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ゼロのアムニション  作者: ななし
32/48

32話

外に出た俺は、すぐにアイリスを見つけて駆け寄った。



「悪い、待たせたな」



「……蓮が起きるのを待つのに比べれば早いと思うけど?蓮ってしっかりしてるようで、案外ぬけてるわよね?」



不機嫌はなおっていないみたいだな。

まぁそれは当たり前か、起こされた時、アイリスは俺の買った服に身を包み、既に身なりを整えていた。

おそらく俺を待たせないために、早めに起きて先に準備を終わらせていたんだろう。

それに比べて、領主に会うのは俺の目的でもあるのに、呑気に長々と寝ていたら怒って当然だ。

それも、俺の寝起きはかなり悪いらしく、昔師匠が俺を普通に起こそうとした時があって、どれだけ大声で呼んでも起きないから、結局いつもの鍛練の要領で、殺す気で刀を振るわれたことがある。

アイリスも、何をしても起きない俺を見て頭を悩ませただろうな。


前もって言っておけばまだよかったんだろうが、他者とそれほど関わらなかったつけが、今になって回り回ってきたか。

人と関わっていることを忘れないようにしないといけない。



「返す言葉もないな」



「仕方ないわね……それじゃ領主様の屋敷の近くに、美味しいソフトクリームがあるんだけど、それを私と食べてくれたら許してあげる」



ソフトクリーム?東の方にはない食べ物だな。クリームを食べるのか?

上手そうなイメージにならないんだが、どんな物か気になるな。興味もあるし、それくらいで許してくれるなら安いものだ。



「わかった。それをご馳走したら許してくれるんだな?」



「えっ?違うわよっ!そんな図々しいこと言えるわけないでしょ!?」



随分驚いて否定しているが、違ったのか、話から察するに俺が奢る流れだと思ったんだが、それに、図々しいもなにも、悪いのは俺なんだからそれくらい図々しくもなんともないだろう。



「俺がご馳走するんじゃなかったらどうするんだ?」



「そんなの私がご馳走するに決まってるでしょ?」



「いや、決まってる意味がわからないんだが」



いつ誰がそんなことを決めたんだ。少なくとも俺は初耳だ。それなのに、アイリスは俺がおかしいとでも言いたげに首を傾げた。



「決まってるんだから決まってるの、いいからご馳走させられなさいよ」



「でもな……俺が悪いのに俺がご馳走になるっておかしくないか?」



アイリスに確認するまでもなく、明らかにおかしいんだが、アイリスは自分の顔の前で手を交差させてばつ印を作って見せた。



「おかしくない。ぜーんぜんおかしくない。蓮が悪いんだから私の言うことに従うのは当然なの!」



そう言って、ばつ印の真ん中上から顔を覗かせて、俺と目が合うと、あからさまに目を逸らされた。

心なしか頬が赤いようにも見える。そんなに起こっているんだろうか?

いつの間にか、俺が言うことに従はなければならないと変えられているし、ご馳走しようとしてる意図もわからないが、それで機嫌がなおってくれるなら、大人しく従った方がいいかもしれない。



「ご馳走になれば許してくれるんだな?」



「うん。許してあげる」



「それじゃアイリスに従ってご馳走になるよ」



「本当!?じゃあ早く行こ行こ!」



「おい!そんなに引っ張るなって!」



自分で言い出したことなのに、なんで驚いたのかはこの際どうでもいい。

それより、嬉しそうに強引に手を引いて、目的地に行こうとするのは癖かなにかなのか、いきなり引っ張られるこっちの身にもなってくれ。

文句の1つでも言ってやろうと思ったが、楽しげに笑うアイリスの姿を見て、どうでもよくなってしまった俺は、最後まで手を引かれながら、目的地に向かうはめになった。


それほど大きな街でもないし、道に迷わなければすぐに目的地にはついてしまう。

昨日辿り着いたばかりだと言うのに、横目に流れていた景色は、見慣れたように思える。

それは、どの建物も似たような作りになっているからだろう。

どこに何があるか完全にわからなくても、そう見えてしまうのは当然なのかもしれない。



「……蓮?聞いてる?」



「悪い、考え事してた。なんだって?」



「どれにするって聞いたのよ」



「そういうことか、それじゃ……」



アイリスが教えてくれた店は、露天だった。俺達の前で買っていた人達がいたから、現物がどんなものかは確認済みだ。

クリームとは言っても、カラフルな色がついているし俺がイメージしていた物とはかなり違った。

それを踏まえた上で、店の窓口の左側にデカでかと書かれている品書きに目を通す。


知っている果実の名前がついたソフトクリームもあるんだな。

無難を選ぶなら味の想像がつきそうなそれを選ぶんだが、せっかくだし、ここは何なのかがわからないやつにしてみるか。



「決まった?」



「ああ、ソフトクリームってやつにしてくれ……今更だが本当にいいのか?大変な状況なんだろ?」



アイリスの境遇を考えると、どうしても気が進まない俺は、ねんのためだめ押しする。



「ソフトクリームをご馳走するくらい大丈夫よ。蓮は黙って食べてくれたらいいの、普通のやつね。私もそれにしよ。ソフトクリーム2つお願いします」



「はーい!」



注文に元気よく返事をした女が、てきぱきと謎のクリームを器用に巻き上げていく。

あの魔器はどんな構造になっているんだろうか、そんなことを気にしていたら、出来上がったのか、目の前に差し出された。

俺は、差し出された2つを受けとって、その間にアイリスが金を支払っていた。



「ほら、これアイリスのだ」



持っていたソフトクリームの1つを、アイリスに手渡す。



「んっありがとう」



「ありがとうはこっちの台詞だ。これなら歩きながらでも食べられそうだな」



「そうね。ゆっくり座って食べる方がいいんだけど、今は目的もあるから歩きながら食べるのがいいわね」



俺は、無言で頷き同意を示し、その流れで自然にソフトクリームを口に含んでみた。



「これは、旨いし面白いな」



口に含んだ瞬間、感じたのは甘味と乳成分独特の風味だ。

クリームだけあって、歯触りがなんとも言えない面白さがある。

これは、デザートに分類される食べ物だったのか、最初は不安だったが、これは食べてみて正解だ。



「でしょ?私これが大好きで昔毎日買ってもらって食べてたくらいなのよ」



「これだけ美味しかったら、その気持ちもわからなくはないが、毎日は食べられないな」



俺としては、デザートはたまに少量食うのが一番旨い。

このソフトクリームはそれなりに量があるし、これを毎日ってなるとさすがに飽きてしまう気がした。



「そう?私は、食べれるなら毎日3本食べてもいいんだけどね」



「……」



俺は、受け止めきれない言葉に絶句してしまう。

これを毎日3本なんて食べていたら、俺なら夢でうなされる。

女って生き物は、甘いものなら無限に食えるって言ってた師匠の言葉の意味を、俺は初めて理解した。

若干俺が引きぎみになってるなんて、アイリスは気づいた素振りもなく、満面の笑みを浮かべながら、小さな口でソフトクリームを口に含んでいた。

なぜだろうか、微笑ましいような気もするんだが、今の俺には、ソフトクリームに無限に食らいついていく、新種の魔物のようにアイリスが見えてしまっていた。

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