21話
「宿屋の裏は庭になってたんだな」
「そうなのよ。パパとよく鍛錬してた場所なの」
強引に手を引かれて程無くして、宿屋に戻ってきた。
最初はなんか必要な物でも取りに来たかとも思ったが、宿屋に裏に連れていかれ納得した。
そこまで広いわけではないが、二人で鍛錬するのに狭いということもない。
数年も客がいなかった割には草が生え放題じゃない。
よく見れば草がまったく生えていない場所だってある。
あの場所は苅られたというよりは、地面が磨り減って草ごとなくなったように思える。
「やけに綺麗だが、昔だけじゃなくて、最近もここで鍛錬してたんじゃないのか?」
「うん。たまにここで鍛錬しないと落ち着かなくて来てるのよ」
どこか物悲しく見えるのは気のせいじゃないんだろうな。
まぁ両親と過ごした場所なら、それも仕方ないのかもしれない。
俺にはその感情は理解できないが、師匠は親代わりでもあったけど、どちらかと言えば師匠としての思いが強い。
今更、アイリスのように大切に思える本当の親がほしいとは思わないが、そんな親をもった人の気持ちを理解できないのは、寂しい気がするのも確かだ。
そういや師匠の親については聞いたことがなかったな。
俺の中では踏ん切りをつけていたつもりでも、どこかにそんな話題を避けたい思いがあったのかもしれない。
「アイリスは両親が大切なんだな」
「自分の両親なんだから当たり前じゃない。蓮だって……あっ、この話題は聞いちゃだめなんだったわよね。ごめんね」
「いや、今のは話をふった俺が悪い。この話題はやめにしよう。それより時間も限られてるしさっさと始めるか」
「それもそうね。じゃあ先生よろしくお願いします」
そう言ったアイリスの顔は明らかに俺をからかっている。
「誰が先生だ。真面目にやらないと教えてやらないぞ」
「ごめん!ちゃんと真面目にやるから教えてっ!」
教えてもらえないのがそんなに嫌なのか、そんなに必死に謝らなくても本気で言っちゃいないんだけどな。
「まったく、まぁ教えると言っても、基本的なことしか教えられないが、それでもいいのか?」
「うん。それでいいから教えて」
無能な俺が誰かに教えることになるなんて、人生わからないものだ。
「じゃあまずは質問だ。魔術の基本中の基本が何かわかるか?」
「そんなの魔装術式に決まってるでしょ?」
「半分正解だな」
「半分?パパは魔装術式は魔術の基本だって言ってたわよ?何が間違ってるのよ」
目立った魔術ばかりに目がいくなかで、基本をしっかり娘に教えていたアイリスの父親は、それなりに優秀な冒険者だったんだろう。
けれど、師匠の教えはその前の段階がある。
「それはな。魔力を感じることだ」
「魔力を感じる?」
「そうだ。それもただ感じるだけじゃ意味がない。魔力を体の一部として捉えて、呼吸するのと同じくらい当たり前にならなくちゃならない」
「ちょっと待ってよ。魔装術式を発動させたら嫌でも魔力は感じるわよ?」
確かに、アイリスの言う通り、魔力を制御することで可能とする魔装術式は、魔力を感じせずしては不可能だ。
「だから半分正解なんだ。アイリスは大気中にも微量ながら魔力が存在しているのは知ってるか?」
「それは知ってるわよ?」
「なら、その魔力を感じたことはあるか?」
「えっ?そんなの自分の魔力制御に必死で考えたこともないわよ」
やっぱりそうか、何もアイリスだけがそうだってわけじゃない。
魔術を使う多くの人が、アイリスと同じように自分の魔力しか感じようとしない。
なぜなら、空気中に存在する微量な魔力を自分の魔術に使うことはできないからだ。
魔力には人それぞれ僅かな違いがあり、自分と違う魔力を組あせることはできない。
だから、誰もが空気中に存在する魔力になんて見向きもしない。
「それじゃ俺が見本を見せるからよく見てろ」
「うん。わかった」
俺は空気中の微量な魔力を感じつつ、自分の中に眠る魔力を解放させる。
すると、俺の体の形に合わせるように、魔力が全身を包み込む。
「綺麗……」
アイリスが何か呟いた気がするが、俺は集中を切らさずそれを維持する。
これが、魔術で最初に覚える魔装術式。
「これを見てどう思った?」
何やらボーとしているようだったアイリスに声をかけると、何やら顔を赤くしてうつむいてしまった。
「えっと……全然乱れがなくて完璧な魔装術式だと思うわよ」
「俯いててわかるのか?ちゃんと見てたんだろうな?」
せっかく見せてやってるのに、本人が見てなかったらただのやり損だ。
「ちゃ、ちゃんと見てたわよ!地面が急に気になっただけよ!ふんっ!」
何やから怒っているようだが、顔は上げないんだな。
まぁちゃんと見てなかったからって、もう一度はしてやらないが、本人が見ていたって言ってるしやるだけやるしかない。
「なんで怒ってるんだ……。まぁいい、それじゃアイリスもやってみろ」
「私も?蓮の見てからだと凄くやりにくいんだけど……」
アイリスはもう凄く嫌そうな顔をして、何やら躊躇している。
やってくれないと話が進まないから早くしてほしいんだが。
「やめるか?」
「やっやめるなんて言ってないでしょ!やればいいんでしょ!やればっ!」
そんなに怒っていて頭が痛くなったりしないんだろうか、よく疲れないな。
んで、怒りながらもちゃんと魔装術式を発動させるのか。
「アイリスの年齢にしてはよく出来てるが、まだまだ乱れが激しいな」
「それって皮肉?蓮と年齢ほとんど変わらないの知ってるわよね?」
悔しそうな顔をしたかと思えば恨めしそうな顔をするアイリス、気持ちは分からなくはないが、皮肉ではないんだけどな。
「まぁ聞け、俺とアイリスの魔装術式の違いが何かわかるか?」
「……魔力制御の差じゃないの?」
「そうだな。だけどそれだけじゃないんだ。ここでさっき言ってた空気中に存在する魔力が重要になる」
「どういうこと?」
「んー、そうだな。空気中の魔力を自分の魔力に組み込むことができないのは知っているな?」
「そんなの組み込もうとしたって反発しちゃうから当たり前でしょ?」
「そう、それが正解だ」
「えっ?」
答えを言ったアイリスには、まだ理解はできていないようだった。
「空気中の魔力を組み込もうとすると反発する。つまり空気中に存在する魔力と自分の魔力は相反するわけだ」
「それはそうよね。そこまではわかるわよ」
アイリスは小さく俺の言葉に相槌をうつ、そこまで理解していれば後は簡単だ。
「ならどうして、空気中に存在する魔力を無視して、魔力を制御なんてやるんだろうな?」
「あっ……」
もうアイリスにはわかったようだが、俺はあえて説明を続ける。
「空気中の魔力と自分の魔力は相反する。だから、微量ではあるが間違いなく、空気中の魔力が反発することで、魔力の乱れを起こしてるんだ」
「そういうことね……なら空気中魔力の反発に合わせる形で自分の魔力を制御できれば……」
「完璧な魔装術式を発動できるってことだ」
「凄い……そんなこと聞いたこともなかったわよ……ねぇ、蓮って何者なの?」
アイリスは驚きすぎてなのか、目が点になっているが、これは別に俺が凄いわけではなく、師匠が凄いってだけだ。
師匠の言葉を代弁するなら、強さを求める上で、如何に無駄を見つけて省けるかは、1分1秒を争う戦いの中では生死を別けると言っていた。
俺はあれだけ長い間師匠と共に過ごしたのに、師匠の過去のことはあまり知らない。
俺が聞いてもはぐらかすだけで、何も話しちゃくれなかった。
師匠が教えてくれることは、他の人がやらないようなことも多く知っていた。
初めは誰もがそうしているんだと思っていたが、師匠と各地を回る度に、師匠が他とかけ離れていることに気づかされた。
師匠が何者なのか知りたい気持ちはある。
だけど、俺にとっては師匠は師匠であり、それ以上でもそれ以下でもない。
師匠が過去に何をしていて、どんなことがあったかなんて、聞いたところで何も変わらないと思っている。
師匠に会えたら今まで聞けなかったことを、聞いてみるのもいいかもしれないな。
それで、はぐらかされたらされたで、師匠らしくて納得してしまいそうだ。
師匠を早いところ見つけ出して、いきなりいなくなったことに文句の1つでも言いたいな。




