4話
「……ん……お……さん……お兄さん!」
「んっ……んっ?あぁ夢か」
俺は目を覚ますと周囲を軽く見渡した。
近くに運び屋のおじさんの顔が見えた。
馬車の揺れにしては身体が揺れてると思ったら、揺さぶられていたようだ。
俺は目を擦りながら上半身を起こした。
夢なんて久し振りに見たかもしれない、それも12年も前の夢を見るなんて……。
「夢ってお兄さん……こんな馬車の荷台でよく寝れるな。それに、この付近は魔物も多くて呑気に寝ていられないよ普通」
おじさんは呆れたような顔を見せると、溜め息をつきながら肩を落とした。
「そうなんですか?でもほら、護衛の方もいますし心配ないでしょ?それより着いたみたいですね」
住んでいた場所を離れ歩いて近くの街まで2日、それから必要な物を買い出し、宿を決めて聞き込みを済ませ、ここまで運んでくれる運び屋を探して交渉するのに3日、ようやく馬車の荷台に乗り込み14日、予定通りならそろそろ着いてもおかしくはない。
「着いたもなにも声をかけても起きないから、仕方なくそのまま壁門での調べも終えて、厩舎に馬車を止めたとこだ」
「やけに明かりが少ないのはそのせいですか、すみません寝起きは弱くて、これ迷惑料でもらってください」
俺はそう言って、両手の平くらいの大きさの袋から、銅貨を10枚取り出して、おじさんに差し出す。
それを見て驚いた顔はしたものの、機嫌よく受け取ってくれた。
「いいのか?これくらいのことで少し多い気もするが、まぁくれるって言うなら貰うがな」
「いいんですよ。危険な道を通るのを分かってて引き受けてくれたし、おじさんには感謝してるんです」
もし運び屋の誰も引き受けてくれなかったら、ここまで歩きでくる羽目になっただろうし、護衛のこともあり少し料金は高くついてしまったが、それでもこれくらい払っても悪い気はしなかった。
「そうか、んでこれからどうするんだ?俺達は物資の補給と少し休みたいから、帰るのにまた運んでほしいなら、2日3日滞在しているつもりだから、運んでやってもいいぞ」
「それはまだわからないですね。何もなければお願いするかもしれませんがいいですか?」
俺には一応ここに来た理由がある。
ここは小さい山の上に位置する人口2万人ほどの小さな街アウステル、石造りの町並みに眼下にはナルス渓谷を見下ろす。
綺麗な街として知られてはいるが、道中は鬱蒼とした森に囲まれ、魔物が多く生息しているため、ここに来る一般人や商人は少ないと聞いた。
だから、他種族との交流も少なく、ほとんどが人族らしい。
そのため安全とは言えず、周囲を城壁が囲い魔物の侵入を拒んでいる。
それで、こんな場所にわざわざ俺が来た理由だが、そこそこのお金と自分の魔導刀を残して、突然俺の前から姿を消した師匠を探すためだ。
どうして師匠がいなくなったのかはわからない。
わかっていることは、師匠がいなくなる日、アウステル領の家紋をつけた男が、師匠に手紙のようなものを渡して去っていき、それを見た師匠は、今まで見せたことのない動揺した顔をして、手を震わせていたということ、居なくなる理由があったとすればそれしか思い当たらない。
だから、わざわざ危険な道を通り遥々ここまでやってきたわけだ。
師匠が見つかればいなくなった理由を聞くつもりだし、理由によっては長居することになるかもしれない。
だから、どうするかはそれ次第になってしまう。
「それは全然構わないぞ、どちらにしても2日は滞在するつもりだしな。もし運んで欲しければ、踊る妖精って名前の宿に泊まる予定だから声をかけにきてくれ」
「わかりました。その時はお願いしにいきます」
俺がそう言いながら手を差し出して握手を求めると、おじさんは笑顔を見せ手を取り握ってきた。
手を離すと立ち上がり、俺に背を向け荷台から降りて行った。
「さて、俺も降りるか」
着ていた足下まで隠れるローブを脱ぎ、右側に立て掛けておいた鞘袋を手に取り、右肩と左脇から紐を通し、体の前で結んで固定する。
その上から脱いだローブを着て、面倒ごとを避けるために鞘袋を隠す。
魔導刀なんて代物はこの時代には骨董品だからな。
こんなものを堂々と晒していたらいい笑い者だ。
1つの魔術しか記憶出来ない時代遅れの魔導刀なんかより、状況に合わせて魔法を切り替えられる魔導銃の方が、飛距離もあり実用的だ。
時代は既に刀から銃へと移り変わった。
未だにこれを使っているのは、俺か師匠くらいだろうな。
「よっとっ!」
荷台から降りると、周囲を森に囲まれているためか、清みきった風が鼻をくすぐり、目の前には、きらびやかな街の風景が広がって……なんてことはなく、糞と馬の匂いが充満した厩舎の中だった。
「げっ!」
足下に目を向けると、黒々とした物体を踏みつけていることに気づいた。
(着いてそうそう馬糞を踏むってついてないな……)
靴はかなり悪くなってきてたし、この際だから買い換えるのもありかもしれないな。
気落ちした気分に言い訳して糞だけに踏ん切りをつけると、俺は厩舎を出たのだった。
ごめん、正直最後のは余計だったが、反省はしていない。
って誰に謝ってるだ俺は……。
「小さな街だから予想はしていたが、それにしても人通りが少ないな」
厩舎を出て街道に出ると、眩しい程の太陽の明かりに目を細めた。
額に手を置き日陰を作り辺りを見渡すが、小さな街とはいえ歩いてる人が少ないように見える。
それに、よく見れば通行人の顔に笑顔はなくやつれているようにも感じる。
考えすぎかもしれないが、街に行った経験がそれほど多いわけでもないし、たぶんここはこれが普通なんだろう。
街の人の雰囲気はともかく、太陽の光に照らされた石造りの町並みは思っていた以上に綺麗だ。
ふと、肉の焼けたいい匂いが漂ってきた。
目を向けると飲食店が見えた。
近くには防具屋と武器屋も見えたが、それより今は空腹が襲っている。
俺は頭を左右に振ってぐっと我慢する。
まずは飯より宿だ。
小さな街じゃ宿も少ないし満室なんてこともよくある。
外部からの出入りが少ないとはいえ、早めに見つけておくにこしたことはない。
その後に飯を済ませて、街を少し見て回ればいいだろう。
(そういや、おじさんが踊る妖精って宿に泊まるって言ってたな)
もし、すぐに帰るようなことになれば、声もかけやすいしそこに泊まるのもいいかもしれない。
場所がどこか探さないとか、まぁ小さな街だから歩いてればそのうち見つかるだろ。
宿が先とは思ったが、少しは町並みをゆっくり見る余裕もほしいし調度いい。
どうしても見つからなかったら聞いてみることにしよう。
特に何か買うわけでもなく、何度も人とすれ違いながら
、歩く速度に合わせて流れる街並みを、宿の看板を探しながら歩く、いつか目的もなくこんなふうに歩くのもいいかもしれない。
そんなふうに物思いにふけっていると、突然大きな声が耳に届いた。
「嫌がらせはやめてって言ってるでしょ!少しでいいから放っておいてよ!」
声の聞こえた先に、野次馬らしき人達が集まっている。
声の感じからしてろくなことじゃなさそうだが、行ってみるか。
そう思うと、歩く速度が自然と上がっていた