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ゼロのアムニション  作者: ななし
26/48

26話

「もう大丈夫なのか?まったく、突然泣き出すから驚いたろ」



「うっうるさいわね。そんなに泣いてないわよ……」



泣いたのが恥ずかしいのか、いつもより声は控えめだ。

でも、調子も戻ってきたようだし何よりだ。


話も出来そうな状態のようだし、手を貸すと決めた以上聞かなければならないことがある。

せっかく調子が戻ってきたのに、俺としてはあまり話したくない内容なんだが仕方ない。



「なぁ、アイリス」



「なっなによ?」



「いや、警戒しなくても泣いていたことについてはもういいんだ。それよりも、聞きたいことがある」



「聞きたいこと?」



「ああ、奴隷堕ちに関してなんだが、誰が奴隷になるかは決まっているのか?」



アイリスの話を聞く限り、アイリスには、母親と妹がいるはずだ。

違約金の支払い義務は家族全員にかせられるが、全員が奴隷になる必要はない。


もちろん。全員が奴隷になればそれだけ早く開放されるだろうが、それを選ぶ権利は相手側にある。


仮に、アイリスじゃないとしても手を貸すが、相手が誰を望んでいるかでも、それとなく思惑がみてとれる。



「私よ……」



目を伏せて短めに返答を返すと、途端に暗い顔になってしまった。


話したくないとは思うが、聞いておかなければ、何も始まらない。


相手側が、アイリスを求めているとなると、事態はあまりよくはない。


3年程の奴隷堕ち、母親であったなら、働き手を望んでいる可能性もあった。


けれど、まだ働き手としては未熟であるアイリスを、3年という微妙な期間で、欲しがる理由は1つしかない。


アイリスは、女だから力仕事は望まれていないだろう。

そうなれば、依頼人の夜の相手をさせられるか、そのまま売りに出されるかだ。


借金奴隷は、借金に相当する価値がある。

そのため、依頼人は奴隷の契約を他人に移すことができるようになっている。

奴隷よりも金を返してほしい人間も、少なからずいるからだ。

売りに出された場合、アイリスのように容姿がよくて、若い女はすぐに買い手がつくだろう。

どちらに転んでも、女性としては最悪の結果が考えられる。

例え借金奴隷であったとしても、奴隷の扱いは犯罪者である。

命に危険を伴う行為以外は、何をやっても罪には問われない。

妹を選ばなかったのはまだ若いと思ったか、つまり、依頼人は男の可能性が高くなった。


それと、気になるのが異常と思える違約金だ。

こんな違約金がかかっている依頼を、ギルドが正規で許可するとは思えない。

つまりは、完全に個人的な依頼ってことになるが、アイリスの父親は、どこの奴ともわからない奴に、こんな依頼を提示され、承認するほど自信家だったんだろうか?


それとも、違約金の金額を見ずに受けたのか、どちらにしても不用意すぎる。


父親に依頼をしたのは誰なのか、そしてこの異常な違約金、 何かあると思わない方がおかしい。

おかしいんだが、それが何かまではわからない。


何かあるにしても、今は違約金をなんとかすることが優先だ。



「話したくないとは思うが、もう1つ質問に答えてくれ」



「……大丈夫なんでも聞いて」



何が大丈夫だ。無理に笑っているのがバレバレだ。

俺は、聞くのを躊躇しそうになる、だけど、アイリスのためだと思って、無理矢理声を絞り出す。



「それじゃ聞くが、アイリスの奴隷堕ちまで後何日なんだ?」



「……どうしても言わないとだめ?」



「ああ、どうしてもだ」



それから、永遠にも思えるような沈黙が続いて、俺はアイリスが話し出してくれるのを黙って待ち続けた。



「……二日後の夜」



「……!」



それは本当に唐突で、余りにも短い猶予だった。

自分の耳を疑いたかったが、アイリスがポツリと呟いた言葉は、俺の心に突き刺さるほど、耳から脳に直接染み込んできた。


俺は、動揺も隠せずまま言葉を失ってしまう。


そんな俺の様子を見かねたのか、アイリスは必要以上に笑顔を見せた。



「蓮に、気を使ってほしくなかったから言わなかったのよ。ごめんね」



「それじゃもう……」



借金奴隷の場合は、一定の金額を期間までに支払えば、奴隷堕ちすることはない。

そして、この支払い期間の中には、仮奴隷期間というのが存在する。

支払いが一定の金額に達していない場合、支払い期限の1週間前には奴隷堕ちが決まってしまうんだ。


これは、期限ギリギリまで粘った場合、身辺整理も出来ずに強制連行されるためだ。


これを覆すには、違約金を全額支払わなければならない。


俺は馬鹿だ。俺が思っているよりも、アイリスの状況はよくなかったんだ。

アイリスは、仮にとは言っても、既に奴隷堕ちが決まっていたんだ。


何が手を貸してやると決めただ。

何も知らなかった奴が偉そうに何を思っていた。

この期に及んでまだ、希望的観測をしていたのか俺は、見積もりが甘かった。この状態になっているなら、もはや俺が今ある金を全額出したところで、時間稼ぎにすらならない。


全額稼ぐにしたって、どんな報酬のいい危険な依頼をやったって、二日では到底不可能な金額だ。


俺にはどうすることもできないのか?全額支払うことは物理的に不可能だ。

領主に頼んでみるか?いや、領主は既にアイリスのおかれた状況を知っているはず、それでも何もしていないのだから、頼んだって無駄だろう。


冷静になって考えてみれば、領主がアイリスを助けられないのも仕方ない。

アイリスを助けるには、けして安くはない金額を支払うしかない。

個人にたいして住民から徴収しているお金をそれだけ使えば、反感を買う可能性だってある。


立場ある人間は、道徳的にはいいことであっても、自由にできない生き物だ。


領主が頼れないとなると、全額の支払いは、無理と思った方がいい。


それなら、俺にやれることは、この異常な金額を提示した依頼人を探し出すことと、なぜこうなったのか原因を探るしかない。


二日とはあまりにも短すぎる。けれど、嘆いていても仕方ない。

やれるだけのことやって駄目なのと、何もやらずに駄目なのとではまるで違う。

今は少しでも可能性が生まれるようにするしかない。



「蓮が思ってる通り、私はもう奴隷堕ちが決まってるのよ。でもね、私はこれでいいと思ってる」



「なんでだ?奴隷堕ちすれば何をされるかくらい想像できるだろ!」



諦めた目をしているアイリスが、自分に見えて仕方ない。

俺は昔の自分に問いかけるように叫んでいた。



「蓮は私に想像させたいの?」



「……!ごめん。今のは軽率だった忘れてくれ」



つい叫んでしまったが、当事者であるアイリスが、何をされるか想像しないわけがなかった。

それなのに、わざわざ想像させるようなことを言うなんて、どうかしていた。


でも、それならなんで、これでいいなんて言えるんだ。



「ううん。今のは私も意地悪だった。ごめんね。私がこれでいいって思うのは、ママと妹が助かるからよ」



「アイリス……お前……」



「だってそうでしょ?私がいたからママと妹は助かる。弱い人を守るのが、私が目指してる冒険者なんだから」



「……そうか、アイリスはもう立派な冒険者だな」



「でしょ?」



アイリスは、そう言って最後まで笑って言ってのた。

さっきまで、あれだけ泣いていたとは思えないほど、覚悟のある目をしていた。

それを見てしまったら、俺にはとやかく言う資格なんてなかった。

いったいどれだけの月日をかけて、どれだけの苦悩を重ねて、その気持ちに至ったのか、どれだけの覚悟をもって、それだけの言葉が言えるのか、それを前にして、誰が軽々しく諦めるななんて言えるだろうか、それがアイリスの決めたことなら、その道を進めばいい。


ただ、その道の先に俺という障害物があって、方向転換せざるおえなかったとしても、文句は言わせない。


必ず助けられるだなんて、無能な俺には言えないが、最後まで味方であり続けてやることなら胸を張って誓える。


俺は、可能性が残り続ける限り、俺を救ってくれた師匠のように、最後までアイリスを裏切らず、足掻いて見せると誓った。

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