺達も行くか」
用件が一段落ついたところで、アイリスを見てそう言うと、うつ向き気味で暗い顔をしていたアイリスが、なぜか驚いたように顔を上げ見返してきた。
「俺達って、私のことよね?ねっ?」
やけに嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか、どうでもいいが顔が近い。
「ん?ああ、アイリスが着いてくるって言ったんだろ。他に誰がいるんだ。それよりも落ち着け近いぞ」
「そっそうよね……」
アイリスは、ハッとしたように後ろに下がると、なぜか目をそらした。
頬が少し赤みを帯びている気もするが、いったいなんなんだ。
まぁずっと落ち込んでいられるよりはいいか、それよりも気になるのは、ふと視界に入ったイザベラの様子だった。
イザベラは、意味深な笑みを浮かべて手を振っていた。
「蓮ちゃんアイリスちゃんをお願いね」
「ああ……」
アイリスを守ってやってくれという意味なはずだが、なんとなく違う意味に聞こえたのはなぜだろうか。
「アイリスは気をつけて行ってくるのよ?それと頑張りなさい」
そう言うとイザベラは、アイリスに向けてウインクして見せた。
すると、アイリスの顔が目に見えて真っ赤に染まり、慌てたようにうつ向き気味で俺の手を抱えるようにして引っ張る。
「いっ行くわよ蓮!」
「おっおい!」
そのままの勢いで扉を開けたアイリスが、俺を引っ張って部屋から出ようとする。
「ちゃんと歩きなさいよっ」
「ちゃんと歩いてほしいなら腕を抱えて引っ張るのをやめろ!」
引っ張られているだけならまだよかったが、抱えられると柔らかいやらなんやらでいろいろ危うい。そう思ったのもあって、俺が指摘した瞬間だった。
「えっ?……きゃ、ごめんっ!」
無意識でやっていたんだろう。自分でやっていたことなのに、指摘されたことで状況に気づいて驚いたのか、引っ張った勢いそのままに腕から手を離された。
「んっ!」
当然ながら、急に腕を離されバランスを崩した俺は、このままだと顔面を地面に強打すると思い。
受け身をとって転がるようにして扉を出た。
バタンッ
扉が閉まる音が虚しく聞こえた。まさかこんな退出の仕方になるなんて、予想外にもほどがある。
「離すのはいいが、急に手を離すな」
「だって、ううん、ごめんっ……」
相変わらず真っ赤な顔になっているアイリスが、何かいいかけたようだが、特に気にもならかった俺は、あえて聞き返すようなことはせず、ため息混じりにゆっくりと立ち上がった。
「まぁいい、ともかくここを出るぞ。1度宿に戻って取ってきたい物もあるしな」
「取ってきたい物?」
アイリスは、不思議そうに首をかしげた。
魔導銃は手元にあり、普通なら必要な物はないように見えているんだろうが、討伐に行くからには刀は必要不可欠だ。
「討伐に行くからな。いろいろ必要なんだ」
刀を持っていくなどと言えば、なぜと疑問に思うに違いない。適当に話しを誤魔化す。
「そっか、じゃあ私も何か持っていった方がいい物とかある?」
適当に誤魔化しただけなんだが、そうやって純粋に質問されると困る。
実際には、長期における討伐なら必要な物は出てくるが、早期に済ませられる討伐なら食料なども必要なく、持っていくものはこれといってない。
むしろ、早期に済ませられる討伐に、無駄にあれこれ持っていくと、移動速度が落ちることもありえるし、重量によって余計な疲労にしかならない。
なるべく荷物は最小限にして、いつでも戦闘出来るように身軽な格好が好ましい。
そうでなくても、今回アイリスを戦力として見てはいない。本人に言えば落ち込むだろうからわざわざ言ったりはしないが、それも含めて必要な物はこれといってない。




