24話
「あの、少し聞きたいことがあるんですが……」
俺が声をかけると、男は少し考え込むようにしながら、俺の顔を暫し眺めた。
「んー?……知り合いってわけじゃないみたいだな。なんだい?」
どうやら、知ってる顔かどうか見ていただけみたいだ。
男だからありえないとは思うが、これで好みじゃないだの言ってこられたらとりあえず殴っていたかもしれないな。
気にしてるわけではもちろんないが。
そんな俺の思考など知るよしもないだろう男は、いつの間にか、こちらを怪しむように目を細めていた。
「すみません。考え事してて、服屋がある場所を教えてほしいんですが、わかりますか?」
男は、理解したのか表情を戻して、指を指した。
「そっちの方に真っ直ぐ行くと、噴水のある広場に出るんだ。そしたら3つに道がわかれているから、広場に入って一番右側の道を真っ直ぐ行くと見えてくるはずだよ」
「ありがとうございます。助かりました」
俺がお礼を言うと軽く手をあげただけで、その場から歩き去ってしまった。
お掛けで道もわかったし、夕暮れまでには帰れそうだな。
それから、しばらく男に言われた通り真っ直ぐ歩いていると、遠くに噴水が見えてきた。
そこまで大きな噴水ではないが、広場の周りは木々が植えられ、中央にある噴水が一つのオブジェのようで、広場全体が一帯となっているようだ。
「こんな場所もあるんだな」
噴水の近くまで来てみると、心なしか涼しさを感じる。
なんとなくだが癒されたかもしれない。
目的は違うがいいものが見れたし、感じれてよかった。
少し目的も忘れて歩いていると、右側に道があってそれが街中まで続いてるようだった。
「ここを行けばいいんだな」
俺は、迷うことなくその道を通り、どことなく古風な家々を眺めながら、服屋の看板を探して歩いた。
「ここか……思っていたより小さい店だな」
しばらく歩いた先にその店はあった。
ディネという店名らしい。
俺が知ってる服屋というのは、これの3倍くらいは大きかったはずだが、人工が少なければそれほど大量にもいらないだろうし、これが普通なんだろう。
店が小さいのは特に問題ではないが、こうなると同じような服がある可能性は低くなってしまった。
不安はあるが、ここまで来たからには、手ぶらで帰るのは気が引ける。
アイリスが気に入らなかった時は、1着選ばせて買ってあげればいいか、とりあえず、俺の選んだ服がどんなにだめでも、あのボロボロになってしまった服よりはましだろう。
そんな意味のない言い訳をして、俺は服屋の扉を開けた。
中に入ると、狭い店内の所々に、服が飾られていた。
店内が狭いからか、壁一面にも服が立て掛けれている。
さっそく服を探そうと思い近場を見ると、服よりも先に小物に注目がいった。
服屋ではあるようだが、小物も売っているようだ。
装飾品から、なんの生き物かわからない形の置物まである。
小物を売っている店によくあることだが、誰がこんなの買うんだって物が一つはあるんだよな。
俺は、なんとなく目についたブレスレットを手にとってみた。
「確か、女に何か悪いことをしてしまったら、装飾品でも買っておけとか言ってたな」
アイリスが喜ぶかはわからないが、見た目ほど高くはないし、これもついでに買っておくか。
そう決心して、手にブレスレットを持ったまま、本来の目的である服を探す。
だが、肝心の服がどれにするのかすぐに決まらない。
女物の服なんか買ったことすらない俺には、この試練は難しすぎる。
だめでもまた買えばいいんだが、どうせ買うなら微妙な顔はされたくない。
そんなふうに悩んでいると、狭い店内じゃ、同じ場所を行ったり来たりすることになってしまう。
「あの、お客様なにかお探しでしょうか?」
そんな俺を見かねたのか、女の店員が話しかけてきた。
そこで、俺はようやく気づく、よく考えてみれば、何も自分で選ばなくちゃいけないわけでもなかった。
それに店員は女だし、俺が選ぶよりもずっといいに決まっている。
そうと決まればもう悩むことはない。
「女性にあげるワンピースを探してるんですが、なかなか決まらなくて」
「あら、彼女さんですか?」
「えっ?いや、顔見知りって程度なんだが……」
予想していなかった質問に、つい素が出てしまった。
俺の質問だけを聞けば、そう勘違いされるのは必然だった。
「あー、わかりました。好きな子に贈り物をしたいってことですね!」
何を勘違いしてるのか、俺に意味深にウインクを送る女。
ただの顔見知りだと言ったはずなんだが、聞いてなかったのか?
「いや、だからただの顔見知りだ」
「はいはい、わかってますよ。そんなに恥ずかしがらなくても、好きな子に贈り物をするのは素敵なことですよ!」
「いや、だから……」
「大丈夫です!私に任せておいてください。必ずその子がときめく服を選んで見せます!」
ダメだ。こいつまったく話を聞いちゃいない。
これなら、まだ自分で服を選んだ方がよかったかもしれない。
むしろ、店の選択を間違えたか、まぁ他に服屋があるのかは謎だが。
「はぁ……もうそれでいい。何か服を選んでくれ」
もはや店員の態度が面倒になった俺は、素を丸出しにすることにした。
そんな俺の態度の変わりように、まったく動揺した様子もなく、店員はぐいぐいと俺に迫ってきた。
「それで、その子はどんな子なんですか?特徴を教えてもらえると選びやすいんですが!」
「ちっ近いぞ……そうだな……」
俺は後退りながらアイリスの特徴を述べた。
その間、店員の瞳が輝いて見えて、なぜか無性に殴りたくなり、その沸き上がる怒りにも似た感情を、抑えるのが大変だった。
しばらく考え込むようにして、服を選んでいた店員が、決まったのか一着手にもって近づいてきた。
「こちらのレースアップドッキングワンピースなどはどうでしょうか?」
店員が持ってきたそれは、ブラウスを重ね着したような、腰の辺りと胸元から中央にかけて、フリルが添えられた服だった。
上品な感じなグレンチェックは、知的な雰囲気が漂ってる。
ふんわり広がるスカートが可憐なシルエットをかたどっている。
確かに、これをアイリスが着れば似合うとは思うが、本人が喜ぶかは不明だ。
「俺に聞かれても正直わからないからな……それがいいって言うならそれを買う」
「もうー、そんな態度じゃその子に嫌われちゃいますよ?」
「だから違うと言って……」
「黙ってください!いいですか?これを買うにしても、私が選んだなんて言ったらだめですからね?自分で悩んで買ったって言うんですよ!?」
「おっおう……」
あまりの剣幕に、なぜか自分が悪いかのように感じてしまった俺は、納得してもいないのに頷いてしまう。
「女の子は気になる異性からは貰った物よりも、その人がどれだけ悩んでくれたか、その時間が嬉しいんです!」
「いや、気になってもいないと思うんだが……」
「だったら尚更印象よくしないとだめです!なんとなくこれにしたとかもだめですからね!?ちゃんとこれが似合うと思ったことを伝えるんです!」
「わっわかった……」
「そもそも、なんで男の人はこう……」
店員はもはや一人で語り始め、そのまま夕暮れ時になるまで訳のわからない指導をされた。
途中愚痴も混じってはいたが、長すぎてどんな愚痴だったか覚えていない。
一応、誤解を解こうと何度か試みてみたが、一切の誤解を解けることなく、あらもうこんな時間、なんて言って勝手に話を終わらせられ、押し付けられるように、店員から服を受け取って代金を支払った。
その後、店を出る時は店員に見送られ、背中から頑張ってと謎の応援を受けた俺は、複雑な心境で店を後にした。




