27話
「聞きたかったのは今はこれだけだ。ごめんな。言いたくないこと言わせて」
「ううん。それよりなんで蓮がそんなこと聞きたがったのよ?」
「それは……なんとなくだ」
「なんとなくって何よ……せっかく話したのに」
アイリスは、怒ったように見せているが、どこか雰囲気は柔らかった。
助けられる確証もないのに、聞いた理由を言うわけにもいかない。
自分でも、なんとなくはないだろと思うが、それでもアイリスは、話したことを後悔したりはしてないようでよかった。
「だから謝ってるだろ?あっそうだった。謝罪ついでに、もう1つ謝ることがあった」
「まだ何かあるの?」
この顔を見るに、本当にわかっていないみたいだな。
それとも、本人はそれほど気にしていないのか?
「いや、ほら、服だめにしたろ?だから謝らないとって思ってな」
「えっ?服?」
アイリスは、まだわかっていない様子で、俺をとらえていた視線がゆっくりと降りていった。
そして、その視線はアイリス自身の体に固定される。
「……きっ!」
「きっ?」
「きゃあぁぁぁっ!」
突如、絶叫したアイリスが、右手を振り上げて、その右手が俺の顔面に襲いかかる。
「んっ!……危ないな」
俺は、前もって手が迫るだろう場所に、自分の左腕を差し出しそれを難なく防いだ。
かなり振りかぶっていたから、危うく頬に痛々しい手形がつくところだった。
「危ないな。じゃないわよ!そこは叩かれるとこでしょ!」
「そんなこと言われてもな。わかっていて叩かれにいくのは、結構勇気がいるんだ」
「わかっててって、言ってる意味わかんないわよ!もう……最悪……こんなことならお気に入りの下着……」
「なんだって?」
「なんでもないわよ!ばかっ!」
後半が聞き取れず、聞き返しただけなんだが、罵声を浴びせられたうえに、凄い眼光で睨まれてしまった。
やっぱり服をボロボロにされたのは、怒りに触れたようだ。すぐに怒らないから不思議に思っていたが、気づいていなかっただけだったか。
「そんなに大事な服だったのか?ごめんな」
半泣き状態になるまで怒るなんて、余程大切な服だったに違いない。
これじゃ、買ってきた服を渡したところで許してくれるかわからないな。
「それに怒ってるんじゃないわよ!」
「なに?なら何に怒ってるんだ?」
てっきり服のことで怒っているかと思ったら、どうやら違うらしい。
(他に何か怒ること……あっそういうことか)
「なるほど、その格好を見られたことを怒ってるのか?」
「~~!改まって言わなくていいわよ!う~~!」
アイリスは、唸りながら自分の体を両手で抱き締め、うずくまってしまった。
恥ずかしいのはわかるが、まじまじと見たわけでもないし、実際にはほとんど見れてはいない。
それを言ったところで、なんの証拠もないし、どちらにしても、本人にはそんなことは関係ないようにも見える。
「俺が悪かったって機嫌を直してくれないか?」
「知らない!蓮なってどっか行けばいいのよ……」
そんなことを口走るアイリスだったが、俺がなんて言おうか悩んでる間、俺がいるかどうか不安になったのか、それとも様子が気になったのか、何度も目元をまで顔を上げて、不安そうにうかがっていた。
あれで、バレていないつもりなんだろうか、アイリスはこんな状態だが、せっかく買ってきたんだし、機嫌が直るかは別として、渡すだけでも渡しておくか。
「アイリス、渡しておきたい物があるんだが、顔を上げてくれないか?」
「なによ……」
アイリスは、頬に空気を大量に詰め込みながらも、俺の言葉に従って顔を上げてくれた。
「これなんだけどな……」
俺は、恐る恐る袋から服を取り出して広げて見せた。
「……」
アイリスの反応を確かめるために、服の横から顔をだしてみるが、相変わらず頬に空気が詰まったままで、なんの反応すら見せてはくれない。
もしかして、気に入らなかったか、そんなふうに不安が遅い始めた頃、変化はおきた。
まず、アイリスの頬に貯まっていた空気が、ゆっくりと口から抜けていき、萎んでいく。
そして、睨むようにしていた目が、段々と大きく見開いていった。
「アイリス……?」
突然の変化についていけなかった俺は、問いかけるようにして声をかけるしかなかった。
すると、それを合図にしたかのように、アイリスの瞳から涙がポロポロと流れていく。
「うっうぁぁー!」
「どうした!?」
せっかく泣き止んだばっかりだったというのに、なんで急に泣き出したんだ。
俺が悪いのか?俺はただ服を見せただけなんだが、何がいけなかったんだ?
やっぱりこの服か、この服がいけないんだな。
「わっ悪かった。気に入らなかったならまた買うからこの服は返品できるか聞いてみるから大丈夫だ」
俺は、泣き止まないアイリスを泣き止まそうと、慌てて服を袋にしまおうとした。
「だめーー!!」
「えっ?」
俺は、アイリスが動くのをわかっていたのにも関わらず、その行動の心意がわからず動くことができなかった。
アイリスは、急に叫びながら立ち上がって、俺が袋に戻そうとしていた服を、俺からもの凄い勢いで奪いさってしまった。
そして、訳のわからない俺は、未だ動けずかたまっていた。
「えーと、その服返品しようと思っただけなんだが……」
「……!」
俺の言葉に過剰に反応したアイリスが、服を離すまいときつく抱き締め、俺を威嚇するように泣きながら睨んできた。
泣くのか怒るのかどっちかにしてほしいんだが、おかげで余計に何を考えているかがわからない。
「それ、気に入ったのか……?」
自分から、気に入ったのかどうかを聞くほど恥ずかしいこともないが、アイリスがこんな状態では俺から聞いていくしかない。
すると、アイリスは小さくだが、首を縦に振ってくれた。
気に入ってはくれてたみたいだな。選んでくれたあの店員には感謝しないと、少し面倒だったことは、これで忘れてやろう。
「これ……蓮が選んでくれたの?」
「あー、そうだ。俺がアイリスに似合うと思って買ってきた」
つい違うと否定しそうになったが、直前で店員の言葉を思い出した。
嘘をついたことに、若干の罪悪感があるが、俺には女の喜ばせ方なんかわからないし、おとなしく従った方がいいだろう。
これでよかったのかは、難題すぎてわからない。けど、その答えはすぐにわかった。
「そうなんだ……蓮が……」
アイリスは、涙で頬を濡らしながら、満面の笑みでその難題に答えてくれた。
嘘をつくのは好きではないが、こんな嘘ならついていいのかもしれないな。
「そういや、もう1つあげる物があったんだった」
「……?」
不思議そうに首を傾げるアイリスの前で、俺は思い出した物を袋から探って取り出す。
それは、服を買う時に目についたから買ったブレスレットだ。
そういや、服とは違ってこっちは本当に俺が選んだ物だった。
せっかく喜んでいるところを、がっかりさせたりしないだろうか、今になって取り出したことを後悔し始める
後悔したところで、今更引っ込めるわけにもいかないし、時既に遅し。
まぁ、渡なかったら渡さなかったで、使い道なんて俺にはないんだけどな。
俺は、諦め半分でブレスレットを差し出した。
「こっちは気になって買っただけなんだが」
思わず、言い訳のようなことを口走るあたり、自分の自信の無さが表れているようだ。
予防線を張っておけば、駄目だった時のダメージが最小限で済む。
でも、なぜだろうか、仮に気に入られなかったとしても、なんの問題がある?
俺は、なんでこんなに一喜一憂しているんだ。
ただ事務的に渡せばいいだけじゃないのか、謝罪の意図が伝われば問題はないはずだ。
駄目だ。いくら考えてもわからない。
ともかく、もう気にするのはやめよう。さっさと渡していつもの俺に戻るべきだ。
「これもくれるの……?」
アイリスは、壊れた魔動人形のように、何度もブレスレットと俺の顔を交互に見比べた。
「貰ってくれるとありがたいな。俺が持っていてもつけることはないだろうし」
ブレスレットなんて物をつけていたら、刀を振るのに邪魔になるだけだ。
魔導銃ならたいして邪魔にもならないだろうし、アイリスがつける分には支障はないはずだ。
「ありがとう……私貰い物なんて家族以外じゃ何年もなくて、泣いちゃって馬鹿みたいよね」
そんな自虐的な発言をしながらも、俺からブレスレットを、壊れ物を扱うように受け取った。
これだけ喜んでくれるなら、面倒な思いまでして買ったかいがあったな。
俺は、アイリスの反応に、そっと胸を撫で下ろすような気持ちで、小さく口元を綻ばせた。




