37話
「初めまして、私の名前はイザベラ・ベンブロークというの。アイリスのことはもう知ってるのよね?」
「え?あー、はい、知っています」
つい見とれそうになってしまったが、イザベラの言葉ですぐに我に返った。ベンブローク……やっぱりこの人はアイリスの母親か、アイリスから話を聞いていなければ、 この若い見た目じゃ、姉と勘違いしていたかもしれない。
アイリスの話の中には、姉の存在を示すような発言はなかったはず、妹と言うほど若くは見えないし、この女性が母親なのは間違いないだろう。
「それなら話しは早いわね。もう気づいてるとは思うけれど、アイリスの母親です」
俺の思考をよんだわけではないだろうが、イザベラは俺の推測に明確な答えをくれた。
それにしても、俺の気のせいかとも思ったが、アイリスの母親は笑顔を絶やしてはいないものの、とても健康そうには見えない。
ここに住ませてもらっているとは聞いていたが、病弱だとはしらなかった。
俺じゃなければ、今具合が悪いだけかもしれないという、希望的可能性を考えるかもしれないが、俺の目は見えてる体の一部からでも、正確にイザベラの筋肉の衰えをとらえていた。
脚は布団で隠れているが、俺の目は残酷にも、情報を俺の脳へ伝達してくる。
それによってわかってしまう事実は、少なくとも年単位でまともに体を動かしていないということと、この筋肉の衰えは、何かの支えなしでは立っていることさえ困難だということ、少なくとも三年以上前までは、一人で立てない状態じゃなかったはず、それらから推測するに、簡単に治るような病ではない。
あるいは、治らない病、最悪を推測するなら、死に至る病ということになる。
呪いという考えもなくはないが、呪い独特の重苦しい魔力は感じられない。
アイリスの様子からして、最悪の想定はないだろうが、けしていい状態とは言えない。
なぜ、そう聞きたくなるのをぐっと拳を握り堪えた。
何か治せるような方法があるのなら、既に試しているはずだ。
俺が聞いたところで、俺に治癒の魔術なんて練ることはできない。
悪戯に嫌なことを思い出させるだけなら、なんの意味もない。
「くっ!」
激しい頭痛が俺を襲い。耐えられず片手で頭を覆う。膝に痛みが走る。
気づけば膝をついてしまっていた。
「蓮!?」
驚いた声をあげながらも、真っ先に俺の体を支えてくれたのは、居づらそうにそっぽを向いていたアイリスだった。
「大丈夫かね!?」
「どうしたの!?」
それと時をほぼ同じくして、イザベラとナギールが驚いた声をあげる。
「蓮、急にどうしたのよ?」
アイリスは、落ち着いて話そうと頑張っているようだが、言葉には焦りが混じっているようだった。
「ぐっ!はぁはぁ……大丈夫だ……なんでもない」
俺は、聞かれたくないことを聞かれた子供のように、逃げるように言葉でアイリスを突き放す。
その間、俺の額からは嫌な汗が沸き出てくる。
「なんでもないって、そんなわけないでしょ!?」
そんな俺の態度に怒ったのか、半泣きで怒鳴るように声をあげて、覗きこんで俺を睨む。
それでも俺は、答えるわけにはいかなかった。いや、答えたくなかった。
それに、なんでもないと意宇のは、嘘というわけでもない。実際に体に異常があるわけではないからだ。
問題は俺の精神的な部分、原因はわかっている。よりにもよって、周りにこれだけ人がいる時に起こるなんて最悪だ。
死を連想したことと、自分ではどうすることもできないという事実、それが俺の償うことの出来ない過去を呼び起こさせただけだ。
普段は、自分でも気づかないうちに記憶に蓋をしてる。
だけど、何かの拍子に記憶が呼び起こされると、それに伴って激しい頭痛に襲われる。
時間がたてばまた記憶に蓋がされ頭痛は収まっていく、忘れていくわけではなく、隠していくかのような、自分でもわからない感覚。
わかっているのは、すぐに頭痛が収まるという事実。
俺は、アイリスに小さく本当にもう大丈夫だと、自分でも自分じゃないんかと思うほど、低い声で冷たく突き放した。
「……!」
アイリスが今まで見たこもない悲しい顔で、息を飲むのが見えた。
俺は、それを見てはっとした。同時に俺は俺の顔面を加減もせずに殴った。
「んぐっ!」
「れっ蓮!?」
アイリスは、悲しい顔から一変して、驚いた顔をした。そりゃ目の前で、自分の顔面を自分で殴るやつがいたら、驚かない方がおかしいんだけどな。
「もう、本当に大丈夫だ。心配してくれてありがとうな。アイリス」
俺は、いつもの調子のつもりで、慣れない笑顔を作って見せた。
「あっ……べっ別に心配ないんかしてないわよ!無視したら私が冷たいみたいに思われたら嫌だから、仕方なくそうしてあげただけよ!」
一瞬俺を見て固まっているように見えたが、気のせいか?
それにしても、真っ赤な顔で否定してはいるが、冷たいって思われたくないやつが、自分から仕方なくそうしたなんて言うわけないんだがな。
「蓮君。本当に大丈夫なのかね?」
俺とアイリスの間に割ってはいるように、ナーギルは俺の肩を掴んで、心配そうな顔をしていた。
忘れちゃいけなかった。ここにはアイリス以外にも人はいる。
今回は、ここにいる皆に心配をかけてしまった。俺は深く頭を下げる。
「心配してもらいすみません。もう大丈夫なので、心配はいりません」
「蓮君がそう言うのであれば、そうするが何かあるようならすぐに私に言ってくれたまえ」
「その時は、遠慮なく言わせてもらうよ」
「……本当に大丈夫なのかしら?」
俺とアイリス、俺とナーギルとの会話を聞いていたイザベラは、納得していないようで、心配そうにそう言って俺を見据えた。
「本当に大丈夫です。それよりイザベラさんこそ大丈夫ですか?驚かせてしまってすみません」
今のが体に影響していなければいいが、驚かせたせいで体調を崩されたら、自分で自分を許せない。
「私の心配なら大丈夫。むしろ、今日は君のおかげで元気なくらいなのよ?」
体調が悪いようには見えないくらい、本当に楽しそうにはしゃぐような声音だった。
何がそんなに楽しいのだろうか、それに俺のおかげって……。
「どういうことですか?」
「あらあら、それを私に聞いちゃうの?仕方ないわね~アイリスちゃんのことなんだけれど、アイリスちゃんたら……」
「ぬみゃがぁぁぁ!」
「うおっ!なんだ!」
イザベラの話しに耳を傾けていたら、視角からアイリスが言葉になっていない奇声をあげながら飛び出してきた。
何事かと見ると、目の前で両手を広げて上下に振りだした。
「……なんかの儀式か?」
「違うわよ!こんな儀式見たことないわよ!どこをどう見たらそうなるのよ!」
「いや、まぁ俺もそんな変な儀式見たことはないんだけどな。だったらなんなんだ?さっきの奇声といい、その動きは」
「うっ!ちょっとこうしてみたいと思っただけよ……」
なぜか、俺から目を逸らし、顔は苦痛の表情だ。徐々に言葉は小さくしなってたし、それでもなんとか聞き取れるくらいではあったんだが、納得できるような発言ではなかった。
「……大丈夫か?」
こんなことを突然したくなるなんて、正気とは思えないんだが、それとも俺のアイリスへのイメージが違っていたのか?
それとも、俺が見てない隙に、変なものでも食べたのかもしれない。その方がまだ信じられた。
「うるさい!うるさいっ!大丈夫よ!ともかく蓮は黙ってて!……それよりママ!」
凄い剣幕で詰め寄ってきたアイリスは、俺に有無を言わさず、言いたいことだけいい終えると、イザベラの方へ振り返った。




