44話
「蓮、ナギール様にはお世話になってるから、私からもお願い。私も手伝うし……だめ?」
屋敷に住まわせてもらっているのは、本当のようだし、アイリスが恩義を感じるのも無理はない。
アイリスのためにも、やってやらなくもないと思う。
「討伐じたいの問題はない。だけどな、悪いが手伝いは必要ない。一人の方が何かと動きやすいからな」
正直、アイリスではまだ実力不足に思えた。それに、人目があったんじゃ、好きに刀を振ることもできない。
刀を必要とする魔物なのかはまだ知らないが、この機会に刀を振っておきたい気持ちもある。
出来ることなら、単独行動が好ましい。
「うっ……そんなはっきり言わなくてもいいじゃない……こうなったら絶対私もついて行くんだからね!」
「おい、なんでそうなる。人の話しを聞いてなかったのか?」
「うるさい!うるさい!私が行くって言ったら行くのよ!」
「なんだその無茶苦茶な理論は……」
これは、どうあっても着いてきそうだな。せっかく好きに刀を振れると思ったんだが、それも、言っちゃなんだが、足手まといを連れて行くとなると、俺の負担が大きくなるんだがな。
だいたい、魔物の討伐を甘く見ているんじゃないだろうか、どんなに弱い魔物であろうと、命のやり取りをするからには、常に危険と隣り合わせということを忘れちゃならない。それに2つ気になることがあった。
「イザベラはそれでいいのか?それに、アイリスは魔物を討伐したことがあるのか?」
「そうね。アイリスちゃんがそんな危険な場所に行くのは許可できない。だけど、アイリスは言い出したら聞かないから、蓮ちゃんが守ってあげて?」
「それでいいのか……はぁ……ならアイリス、魔物の討伐経験は?」
「そんなのあるわけないでしょ?」
頭大丈夫って言いたそうにこっちを見るな。それは俺が今感じてる思いだ。
「自信満々に答えることじゃないだろ。まったく、なら条件がある。これだけは絶対に譲れない」
「条件って何よ?」
「一つは、依頼遂行中の間、俺の指示には無条件で従ってもらう。否は認めない」
素人の勝手な判断で動かれたら、俺だけじゃなくアイリス自身の危険にも繋がる。
これが承諾できないようなら、縛り付けてでもついては来させない。
「それは当然よね。わかった。蓮の指示には絶対に従う。これでいいの?」
「いや、まだ条件はある。討伐対象が俺の守れる許容を越えていた場合は、大人しくここで待っていてもらう」
「うっ……わかったわよ……」
わがままを言うかと思ったが、さすがにそこまで無理は言えないと思ったのか、やけにあっさり引き下がったな。
「それなら問題ない。ナギール、討伐場所と討伐対象を教えてくれ」
「ちょっと待ちたまえ、話しを聞いていたら二人で行くようなことになっているようだが、衛兵を三人程蓮君の手伝いとして付けさせてもらう」
「どういうことだ?割ける人材がないから俺に依頼したんじゃなかったのか?」
「うむ、蓮君の言う通り、出来れば割きたくはない。しかし、それなりの数がいるようでな。それを蓮君だけに任せるのは、領主として無責任というものだ」
ナギールの口ぶりからして、俺のサポート役のようだが、アイリスのように素人というわけでもないだろうし、もしもの時のアイリスの護衛にもなるか。
「……わかった。それで何を討伐してくればいいんだ?数が多いってことは、どれか一種ってこともないんだろうが」
「それなんだが、討伐対象は一種のみだ」
「一種のみか……珍しいな。どの程度の規模なんだ?」
魔物は、基本的に群れをなすことは少ない。同じ種族であっても、五体も一緒にいたら珍しいと言える。
例外として群れを好む種もいるが、この地域には生息していなかったはずた。
「うむ。実を言えば、衛兵から話しを聞いた時は、自分の耳を疑ったのだが、アユティが30以上の群れを作っているようなんだ」
「30以上の群れだと?」
それは耳を疑うのもわかる。30以上の群れなんて異常だ。何らかの原因があるとしか思えない。
魔物がそれだけの群れを作ることが、過去の歴史上ないわけじゃないが、 それは魔王がいた時代のことだ。
現代で、それだけの規模が群れを作ったなんて、見たことも聞いたこともない。
アユティと言えば、他の魔物に比べれば、群れを作りやすい種ではあるが、それでもこの規模はありえない。
「信じられないのもわかるが、三度にわたってそれぞれ違う人間に確認させているのだ。間違いとは考えにくい」
「そうか……それだけの規模になった原因はわかっているのか?」
「いや、三度目の確認を済ませたのが昨日でな、まだ原因の調査にまでは至っていない」
「発見されたのは数日前ってことか……」
よくよく考えてみれば、原因の調査が出来ているような状態なら、俺に頼むまでもなく討伐は終わっているはずだった。
そんな規模の魔物の群れを長く討伐せずに、放置するとは考えにくい。
「どうかね?頼まれてくれるか?」
「……大丈夫だ。問題ない」
魔物の規模は想定以上ではあるが、アユティはそれほど強い魔物ではない。
五級に相当するランクだったはずだ。数字が小さくなるほどに危険度は高くなるが、五級は最低ランクの魔物だ。
30程度なら刀を使わなくても俺一人でも充分だ。アイリスに関しても、衛兵がつくならそれほど危険はないだろう。
「そうか!頼まれてくれるか!」
歓喜したのか、両手を大きく広げたナギールの腕の中に納められてしまった。
「おっおい」
おっさんに抱き締められる趣味はないんだが、拒否するわけにもいかない。
こうなると、されるがままにされるしかない。
どれだけ続くんだと思ったが、すぐにナギールは、俺から離れるようにして解放してくれた。
「蓮君が引き受けてくれてなによりだ。さっそくで悪いが、詳しい依頼の擦り合わせをしてもいいかね?」
「んっ?今回に限っては、俺はタダのつもりで話しをしていたんだが?」
師匠の情報も提供してくれたのもあるが、失礼な態度をとった詫びの意味もある。
依頼というよりは、ナギール個人からの頼みとしてやるつもりなんだがな。
「そういうわけにはいかん。危険に比例した報酬は支払わせてもらう。タダ働きなどさせたら、私の立場がないのでな」
「わかった。そういうことなら貰っておく」
無理にでも断ることはできただろうが、ナギールの立場を尊重するなら、断らない方がいいだろう。
「そうしてもらえると助かるよ。さて、依頼の詳しい内容だが……アユティの30以上の群れの討伐、これに問題はないかね?」
「ああ、問題ない」
「うむ。それと衛兵を三人程補佐として同行させるが、これも異論などはないかね?」
「ないな。むしろ負担が減って助かるくらいだ」
「それならば、この依頼による金額の話しに移るが、衛兵を同行させる分は、勝手ながら差し引かせてもらうが良いかね?」
「元々タダでやるつもりだったからな。その辺は好きに決めてくれて構わない」
「うむ。では同行させた衛兵から話しを聞き、蓮君の仕事ぶり次第で、報酬は決めさせてもらうことにしようと思うが不満などはないかね?」
「いや、合理的でいい条件だ」
「よし、ならばこれで決まりでよいな。すぐに依頼書を作成させよう」
そう言うと、ドナスは近くの小さい四角いテーブルに、置いてあった呼び鈴を手にもった。




