33話
ソフトクリームを片手に、アイリスに案内されて、この街の大通りまで歩いてきていた。
露店があった場所は、屋敷から近いようだが、屋敷へ行くにはこの大通りを通らないと行けないらしく、少し遠回りをしていた。
遠回りと言ってもたいした距離ではないから、アイリスが焦ってる様子もないし、時間的にはたぶん大丈夫だろう。
大通りということもあって、まだ早い時間だと言うのに、すれ違う人達は人口を考えると多く感じられた。
時折、子供らしき姿を見かけるが、ほとんどは30代後半っていったところだ。
人口が少ない街では、子供達の減少はよくあることだし、子供が少ないから人口が少ないとも言えるのかもしれない。
それに関しては、それほど珍しいことでもないが、何処と無くみんな元気がないように見えるのが少し気になった。
元気がないといえば、俺自身露店の辺りから体の怠さを感じていた。
昨日の疲れが残ってるんだろうか、それとも逆に平和すぎて体が鈍っているだけか、どちらにしてもよくないな。
今日こそ、こっそり刀でも振ろうかと悩み始めた頃、ふと視線を感じてそちらを見た。
「……」
そこには、無言のしかめっ面で俺を探るように見ているアイリスの姿があった。
俺の体に何かついているのかと思って、手であちこち払ってみたが、アイリスの様子を見るに、どうやらそれではないらしい。
そこでふと、アイリスの手元と自分の手元が気になって見比べた。
俺の手元には、半分食べてしまった食べかけのソフトクリーム。アイリスの手元には何もない。
あの早いペースで食べていたら当然の結果なんだが、それにしたって、俺の倍早く食べ終わったようだ。そこまで思考して俺なりの結論を導きだした。
「そんなに凝視しなくても、欲しいならやるぞ?元々アイリスへのお詫びなんだし」
「いいの!?って違うわよ!なんか昨日と雰囲気が違うなってずっと思ってたから気になって見てただけよ!」
「なんだ。これが欲しかったわけじゃないのか」
「当たり前でしょ!?そんなに食い意地はってないわよ!」
「そっそうか」
俺があげようとした時、僅かの間嬉しそうにしていた気がするが、本人が強く否定しているし、俺の勘違いだろう。
そうだとして、俺の雰囲気が昨日の違うってどういうことだろうか、魔器で常に清潔を保てるから、予備の換え以外持っていないし、この服に問題はないから、予備の服に着替えてはいない。
それも、予備の服も今の服と同じデザインだから、仮に着替えていたとしても、代わり映えなんてしないはずだ。
それでも、アイリスには何かが引っ掛かっているのか、首を捻っていた。
「あっわかった!」
「んっ?なにがだ?」
「そんなの雰囲気の違いに決まってるでしょ?なんでこんなことに気づかなかったんだろ。フードよ、フード。蓮、今日はフードを着てない!」
「んっ?ああ、領主に会うのにフード着てるのは失礼かと思ったからな」
「そうだったんだ。領主様は、そんなの気にしないと思うけど、心配症ね」
「貴族の礼儀作法なんて知らないからな。身なりだけでも多少よく見せた方がいいだろ」
(まぁ、本当の理由はそんなことじゃないけどな)
そもそも、あのフードは鞘袋を目立たせないために着ていたものだ。
今回、フードを着てこなかったのは、単純に刀を置いてきたってからってだけの話だ。
本来なら置いて来たくはなかったが、領主に会うからには、武器は例え刀であっても、預けることになってしまうと思ったからだ。
誰とも知れない奴に、師匠の刀を預けたくはないし、それに、もし相手に敵意があって、万が一追い込まれて逃げることになったとしても、刀を取り返すまでは、逃げるわけにはいかなくなる。
それを考えると、渋々置いてくるしかなかった。
かといって、それをそのまま伝えてしまえば、アイリスを信用していないと思われるかもしれないし、なるべくなら不快な思いをさせるのは避けたい俺は、あえてそこはふせた。
「蓮の気持ちもわからなくはないけど、その様子だと会ったらびっくるするわね」
「そんなに貴族らしくないのか?」
「んー、貴族って言うより変わったおじちゃんって感じかな?こんなこと言ってたらママに怒られるから言わないでよね?」
「心配するな、俺の命に代えても言わないと約束する」
「そこまで重くなくていいわよ……」
「そうか?ならほとほどに言わないようにする。それにしても、変なじいさんか、どうなるかは別として、俄然会ってみたくはなったな」
「ならよかった。心配しなくてももうすぐ会えるわよ。ほら、あの先に見えるのが領主様の屋敷よ」
そう言ってアイリスが指さした先を、視線で辿ると、確かにそこには、屋敷らしき建物が近くに見えていた。
大通りを通って季節外れなのか、枯れた木々が並ぶ並木道の先にあるあの建物が、領主がいる屋敷ってわけだ。
「あれがそうか……」
「うん。それで確認したいんだけどいい?」
「ああ、なんだ?」
「門の前には門番の人がいて、私は許可されてるから入れてもらえるけど、蓮は入れてもらえない。だから、先に私が入って領主様に許可をもらってくる。それでいいわよね?」
「ああ、問題ない」
「少し待たせちゃうけどちゃんと待っててよ?」
「わかってる。別にどこにもいく予定はない」
「だったらいいのよ」
なぜか、安心したように笑うアイリス、俺が突然いなくなるとでも思ってるのか?いくらなんでも、お願いしといてとんずらするようなことはしないし、する理由もない。
俺が寸なり通れないのは当然だし、なんなら門前払いすら覚悟している。
わざわざ、アイリスが俺と領主のパイプ役をやってくれるんだから、待つのになんら疑問もない。
そうやって話していると、屋敷の門のすぐ目の前まで迫ろうとしていた。
「じゃあもうすぐそこだから先に行って伝えてくる!」
「ああ、頼んだ」
俺が返事をする前に、元気よく走り出したアイリスに、俺の返事が届いたかはわからないが、門番が笑顔で会釈して通してるし、あの様子ならとりあえず任せて待っていれば大丈夫だろう。
門の近く、並木道の一本の気を背もたれにして、俺はアイリスが戻ってくるのを待った。
その間、門番は俺の存在にも気づいていたようで、木を背もたれにたたずむ俺を、少し怪しむように見たが、声をかけにくることはなかった。
アイリスが何か言ったか、あるいは一緒に歩いてくるのが見えていたのかもしれない。
そうでもなければ、こんな場所で立っていたら、門番は二人見えるし、間違いなく一人が声をかけに来ていただろう。
それがないのは、何にしてもアイリスのおかげであることは、揺るぎない事実だろう。
改めて、後でアイリスにはお礼を言っておかないとなと思う俺だった。




