20話
「アイリス、いい店を教えてくれてありがとな」
俺はアイリスの分の料金も支払い終えて、アイリスと共に店を離れた。
アイリスがコカトリスの肉を食べた時よりも、アプカルジェラートを口に入れた瞬間の方が幸せそうに見えたのには笑ってしまったが、師匠によれば、女って生き物は甘いもを食わせておけば大抵はなんとかなるらしい。
俺にはいまいち理解できなかったんだが、なんとなく師匠の言いたいことがわかった気がする。
「ねぇ……ねぇてば!」
「うおっ!」
歩きながら物思いにふけってしまった。
どうやらいつからか呼ばれていたようだ。
「悪い。少しボーとしてた」
「もう、歩きながらボーとするのは危ないから気をつけてよね……ってそんなことが言いたかったんじゃない。本当にお金払わせちゃってよかったの?」
もうそんなことは忘れているかと思うくらい、美味しそうに食べていたのに、実際に俺が払うとなると気が引けたのか、店を出る合間にも同じことを言われた。
「ついさっき気にするなって言ったばかりだろ?美味しかったんだからそれでいいんだよ」
「だって……蓮と出会ったのなんて今日なのよ?私にそこまでしなきゃいけない理由なんて蓮にはないのに」
言われてみれば、今日出会ったばかりの人に対して、そこまで気を使う必要はない。
アイリスの身の上話には同情したからというわけでもない。
かと言って旅をしている俺にとって、出会いは同時に別れでもある。
だから、アイリスとの関係が重要なわけでもない。
案内は助かってるがなければないでなんとかしただろう。
いつもの俺なら深く関わる前に自分から拒絶していたはずだ。
アイリスのことを何とかしてやりたいと思っているのか?
いや、そこまでの気持ちはないし、覚悟もない。
アイリスの話が事実なら、奴隷堕ちまで時間はほとんど残っていないはず。
今ある俺の所持金を使えば、アイリスの奴隷堕ちを遅らせることはできるだろう。
だけど、その後は?
残りの金をどうやって稼いでいくんだ?
仮に稼げたとしてそれはどの程度の期間がかかる?
1年かそれとも2年かあるはもっとか、アイリスには悪いがそこまでして助けたいとは思っていない。
俺には俺のやらなくちゃならないことがある。
俺の人生を捨ててまで、アイリスの人生を背負ってやる覚悟なんてありはしないし、そんな関係でもない。
中途半端に助けたってそれは偽善者でしかない。
アイリスは俺が助けてくれたと言うが、俺は中途半端な偽善を押し付けたにすぎない。
だからこそ思う。俺はなんでまだアイリスを拒絶していないのか、俺のできる最善は拒絶して深く関わることを止めるべきだ。
俺が助けたことで、アイリスは少なからず希望に近い光を感じているはずだ。
絶望の中にいた俺にはわかる。絶望の中にいる人には、どんな些細な希望すら、ありえない可能性を考える。
それは時間が経てば経つほど、自分すら気づかないうちに大きな希望と支えになっている。
そして、そうなってしまったら、幻と気づいた時の本人への心の傷は大きくなる。
だから、拒絶しなくちゃならない。
「確かに理由はないな……まぁそんな気分だったんだよ」
「そんな気分って何よ。蓮って変わってるって言われない?」
「それほど多く人と関わったことはないが、変わってると言われたことはないぞ?」
拒絶しなくちゃならない。そのはずなのに、俺の意思を無視するかのように、当たり障りのない会話を続けてしまう。
アイリス自身のためにならないことは、わかっているはずだろう。
自分で自分の気持ちがわからない。
別の誰かに乗っ取られているかのようだ。
正解などない迷宮をさまよっているかのように、結局俺は答えを出せぬままアイリスを拒絶することはできなかった。
それから間も無くして、靴屋には無事到着した。
俺は気持ちを切り替えて靴選びに没頭したが、靴の良し悪しなど機能性以外わからない俺は、また同じような見た目の靴を選んで買ってしまいアイリスに笑われてしまった。
今は答えがでないことに悩んでもいても仕方ない。
いずれ答えがでるかもしれないし、答えなどわかる前に街を出てアイリスと別れることも十分ありえる。
アイリスを傷つけてしまうのは申し訳ないが、今はこれまで通りを貫くしかない。
「次はどこに案内してほしい?」
「そうだな……欲しいものは全部買えたが、まだ夕暮れまでには時間があるな」
必要以上に買いすぎてしまっても邪魔になるだけだし、かと言ってこのまま宿に戻って休むにも早すぎる。
小銭稼ぎに冒険者ギルドに行ってなにか簡単な依頼をやるのもいいんだが、この地域の依頼なんてほとんど魔物討伐だろうし、いくら弱いモンスターとはいえ、土地勘もないのにむやみやたらに探し回ったら、余計なモンスターに出くわす可能性だってある。
アイリスを連れていけば済むのかもしれないが、魔物の討伐に絶対はない。
ちょっと時間潰したいな程度のことで、そんな危険なことには付き合わせられない。
単独で慎重にやるにしても、そこまでの時間はない。
そう考えると自主トレが一番いいかもしれない。
今日は刀を振れてないし、あまり刀を振らないでおくと感覚が鈍ってしまうかもしれない。
「どこか一人で自主トレするのに最適な場所ってないか?」
刀を使えば間違いなく妙な目で見られるだろうし、あまり自分が刀を振るところを見られたくはない。
「自主トレ……あっ!」
アイリスが急に瞳を輝かせ始めた。
なぜだろうか、嫌な予感がする。
「どうしたんだ?何かいい場所でも思いついたのか?」
「違うわよ。いい場所は最初から知ってるし」
違うのか、違わないでほしかったんだが……。
「だったらなんだ?」
「えーとね?どうせ自主トレするなら私も混ぜてほしいかなぁーとか思って」
「はっ?」
「だって蓮って私よりずっと強いじゃない。だから蓮と一緒に鍛えたら強くなれるかなって思ったのよ」
どう私凄いでしょと主張するかのように胸を張られましても、デカいのは知っている。
「ってそうじゃないだろ」
「何がそうじゃないの?」
「こっちの話だ。気にするな。それよりなんで俺が一緒に鍛えないといけないんだ?」
俺がアイリスと一緒に鍛えるメリットなんてない。むしろアイリスの前では刀を見せたくはないし、刀を使わないとなるとデメリットでしかない。
俺とアイリスの実力が拮抗していれば、まだやりようはあっただろうが、実力が違いすぎて俺が鍛えるのではなく、アイリスを指導する形になってしまうだろう。
最悪、刀を使わずに一人で鍛錬したとしても、横に人がいたんじゃやりにくいにも程がある。
「そんなこと言わないで、戦いかたとか教えてくれたっていいじゃない」
「俺の自主トレからなんでアイリスの指導にすり替えてるんだ?」
「バレちゃった?……蓮がどうしても嫌だって言うなら諦めるけど……」
急に悲しい顔でショボくれて、今さっきの図々しさはどこにいったんだ。
かなり不本意だが、どうにも断りにくいのはなぜだろうか、流されている気もするが、まぁ人に教えてみて気づくこともあるかもしれないし、何事も経験だ。
「わかった……教えてやるからその場所ってのに案内しろ」
「やったっ!蓮ありがとう!こっちこっち!」
「おい!」
そこまで跳び跳ねて喜ぶほどのことかは疑問だが、俺の手を強引に引いてどこに向かっているのか、だいたい無能の俺に教えてもらうのに何を嬉しそうにしているんだ。
本人がそれでいいなら別にいいか……。




