3話
ガシッ!
誰かが俺の腕を掴んでいた。
「おい、ガキ勝手に俺の目の前で死のうとしてんじゃねぇよ。酒が不味くなるだろうが」
「うわっ!」
俺は強引に引っ張られ引き上げられると、その勢いのまま地面に放られた。
「ったく、夕暮れ時にこんな場所で自殺願望のガキに出くわすなんてついてないな」
さっきまで誰もいなかったはずなのに、どこにいたんだろうか、そもそもこの男は誰なのか、俺は立ち上がることも忘れて呆然と男を見ていた。
「そんなとこで呆けてないでさっさと立て、話くらいは聞いてやる。何もしないで翌日にお前が死んでたら、高い酒を買った意味がない」
「おじさん……誰?」
「俺か?俺は通りすがりのおじさんだ。それ以上でもそれ以下でもない」
そう言って男は俺に手を差し出してきた。
もう片方の手には革袋水筒を持っていて、手を差し出しながらそれを煽るように飲んでいた。
年齢は20代後半かという見た目で、少し切れ長の目をしている。
髪は茶髪で前髪は後にかきあげられ、肩まで髪は伸びている。
ところどころ尖るように立っていた。
この地域は気温が高く暑いからだろうか、白いシャツのボタンを閉めず、細身だが筋肉な身体を間から覗かせていた。
下は茶色の短パンに黒いベルトを巻き、靴は革のサンダルを履いている。
記憶を探ってみたが、やっぱり見たことはない。
男の言う通りただの通りすがりなんだろう。
不信に思いながらも、男の手を取って立ち上がった。
「それで、なんで死のうとしてたのか話す気はあるか?ないって言おうが話してもらうがな、俺の酒のために」
男は革袋水筒を見せつけるように突きだして、左右に揺らした。
「……」
正直、俺は迷っていた。
素性のわからないこの男に話すようなことなのか、話したからと言って何が変わるというのか、ただ辛いだけなんじゃないか、だけど不思議なことに、迷いに反して気持ちが口からあふれでていた。
「そうか、無能ね……こんな偶然があるもんなんだな」
「えっ?」
「いや、なんでもない気にするな、だいたいの事情はわかった。たぶんお前よりな」
「僕のことなのに、僕より?」
今までの経緯を話したけど何がわかったと言うのか、妙に男は納得した顔をしていた。
「あぁ、お前は自分がなんで無能と言われたのかも、親の態度が変わったのがなぜかもわかってないだろ?」
「うん……ずっと無視されるようになって、僕悪いことしたのかな」
言葉にすると思い出して、涙が溢れでてしまう。
「おいおい、泣くなよったく、しかし参ったな……俺の推測が正しければ近いうちにお前は殺される。他でもない両親にな」
「……!」
「驚くのも無理はねぇけど、よく聞け。お前が連れて行かれた場所は、十中八九魔科学所だ。それも、一目でお前を無能と言い切れるやつは、俺が知る限り1人しかいない。」
「無能ってなにが無能なの?それはいけないこと?」
「いけなくなんてねぇよ、悪いとしたら、人の価値をそんなものでしか判断できない奴らだろうな」
じゃあなんで母さんはあんなに変わってしまったんだろう。
ずっと自分が悪いんだって思ってた。
自分がいけないから無視されて仕方ないんだって、いい子にしてたら変わるかもって、それが違うならどうしたらいいんだろう。
わからないよ。わからない。
バシッ!
「いたっ!」
いきなり頭に痛みがはしった。手のひらで叩かれたみたいだ。
「落ち着けバカが、お前がそんな思い悩んだ顔したって何かよくなることでもあんのか?俺の酒が不味くなるだけだろうが、お前は何も悪くないんだ胸張ってろ。言っておくがお前に落ち込んでる暇はないからな」
「どういうこと……?」
「お前は家に帰ったところでいずれ殺される。かと言って行く宛なんてない。そうだろ?」
「うん……」
「そこでお前に提案がある」
「提案?なに?」
「まぁなんだ。贅沢はさせられねぇし、ガキの扱いなんか分からない。ただ、無能なりの生き方なら教えてやれるかもしれない。それで良かったら俺と一緒に来る気はないか?」
「一緒に?えっ?」
なんのことか頭の理解がついてこない。
戸惑っていると男が焦れたのか、自分の頭を片手でぐしゃぐしゃとかき出した。
「あぁ!めんどくせぇな。俺が面倒みてやるから一緒に暮らさないかって言ってんだよ」
「いいの……?だって僕無能だって……」
「それ方面で言えば無能であることには変わりはないが、多少は俺がなんとかしてやれるかもしれねぇ、お前の努力しだいだけどな」
不思議だった。今日出合ったばかりの人の言葉がなんでこんなに暖かいのか、無条件に信じてしまうような力強さを感じる。
「来るのか来ないのかどっちなんだ?はっきりしろ。ほれ」
そう言って男は手を差し出してきた。
「銃宮蓮……。」
「なんだって?」
「だから!銃宮蓮僕の名前」
そう言って、俺は男の片手を握手するように握りしめた。
男は驚いたように目を一瞬見開いたが、軽く鼻で笑うと力強く握り返してきた。
「あぁ、そういや名前も聞いてなかったし、名乗ってもいなかったな。俺の名はザイード・アルバナスだ」
これが、後に俺の師であり親になる男との最初の出会いだった。