32話
外に出た俺は、すぐにアイリスを見つけて駆け寄った。
「悪い、待たせたな」
「……蓮が起きるのを待つのに比べれば早いと思うけど?蓮ってしっかりしてるようで、案外ぬけてるわよね?」
不機嫌はなおっていないみたいだな。
まぁそれは当たり前か、起こされた時、アイリスは俺の買った服に身を包み、既に身なりを整えていた。
おそらく俺を待たせないために、早めに起きて先に準備を終わらせていたんだろう。
それに比べて、領主に会うのは俺の目的でもあるのに、呑気に長々と寝ていたら怒って当然だ。
それも、俺の寝起きはかなり悪いらしく、昔師匠が俺を普通に起こそうとした時があって、どれだけ大声で呼んでも起きないから、結局いつもの鍛練の要領で、殺す気で刀を振るわれたことがある。
アイリスも、何をしても起きない俺を見て頭を悩ませただろうな。
前もって言っておけばまだよかったんだろうが、他者とそれほど関わらなかったつけが、今になって回り回ってきたか。
人と関わっていることを忘れないようにしないといけない。
「返す言葉もないな」
「仕方ないわね……それじゃ領主様の屋敷の近くに、美味しいソフトクリームがあるんだけど、それを私と食べてくれたら許してあげる」
ソフトクリーム?東の方にはない食べ物だな。クリームを食べるのか?
上手そうなイメージにならないんだが、どんな物か気になるな。興味もあるし、それくらいで許してくれるなら安いものだ。
「わかった。それをご馳走したら許してくれるんだな?」
「えっ?違うわよっ!そんな図々しいこと言えるわけないでしょ!?」
随分驚いて否定しているが、違ったのか、話から察するに俺が奢る流れだと思ったんだが、それに、図々しいもなにも、悪いのは俺なんだからそれくらい図々しくもなんともないだろう。
「俺がご馳走するんじゃなかったらどうするんだ?」
「そんなの私がご馳走するに決まってるでしょ?」
「いや、決まってる意味がわからないんだが」
いつ誰がそんなことを決めたんだ。少なくとも俺は初耳だ。それなのに、アイリスは俺がおかしいとでも言いたげに首を傾げた。
「決まってるんだから決まってるの、いいからご馳走させられなさいよ」
「でもな……俺が悪いのに俺がご馳走になるっておかしくないか?」
アイリスに確認するまでもなく、明らかにおかしいんだが、アイリスは自分の顔の前で手を交差させてばつ印を作って見せた。
「おかしくない。ぜーんぜんおかしくない。蓮が悪いんだから私の言うことに従うのは当然なの!」
そう言って、ばつ印の真ん中上から顔を覗かせて、俺と目が合うと、あからさまに目を逸らされた。
心なしか頬が赤いようにも見える。そんなに起こっているんだろうか?
いつの間にか、俺が言うことに従はなければならないと変えられているし、ご馳走しようとしてる意図もわからないが、それで機嫌がなおってくれるなら、大人しく従った方がいいかもしれない。
「ご馳走になれば許してくれるんだな?」
「うん。許してあげる」
「それじゃアイリスに従ってご馳走になるよ」
「本当!?じゃあ早く行こ行こ!」
「おい!そんなに引っ張るなって!」
自分で言い出したことなのに、なんで驚いたのかはこの際どうでもいい。
それより、嬉しそうに強引に手を引いて、目的地に行こうとするのは癖かなにかなのか、いきなり引っ張られるこっちの身にもなってくれ。
文句の1つでも言ってやろうと思ったが、楽しげに笑うアイリスの姿を見て、どうでもよくなってしまった俺は、最後まで手を引かれながら、目的地に向かうはめになった。
それほど大きな街でもないし、道に迷わなければすぐに目的地にはついてしまう。
昨日辿り着いたばかりだと言うのに、横目に流れていた景色は、見慣れたように思える。
それは、どの建物も似たような作りになっているからだろう。
どこに何があるか完全にわからなくても、そう見えてしまうのは当然なのかもしれない。
「……蓮?聞いてる?」
「悪い、考え事してた。なんだって?」
「どれにするって聞いたのよ」
「そういうことか、それじゃ……」
アイリスが教えてくれた店は、露天だった。俺達の前で買っていた人達がいたから、現物がどんなものかは確認済みだ。
クリームとは言っても、カラフルな色がついているし俺がイメージしていた物とはかなり違った。
それを踏まえた上で、店の窓口の左側にデカでかと書かれている品書きに目を通す。
知っている果実の名前がついたソフトクリームもあるんだな。
無難を選ぶなら味の想像がつきそうなそれを選ぶんだが、せっかくだし、ここは何なのかがわからないやつにしてみるか。
「決まった?」
「ああ、ソフトクリームってやつにしてくれ……今更だが本当にいいのか?大変な状況なんだろ?」
アイリスの境遇を考えると、どうしても気が進まない俺は、ねんのためだめ押しする。
「ソフトクリームをご馳走するくらい大丈夫よ。蓮は黙って食べてくれたらいいの、普通のやつね。私もそれにしよ。ソフトクリーム2つお願いします」
「はーい!」
注文に元気よく返事をした女が、てきぱきと謎のクリームを器用に巻き上げていく。
あの魔器はどんな構造になっているんだろうか、そんなことを気にしていたら、出来上がったのか、目の前に差し出された。
俺は、差し出された2つを受けとって、その間にアイリスが金を支払っていた。
「ほら、これアイリスのだ」
持っていたソフトクリームの1つを、アイリスに手渡す。
「んっありがとう」
「ありがとうはこっちの台詞だ。これなら歩きながらでも食べられそうだな」
「そうね。ゆっくり座って食べる方がいいんだけど、今は目的もあるから歩きながら食べるのがいいわね」
俺は、無言で頷き同意を示し、その流れで自然にソフトクリームを口に含んでみた。
「これは、旨いし面白いな」
口に含んだ瞬間、感じたのは甘味と乳成分独特の風味だ。
クリームだけあって、歯触りがなんとも言えない面白さがある。
これは、デザートに分類される食べ物だったのか、最初は不安だったが、これは食べてみて正解だ。
「でしょ?私これが大好きで昔毎日買ってもらって食べてたくらいなのよ」
「これだけ美味しかったら、その気持ちもわからなくはないが、毎日は食べられないな」
俺としては、デザートはたまに少量食うのが一番旨い。
このソフトクリームはそれなりに量があるし、これを毎日ってなるとさすがに飽きてしまう気がした。
「そう?私は、食べれるなら毎日3本食べてもいいんだけどね」
「……」
俺は、受け止めきれない言葉に絶句してしまう。
これを毎日3本なんて食べていたら、俺なら夢でうなされる。
女って生き物は、甘いものなら無限に食えるって言ってた師匠の言葉の意味を、俺は初めて理解した。
若干俺が引きぎみになってるなんて、アイリスは気づいた素振りもなく、満面の笑みを浮かべながら、小さな口でソフトクリームを口に含んでいた。
なぜだろうか、微笑ましいような気もするんだが、今の俺には、ソフトクリームに無限に食らいついていく、新種の魔物のようにアイリスが見えてしまっていた。




