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ゼロのアムニション  作者: ななし
41/48

41話

「イザベラの言いたいことは理解した。しかしながら、この場においては、私が良いと言っているのだから、気にすることなどない」



この場の事象だけを見れば、ナギールの言い分もわからなくはない。けれど、イザベラは可能性としての話で、俺達の言動が如何に軽率かを言っている。

もはや、気にしているかどうかだけの問題ではなかった。

当然、イザベラがそれで首を縦に振るわけもない。



「ナギール様の言葉でも、それは聞くわけにはいかないんです。でも、今はナギール様の時間をこれ以上無駄にもできません。なので、アイリスちゃんとナーレちゃんは、後でお説教です。わかりましたか?」



「「はい……」」



アイリスもナーレも、しょんぼりとした顔をして、同時に返事をすると、下を向いてしまった。

ナギールは、それを見てまだ何か言いたそうだったが、諦めたのか、結局これに関して口を開くことはなかった。


二人が目に見えて落ち込む中、イザベラは俺へと視線を向けると、徐に頭を深く下げてきた。



「なんだか言いそびれてしまったけれど、本当は最初に言わないといけなかったのよね。アイリスちゃんを助けてくれてありがとう」



一瞬、イザベラがなんのことを言っているのかわからなかった。

だが、すぐに言わんとしていることを理解した。傭兵達からアイリスを助けたことを言っているんだろう。

なぜ、そのことを知っているのか、僅かな時間疑問に感じたが、見ている人間も多かったし、傭兵は領主が雇っているわけで、領主にそれが伝わっていないとは考えにくい。


推測だが、ナギールが話したか、あるいは何らかの形で噂を耳にしたかどちらかだろう。

俺は、首を左右に振って、イザベラの礼に否を示した。



「俺はあの時、奴等の言動が気に入らなかったから割って入ったに過ぎない。結果的に助けることにはなったが、礼を言われるようなことじゃない」



今でそアイリスの味方をしようとしているが、あの時の俺は、助けようという意識は薄かった。

人と必要以上に関わることを避けていたし、状況が違えば見捨てていたかもしれなかった。結局俺は、助けようとして助けられなかったら、また自分を弱さを知り、己自身を許せなくなって、何かが壊れてしまいそうで、目に見えない何かから、無意識に逃げていただけなのかもしれない。

だから、逃げていた俺には、アイリスにも言ったが、お礼を言われるような資格なんてのはない。



「それは違うんじゃないかしら?蓮ちゃんが何を思って行動したのかなんて、助けられ側にとってはどうでもいいことなのよ。ねっ?アイリスちゃん?」



突然話をふられたアイリスは、少し驚いたようだったが、すぐに、俺から恥ずかしそうに目を逸らしてしまう。



「……ママの言う通りよ。どんな理由だったとしても、私の嬉しかった気持ちは変わらないし、蓮に感謝してるわよ」



「……そうか」



俺自身何度も師匠に助けられたことがあるが、それがどんな理由だったとしても、感謝の気持ちは変わらないだろう。

俺が感謝されるようなことじゃないと思っていようが、感謝している側には関係がない。だから、言い方は悪いが、感謝している側は、勝手に感謝しているだけなんだ。

何も出来なくて無能だった俺が、他人に感謝されている。こんな光景を夢見たこともあったが。幼少期の俺なら嬉しくて舞い上がっていたかもしれない。

だが、今現実に起きてみると、それを素直に喜ぶには、いろんなことがありすぎた。純粋な透明ではなくなかった俺の心は、嬉しさよりも戸惑いの方が大きく感じていた。



「こんな状態じゃなかったら、お料理をふるまってあげたいくらいなんだけど」



イザベラは、本当に残念そうな表情を見せるが、その体では料理ができないのは仕方がない。それに、そこまでしてくれなくても感謝されているだけで充分だ。

結果的に助けたことになったというだけで、変に気を使われたらこっちが申し訳ない気持ちなる。



「気にしなくていい、気持ちだけ受け取っておく」



俺は、二人の真っ直ぐな感謝に、もやもやとした複雑な感情を抱きながらも、感情を現すことなく、平常心を心がけた。



「そのことに関してだが、私も発言していいかね?」



イザベラの説得に失敗してから黙っていたナギールが、突如発言の同意を求める。


微かな緊張が筋肉の強ばりと共に、全身に駆け巡る。

このことでナギールが発言を求めるということは、傭兵との争いに関してしか考えられない。

一部からは感謝されたが、ナギールにしてみれば、自分が雇っている傭兵と、街中で戦闘行為を行った張本人が目の前にいるに他ならない。

目的とは違うが、ここからが本題だ。身を引き締める思いで無言で頷いて見せ、ナギールの言葉を待つ。



「では、言わせてもらおうか、アイリスを助けてくれて感謝する。そして、私の不甲斐なさで招いた不祥事を許してほしい」



予期していなかった言葉に、用意しておいた言い訳が、全て脳内から吹き飛ぶ。

その間、ナギールは背中全体が確認出来るほど、深く深く、頭を下げていた。

そんな姿を見てかける言葉を失い。呆然と立ちつくす。


俺の貴族への知識が間違いでないのなら、貴族が平民に頭を下げるなどありえない。

例え自分に非があったとしても、平民相手にそれを認めるなんてこともしない。

そんなことをしたのが、他の貴族に知られれば、風当たりが悪くなるのはもちろん、下手をすれば、貴族の恥として糾弾され、貴族としての地位を失う可能性だってある。


現に、平民の味方をした貴族が、他の貴族によってその地位を失い。公開処刑されたという話も聞く。

それなのにも関わらず、ナギールのとった行動は、庶民的ではあったが、軽率すぎる。

仮に、信頼できる人間であったとしても、不用意に頭を下げるべきではない。

ましてや、俺みたいな素性もはっきりしていない人間にしていい行動じゃない。

どうしても謝罪がしたいのなら、施しという形で、金銭を渡すなりすれば良かったんだ。渡されたとしても、受け取りはしないが、それでも心意は充分に伝わる。



「ナギール、いいからすぐに頭を上げろ。自分の立場をわかってるのか?」



事が事なだけに、思わず厳しい口調になってしまう。

それでも、けして頭を上げようとはしない。

そんなナギールの行動に、当然、周りの人間も驚いて困っていると予測できていたが、仕方なく助けを求めるように周囲を見て驚愕した。

アイリス、ナーレ、イザベラ、誰を見ても驚いている様子はない。

それどころか、またかみたいな反応をしている。

この男は、普段からこんなことをしていたとでも言うのか。



「蓮君の言葉の意味は理解している。しかし、それでも私は頭を下げなければ気がすまないのだよ」



「わかった。わかったから頭を上げてくれ頼む」



そうお願いしてようやく、ナギールは重い頭をいつもの位置に戻してくれた。

まったくもって勘弁してほしい。ナギールとそれほど親しいわけではないとはいえ、俺のせいで公開処刑にでもなったら、後悔してもしきれない。


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