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ゼロのアムニション  作者: ななし
31/48

31話

「その必要はないわ。せっかく楽しそうな玩具を見つけたのに、私が遊んだら壊れちゃうかもしれないでしょ?ふふっ」



そう言うと仮面を被っているというのに、口元を手の甲で隠し、楽しげにくすくすと笑っていた。



「そっそうですか、では俺達はどうすればいいんでしょうか?」



内心男は一呼吸の間、安堵するが、すぐに緊張の糸をきつく縛り付けた。安堵するにはまだ早い、無茶を1つ回避したに過ぎないとわかっていたからだ。


男は、仮面の女からの指示を聞くため、一言も溢さないように、耳に全神経を研ぎ澄ませていた。

聞き溢してしまえば、そんな使えない耳はいらないと、切り落とされかねない。

現に、頭を垂れている男の後ろにいる男達の中には、耳や腕が無くなっている者がいた。

そんな暴君ぶりを見せていても、不満をぶつける者など存在しない。

そこにあるのは、不満ではなく、悦びと恐怖だけだった。

ハーフヴァンパイアと言えど、並みの人間が逆らるはずがない。

逆らえば、そこに待っているのは死だけだ。

だから男は頭を垂れる。尊敬でも畏怖でもなく、それは命乞いに等しい行為だった。



「そうね。そんなに時間もなさそうだし、今度は私の兵隊も連れて襲撃でもしてもらおうかしら、その子が賢いなら私の存在に気づくでしょうし」



「わかりました。では、いつ襲撃したらよろしいのでしょうか?」



そう言いながらも、男は悩んでいた。

兵隊達を連れていったとしても、果たして大丈夫なのだろうか、兵隊の恐ろしさは嫌と言うほどわかっているが、言い様のない不安が津波のように押し寄せていた。



「それくらい自分達で考えなさい。それで玩具を壊してしまっても構わないわ。だって、そのくらいで壊れてしまうなら、私が楽しめる玩具じゃないってことだもの」



「では、さっそく準備したいと思うので、失礼してもよろしいでしょうか……?」



どれだけ不安に思おうと、男に拒否権はない。

男は、ただ仮面の女に言われたことに従うだけだ。

なぜ、自分達がこんなことになってしまったのか、非道なことを繰り返してきた罰なのだろうか、何度も何度も心の中では自問自答していた。


今だって出来ることなら仮面の女の前から逃げ出したい。

男は、強くそう願っていた。けれど、植え付けられた恐怖という名の根が、男を地面に縛り付けていた。

逃げて捕まれば、死ぬだけでは済まされない。

だから、男はせめて今この瞬間だけでも、一刻も早く仮面の女のいる部屋から抜け出したかった。

準備したいなんてまったく思っていない。それでも恐怖にかられた男は外に出れば言いつけ通りに行動してしまうだろう。

この部屋を出たところで、それは自由ではない。

それがわかっていてなお、男は仮初めの自由を求めた。


そんな男の意志が伝わったのか、気がせいで返事を待つことなく立ち上がろうとした男の背中に、仮面の女は足を乗せてそれを制した。



「そんなに私といるのを嫌がらなくてもいいんじゃないかしら?」



「ひっ!そんなことは思っていなっ!」



男が言えた言葉はそれが最後だった。


ゴキッ!メキメキッ!


何かが折れて砕けるような音が響き渡る。



「あら、力を入れすぎちゃったかしら、あなたがいけないのよ?私の許可なく立ち上がろうとするから」



仮面の女は、本当についやってしまったっていう声音で、それだけ聞けば、子供を叱っているかのようであった。

けれど、そこにある現実はあまりにも残酷だった。


頭を垂れていた男の腰は、有り得ない程逆に折れ曲がり、その状態のまま部屋の床を突き破って、不格好な杭のように突き刺さっていた。


人一人の命を残酷に奪ったというのに、仮面の女は物を誤って壊してしまったかのような雰囲気で、平然としている。

ただ、自分の許可なく立ち上がろうとした。それだけの理由で、一人の男がこの日命を落とした。

それなのに、その場にいる誰も、死んだ男を見てはいない。

男の後ろにいた男達は、何事もなかったかのように、恍惚とした表情で仮面の女を眺め続けていた。


命を奪った張本人である仮面の女ですら、男はもはや視界にもいれている様子はなく、顎に手を添えて考え込むようにしている姿だけがあった。


それが、いつもの日常とでも言うかのように、当たり前ではない当たり前が、そこにはあった。



「変わりはいくらでもいるし大丈夫よね。ふふ、新しい玩具が壊れやすくないといいんだけれど」



異様な光景の中で、楽しげにくすりと笑う女のそんな呟きに、誰も返事をすることも、反応を示すこともなく、ただ、笑い声だけが不気味に響き渡っていた。



― ― ― ― ― ― ― 



「……って……お……って言ってるでしょ!」



「ぐはっ!」



俺は、腹に尋常ではない圧迫を感じて一瞬で意識が目覚めて飛び上がる。

同時に頭の上にあった刀を手に取っていた。


(くっ、殺気は感じなかったはすだが、完全に不意をつかれた)


俺は、次の攻撃に備えて、刀を抜こうと構える。

そこで、ようやく部屋の状況を把握する。襲撃者は見覚えのある人物だった。



「アイリス?」



「私じゃなかったら何に見えてるわけ?お越しに来てあげたのに、武器を構えないでよ」



「わっ悪い」



俺は、慌てて刀の柄から手を離して、輪せい体制を解いた。



「もう、何回呼んでも起きないから、少し強めに叩いちゃったでしょ」



余程苦労したのか、アイリスは半目で俺を睨んできた。

俺が寝起きが悪いことを教えるのを忘れていたな。 俺を起こす簡単な方法は殺気を放つことなんだが、それを教えたところで、アイリスにできるのかは謎だが。


それにしたって、俺が飛び上がるくらいのことがあったのに、本当に少し叩いただけなんだろうか、あの圧迫感と若干の嘔吐感は、布団の上から殴られたような衝撃だったと思う。

しかし、それは言わない方がなんとなくいい気がするから、ここは言わないでおこう。



「寝起きが悪いんだ。ごめんな」



俺は、無難に謝りつつ近くに置いてあった。鞘袋を手に取って刀を入れた。

ふと視線を感じて、アイリスを見るとこちらを興味深げに見ていた。



「それ、刀って武器よね?まだそんな武器残ってたんだ」



俺は、それを聞いてやってしまったと後悔した。

ついいつもの癖で刀を近くに置いてしまっていたが、アイリスに見られる可能性を考えるべきだった。

どうしたものかと少し思考を巡らせると、不自然でもない嘘を思い付いた。



「ああ、こういうのを見つけて手にいれるのが最近の趣味なんだ。魔導銃は高くて買えないしな」



「そうなの?でも、それくらいしかそれを持ってる理由なんてないわよね」



「そうだろ?だからもし、刀が売ってるような場所を知っていたら教えてくれ」



本当は追加の刀なんて買うつもりはないが、この刀に記憶させられた魔術は代用がきかないからな。

それでも、話の信憑性をあげるには、嘘に嘘を重ねていくしかない。

それに、刀なんて早々に出くわす物でもない。それをわかっているからこその頼みごとだ。



「残念だけど、見たのはそれが初めてよ」



「そうか、まぁ珍しい物だから期待はしてなかった。俺だってこの一刀しか持ってないからな」



「やっぱり珍しいんだ。ってそんなことより早く準備を済ませてよ。あんまり遅くなると領主様に会えないかもしれないわよ?」



「そうだな。すぐに準備するから先に外で待っておいてくれ」



「わかった。待ってるから早くしてよね?」



それだけ言い残して、時間はまだ早いはずだが、俺の返事を待つこともなく、アイリスはなぜか慌ただしく部屋から嵐のように去っていってしまった。

どうやら刀のことは、上手く誤魔化せたみたいだ。

俺は、少しだけ安堵するのに時間を使うと、アイリスの様子も気になったから急いで身支度を整えた。

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