22話
「動いてないんだから集中を切らすな」
「そんなこと言われたって、空気中の魔力を感じながら魔力制御するのって難しいわよ!」
アイリスは、さっそく俺が教えてやったことを試していた。
なかなか上手くいかないようで、普段からやっている魔装術式より乱れている。
難しいのは当たり前で、同時にまったく異なる魔力を感じながら、自分の魔力だけを制御するのは、混乱してしまう。
これを上手くやるには、空気中の魔力を感じることは、無意識にできるようにならないといけない。
今は慣れなくてむしろダメになっているように思えるが、今後の成長を考えたら必要不可欠だ。
(それにしても……俺とは大違いだな)
俺が空気中の魔力を感じれるようになるのに、半年以上かかった。
それを、アイリスは言われてすぐにやれた上に、荒いながらも魔力制御できている。
才能なんてものはもう求めちゃいないが、こうやって目の当たりにすると、複雑な気分になってしまうのは、どうしようもない。
「これに関しては、慣れるまで繰り返しやるしかないからな。俺がいなくてもやれることだし、後は自分一人の時にやるといい」
「ふぅ……思ったより疲れるわね。蓮の言う通りすぐには出来そうにないから、今はやめておく」
アイリスは、わざと集中を切らしたのか、魔装術式が解除された。
この調子なら、数ヶ月あれば魔装術式は完璧になるかもしれない。
「それじゃ次はいつもやってるやり方でいいから、魔装術式を発動させてくれ」
「これでいいの?」
こちらは鍛錬を欠かさなかった成果が出ていて、慣れているのか、アイリスは自然に魔装術式は発動させた。
「それでいい。さてと、もう1つ大事なことを教えてやる」
「大事なこと?」
小首を傾げるアイリスにたいして、俺は頷いて見せる。
「俺が教えたやり方で魔装術式を発動させて、完全に制御出来た場合、それで完璧な魔装術式になるのはわかったな?」
「まだ出来てないから実感はわかないけど、原理は理解したわよ」
「原理がわかっているならそれでいい。次に教えるのも一人での鍛錬が必要だが、大事なことだから教えておく。魔装術式の派生技、魔装移転をな」
「えっ?まそう、なに?」
「魔装移転だ。その様子じゃ聞いたこともないみたいだな」
「ちょっと待って、魔装術式に派生技があるだなんて私じゃなくたって知らないわよ!?」
アイリスの新鮮に驚く反応を見てると、如何に師匠がでたらめだったのかがわかるな。
それもこれも、刀なんて代物を使っているからこそ、辿り着いた境地なんだろうが。
「知らないのは当然だ。魔装術式ができるようになったら、アイリスならまず何をする?」
「何って、魔術を覚えるわよ。魔装術式だって大変なんだから、術式を完成させるのなんて、エルフが作った魔術の言語を使って、さらに起きる事象を正確に紡ぐことが必要なんでしょ?」
「その通りだ。だからこそ魔導銃で魔術を使う人間において、より多くの魔術を学び使えるように昇華させていくのが、一般的な鍛錬のやり方だ」
「それはわかるけど、魔装術式とそれとなんの関係があるのよ?」
「わからないか?魔装術式が出来るようになったら、誰もがより多く、より難しい魔術を習得しようとして、それ以上のことを、魔装術式に求めない」
何事にも1つの答えがあって、それが正解だと誰もが言ったのなら、例えそれが正解ではないとしても、人はそれを答えとして認識する。
魔装術式を使えるようになると言うことは、魔力の制御を覚えたに等しい。
魔力の制御ができるようになれば、魔術習得することに繋がる。
それが1つの答えの形、そして人が一歩他よりも前に進み出るには、人と同じことをしていても意味がない。
気づきそうで気づかない僅かな矛盾に気づく着眼点、いろんな事柄に疑問をもって追求できる探求心、それがあるかないかで、人という枠にはまってしまうかどうかが決まる。
魔装術式の派生技、魔装移転は、刀という一つの魔術しか記憶出来ない武器だからこそ、師匠は気づけたのかもしれない。
複数の魔術を習得することが、刀にとっては重要ではないからだ。
師匠は俺以外に教えたことはないと言っていたが、もしこれが魔導銃を使う人間に知られていったら、飛躍的に戦闘は向上するだろう。
もしかすると、大っぴらに教えない方がいいのかもしれないが、特別秘密にしようとも思わない。
それが戦闘が向上して、魔物との戦いの危険度が下がるなら、むしろ望むべきことだ。
悪用されなければいいんだが、少なくともアイリスは悪用したりはしないだろう。
「えーと、つまり蓮は魔術ばかりに気をとられたらだめで、魔装移転っていうのをやった方がいいって言ってるのよね?」
「そうだな。俺はそう思ってる。もちろんこれが最善なのかはわからないが、これをやれるようになることで、魔術にも効果的なはずだ」
魔装術式は魔術の基本、それを極めていけば、必然的に魔力制御は上手くなり、魔術を使う上でもいい影響を与える。
「蓮と言いたいことはわかった。なら、その魔装移転って言うのがなんなのか教えてくれる?」
一般的なやり方とは違うのに、本当にそれで大丈夫なのかだとか、疑問をまったく感じさせない顔だな。
信頼されているのか、それとも単に単純なだけなのか。
「見せた方がわかりやすいだろうし、やって見せるから俺の魔力の流れをしっかりと見て感じろ」
「わかった。やってみる」
アイリスは、そう言って真剣な眼差しを俺に向けた。
俺は一呼吸の後、全身にめぐらせていた魔力を、両足に移転させていく。
その状態を維持したまま、脚に力をいれて、アイリスの背中側に回り込む。
「きゃっ!……何今の……」
俺はただ背後に回っただけだが、アイリスには俺が通常なら有り得ない速度で動いたように見えただろう。
予想だにしてなかったのか、悲鳴まであげて後ずさっていた。
「これが、全身にめぐらせている魔力を必要な箇所にだけ移転させる魔装移転だ」
「これが魔装移転……蓮の魔力が全身から脚に移って行くのを感じたと思ったら、急に有り得ない速度で横切るからびっくりしたじゃないのよ」
アイリスが、少し不満げに眉間にシワを寄せてしまった。
言われてみれば、事前に少し説明しておくべきだったかもしれない。
「ごめんな。そんなに驚くとは考えてなかった。それよりも俺の魔力はどんなふうに感じた?」
「どんなふうにって……そうね。なんだか重い感じがしたわよ」
「ちゃんと感じれたみたいだな。なら、通常ただ魔装術式を全身から発動させた場合、どんな効果があるかわかるか?」
「それくらいわかるわよ。身体能力の向上に、暑さや寒さの耐性、魔力の障壁によるダメージの軽減でしょ?」
「その通りだ。ならそれを踏まえた上で、魔力を必要な箇所にだけ移転させた場合どうなるか、見せたからわかるよな?」
アイリスは俺が質問すると、目を大きく見開いた。
「もしかして……移転させた場所の身体能力が飛躍的に伸びるの?」
「正解だな。つまり、魔術移転ってのは、本来全身からでる魔力を、必要な箇所に集めることによって、部分的な飛躍的向上を可能にする。術と言うよりは小手先の技だ」
「……それ簡単にやってるように見えるけど、かなり難しいわよね」
俺の魔力を集中して感じていたために、自分でやる前からこれの難しさに気づいたようだった。
そう、アイリスの言う通り、これはかなり難しい。
全身から魔力を出して制御しているんだから、簡単そうにも思えるが、こうイメージしてほしい。
重い荷物を持つ場合、腕や足全身を使って落ちあげれば、最も楽に持ち上げることができるだろう。
なら、重い荷物を他の体の力は使わないで、片手だけで持ち上げようとした場合、それは楽と言えるだろうか?
感覚は少し違うが、つまりはそういうことだ。




