28話
「あっそういや、肝心なことを聞いてなかった。具合はどうだ?気分が悪かったり、どこか痛むところはないか?」
「それなら大丈夫。でも、正直何があったのか覚えてないのよね」
アイリスが、覚えてないのも仕方ない。
魔力の制御は神経を研ぎ澄ませる必要がある。そんな状態でオーバードライブが起きれば、意識を保っていることは難しい。
今回は、魔力の密度が薄かったからこの程度で済んだが、本来、オーバードライブは、強大な魔術を記憶させた際に、込める魔力の量がそれに会わせて大きくなった時にこそ起こり得る。
もし、最上位魔術クラスのオーバードライブ起きれば、記憶が全部吹き飛ぶくらいならいい方だ。
最悪、自分もろとも小国を吹き飛ばせる規模に達する。
今回は規模が小さかったとはいえ、気絶程度で済んで本当によかった。
「アイリスは、オーバードライブを起こして気絶したんだ。俺の不注意で危険なことになってごめん」
俺は、頭を深く下げて、きちんと謝れていなかったし、改めて意を示した。
「ちょっと!頭を上げなさいよ!私が蓮に教えてってお願いしたんだから、蓮が全部悪いってわけじゃないじゃない」
「いや、教える立場の奴が、その場の成り行きだったとはいえ、監督責任を果たさなかったのは、許されることじゃない」
「大袈裟じゃない……?」
「そんなことはない。今回はこれで済んだからこうやって謝ることだってできる。ても、一歩間違えれば謝ることさえ出来なかったかもしれないんだ。だからごめん」
事実、今回の小規模のオーバードライブでも、アイリスを俺が受け止めれなかったら、どうなっていたか容易に想像できる。
だからこそ、俺は深く頭を下げ続けた。
「もう、いいって言ってるでしょ!?蓮にそんな態度とられたら困るわよ……」
「わかった。ならこの話しは終わりにしよう。俺はアイリスを困らせたいわけじゃないからな」
謝ってるのに、相手を困らせていたら本末転倒だ。
謝ることはできたし、次があるようなら、この失敗を次いかさなければ、 謝った意味がなくなる。
俺は、新たな気持ちで、気を引き閉めた。
「うん。なら話を変えるけど、服さっそく着替えてもいい?ずっとこの格好は恥ずかしいのよ」
「そうだな。それじゃ俺は部屋の外に出てるから着替えてくれていい」
「わかった。着替え終わったら呼ぶからどこも行かない出よね?」
「別に、どこかに行く予定なんかないんだが?」
「うっうるさいわね!いいから蓮は黙って待ってたらいいのよ!」
もはや、急に赤い顔で怒り出すアイリスは、見慣れてきたな。
見慣れる程怒ってるのもどうかと思うが、大体が怒っている理由もわからないから、俺にはどうすることもできない。
「わかった、わかった。待ってればいいんだろ?」
「そうよ。分かればいいのよ。分かればっ」
俺は、アイリスに背を向けて、片手を上げて手を振りながら歩き、扉を開けて部屋の外へと出た。
暫く部屋の外で、退屈な時間を過ごしていると、フードの中で隠された、肩にかけている師匠の刀に、手がいってしまう。
何もない時間があると、刀を握るのが癖になってしまっている。
無性に刀を振りたくなるが、こんな場所で振り回すわけにもいかず、俺は刀を握るに止め、握る手の力を抜いて、手から刀を離した。
「蓮。いいわよ」
そんなことをしていたら、部屋の中から俺を呼ぶ声が聞こえた。
どうやら、着替え終わったみたいだな。
「入るぞ」
短くそう言うと、扉を開けて部屋の中へ足を踏み入れる。すぐにはアイリスの姿は確認出来なかった。
さらに、奥へと歩を進める。
すると、ベットの近くには、新しいワンピースに身を包んだアイリスが、恥ずかしそうにしながら立っていた。
「……」
それを見た俺は、さながら産まれたての赤ん坊、伝えるべき言葉を何も知らないかのように、言葉を失ってしまった。
「黙ってないで何か言いなさいよ……」
「あー、なんだ。その、いいんじゃないか?」
結局口に出た言葉は、自分でもわかるほど、余りにも幼稚すぎた。
案の定、アイリスは機嫌を損ねた顔をしてしまう。
だが、言い訳をさせてくれるならば、俺にだって言いたいことはある。
何か気のきいたこと言ってやりたかったが、アイリスの姿が俺の想像の遥か高みへ登っていたがために、褒めようとした言葉の全てが色あせて、どれが最適かなんてわからなかった。
全体的には知的な雰囲気というか、町娘って感じなんだが、要所要所についてるフリルが、可愛らしさを演出していた。
アイリスは、容姿が優れているから、元の格好も当然似合ってはいたんだが、可愛いらしさよりは綺麗よりだった。
服が変わっただけで、こんなにも、印象が違って見えるものなのか、俺はこの日初めて女の変貌ぶりを目の当たりにした。
「はぁ~~、蓮に期待してた私が馬鹿だったってことね」
アイリスは、怒りから一転、落ち込んだように肩を落とす。
俺に何を期待してたのかは知らないが、妙に悔しさを感じるのはなぜだ。
「ブレスレットもつけたんだな」
さらに、何かを言われるよりも先に、話題を強引に変えていく。
不利な状況で無理に戦うよりも、そこを諦めて別の視点で見ることも大切だ。
何と戦っているのかは知らないが、そういうことにしておこう。
「当たり前でしょ?貰ったんだからつけるわよ」
貰ったからといってつける義務はないと思うんだが、そんなことを言えば、怒りそうな気がする。
ここは黙っておくのが正解だな。
「そうか。その方が俺としても嬉しいが、手に馴染まないようなら、魔力制御の妨げにもなるし、外していいからな」
いつもと違う違和感は、繊細な制御を必要とする魔力には、少なからず影響してしまう。
そういった装飾類が、体質に合わない人も、少ないが存在する。
「つけたことがないから、少しの違和感はあるけど、これくらいなんでもないわよ」
そう言って、両手を自分の腰に当てて、得意気な顔をしているが、先程まで魔力制御の失敗で、オーバードライブを起こして、気絶していたのを忘れてしまっては困る。
俺の不注意ではあるが、本人も慎重になってくれなければ、今後の事故に繋がりかねない。
「自信があるのはいいことだが、調子にのってオーバードライブを起こすなよ?」
「うっ!だっ大丈夫よ。次は慎重にやるんだから、そこまでのことにはならないわよ」
「だといいんだかな」
オーバードライブの認識が甘いと、取り返しのつかないことになるんだが、アイリスは、身をもって体感したわけだし、大丈夫だと信じよう。
そうやって二人で時間も忘れて話していると、ゆっくと窓から射し込む光は影に染まり、すっかり部屋の中は暗くなってしまった。
暗闇が辺りを包むと、直前まで話していたというのに、一瞬の静寂が俺達を飲み込んだ。
「明かりつけるわね?」
「そうだな。頼む」
薄暗い部屋の中で、アイリスが動くのを感じる。
部屋の明かりをつけるには、天井の魔器に繋がっている魔力回路に、魔力を込めれば、殆どの建物はそれで明かりがつくはずだ。
どこかに、天井の魔器に繋がった場所があるはずだが、俺は確認できていなかったから、どこにあるかはわからない。
俺と違って、アイリスはどこかわかっているはずだが、部屋が暗いせいなのか、なかなか明かりがつかなかった。
「アイリスまだか?」
「もうちょっと待って、確かこの辺に……あった!」
アイリスがそう告げて程無くすると、魔器がじんわりと輝きだして、部屋全体に明かりが刺した。




