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ゼロのアムニション  作者: ななし
34/48

34話

どのくらい待っただろうか、アイリスが屋敷へ行ってから結構な時間がたっていると思う。話が上手くいっていないと考えても、これだけ時間がかかるとは考えにくい。



「遅いな……」



アイリスは大丈夫だと言っていたが、これだけ遅いとさすがに心配になってくる。

遅れているだけなら、屋敷の中なんだし、執事やらメイドやらが、なんらかの知らせをしに来ているだろう。

俺のことでアイリスが何かよくないことになっているんじゃないか、不安が嫌な想像をさせ、その想像が更なる不安に駆り立てる。

アイリスは待っていろと言ったが、今からでも刀を取りに行って乗り込むべきか、もしなんでもなかったら、咎められるのは俺だけだからまだいい。

何かあってからでは遅すぎる。やっぱりアイリスに任せたのは、まずかったかもしれない。


(仕方ない刀を取りに行くか)


一度覚悟を決めたら後は迷いはない。少しでも早く刀を持ってここに戻るために、魔装術式を発動、魔力を足に集中する。


その時だった。


門から一人の眼鏡をかけた30代後半くらいの優男が出てきた。

俺は、状況の変化を見極めるために、一時的に魔装術式を解いて、優男を注意深く視線を送った。

見たところ戦闘慣れしている体の作りじゃない。それどころか、細身の体が病弱のように感じられ、少し押せば倒れてしまいそうだ。

優男は俺を見ると、真っ直ぐこちらに向かってきた。

段々と近いづいてくると、顔の表情もはっきり見えてくる。

目元は、よく見ればくまがかなりでている。睡眠がちゃんととれていないのか、瞼が半分程しか開いていない。

そのせいか目付きが悪くなっている。

結構な長身で190センチ以上はあるだろうか、あんな体であの身長を支えるのはきついと思うが、顔色もよくないし今にも倒れそうだ。


危険度が低そうなのはよかったんだが、別の意味で心配になってきた。

それでも、優男は俺の心配をよそに、俺の前まで倒れることなくたどり着き、立ち止まって綺麗なお辞儀を見せた。


そこで俺は気づく、男の動作に気を配っていたため、優男の正体がわかる一番わかりやすい特徴を見逃していた。

優男が着ているのは、一般的に普及している執事服だった。

拘りのある貴族だと、執事の服にも金をかけて豪華にするらしいが、ここの領主はいたって庶民的なようだ。


貴族同士ならより豪華な方がいいんだろうが、俺個人としては、無駄に高そうな執事服を着させているよりは、こっちの方が好感がもてる。

頭を下げ返した方がいいのかとも思ったが、まだ相手が何を思ってここに来たのかわからない。

結局、あれこれ悩んでいるうちに、お辞儀をたただ傍観するだけになってしまった。

綺麗なお辞儀を見届けると、執事は徐に口を開いた。



「御初に御目にかかります。執事っごほっごぼっ!失礼。執事総括のカナタル・ドナスという名の者です。あなた様が、アイリス様のお連れのかたですね?失礼ですがお名前をうかがってもよろしいですか?」



「名前は銃宮蓮。アイリスの連れなのは間違いないですよ」



とりあえず印象をよくしようと、自分じゃない自分を演じるのは忘れない。

普段は、滅多にやることもない作った笑顔を見せ、無難に対応する。


端から見れば冷静に対処しているように見えるだろうが、内心は少し混乱していた。

予想通り執事ではあったが、まさか執事総括がわざわざ出てくるなんて思わなかった。

ここの領主は、訪問者への対応に、使用人のドップを使うのか、それともこれが貴族社会じゃ一般的なのか、あるいは執事総括が出てこなければならない程の用件なのか、判断に困る。


俺は、怪しむ気持ちが顔に出ないように心掛けつつ、ドナスという名らしい男の言葉を待った。



「間違いないようですね。屋敷の中でナーギル様とアイリス様、それとアイリス様のご家族の方がお待ちです。案内させていただいてもよろしいでしょうか?」



「……わかった。案内してくれ」


(領主と会うのになんでアイリスの家族までいるんだ?)


理由が気になるところだったが、行けばわかるだろうし、アイリスのことが心配ということもあって、特になんら質問することはしなかった。



「かしこまりました。ではついてきてください」



そう言ってもう一度深くお辞儀した執事は、無駄のない動作で振り返ると、すたすたと歩きだした。

俺はその少し後をついていき、俺を怪しむように見ていた門番も、直立不動で視線すらこちらに向いてはいない。

ドナスという執事のおかげで、屋敷の門を何事もなく通過することができた。


俺は、敷地内に足を踏み入れるて、すぐに周囲に視線を配った。警戒の意味もあったが、純粋にどんな風景なのか気になったからだ。

敷地の中はそれなりに広く、白を特徴とした石造りの屋敷の入り口は、まだ遠かった。まだ離れている屋敷より俺が気になったのは、想像していたのと違って、遥かに荒んでいるこの庭だ。

いや、荒んでいるとは言っても、手入れは行き届いていないわけでもない。だから、特に汚いという印象はない。

古びているというわけでもなく、ただ、なんというか、そう、殺風景に思えた。そして、その原因にはすぐ気づけた。

執事の後ろに続いて少し歩くと、そこには、何かしらの植物が、植えられていたのだろうと思わせる場所が、いくつも視界に入ってきた。


俺のイメージしていた屋敷は、綺麗なガーデニングがされている華やかな庭園だったんだが、ここには一切の植物がなく、そのせいなのか、生気すら感じられないような不気味さすら漂っていた。


何か植えてあったような痕跡はあるのに、なぜ植物が一切存在しないんだ。



「あの、聞いてもいいですかね?」



「はい、私に分かることでしたらなんなりと」



「少し気になっただけなんですが、なんで植物が植えられてないんですか?」



「ああ、そのことですか、数年前までは鮮やかな植物達が、装飾のように屋敷を着飾っていたんですよ」



やっぱり、始めから植えられてなかったわけではないみたいだった。

だとするとなぜ、枯らしてしまったんだろうか。



「なぜ枯らしてしまったのかと思っていますでしょうか?」



「そうですね。正直気になります」



こちらを見ることなく、一定のペースで、俺の前を歩き続けている執事は、この場の雰囲気だけで、俺の思っていることが伝わったみたいだ。



「全ては、ナーギル様のご命令です。」



「領っ……ナーギル様の?」



「はい、理由としましては、数年前から人口が減少を辿るいっぽうでして、それに伴って税収も落ちてしまい。この庭の維持費に税金を使うのは無駄だと全て取り払ってしまったのです」



「そうだっんですか、余計なことを聞いたみたいですね。すみません」



「いえいえ、構いませんよ。それでもナーギル様は頑張って……ごほっごほっ!失礼。頑張ってくださっていますので、いずれよい方向に向かうと信じています」



「そうなるといいですね」



屋敷が殺風景だったのは、それだけ金をかけていないからだったのか、財政が苦しいのであれば、領主の気持ちもわからなくはない。


庭の手入れは必要なのかもしれないが、市民が納めている税金を、けして安くはないと思える屋敷の庭の手入れに使うのは、気がとがめるだろう。

まぁ、そんなことは気にしない領主の方が多いんだろうが

、ここの領主は見栄よりも現実をちゃんと見ているようだ。

街の人に元気がないように見えたのはそうせいだったのかもしれない。

今は大変だけど、聞いている限りじゃここの領主はまともなようだし、改善される可能性もあるだろう。

それにしても、歩いてる時もだったんだが、話をしてる途中にも咳き込んでるが、大丈夫なんだろうか、敷地の中よりなにより、ドナスさんが一番生気がないように思えてきた。

これで執事総括がちゃんと勤まっているのか、心配だ。

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