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ゼロのアムニション  作者: ななし
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2話

目が覚めた時俺は自宅のベットに横たわっていた。

意識がはっきりしない中で直前までの記憶が甦ってきて、慌ててベットから飛び起きた。


俺の部屋は二階にあったから、急いで階段を降りるとお目当ての人を見つけて安堵のため息をついた。


「お母さん!」



俺は少し涙を浮かべながら母さんに飛び付いていた。

そこには父さんもいたけれど、俺は父さんとは中がよくなかった。

ほとんど喋ったところを見たこともないし、話したのだって数回、それも一言二言だ。


だから自然と俺は母親としかまったく会話しなくなっていた。


「……」


その時の俺は、わけのわからない場所に連れて行かされ不安になっていたこともあり母さんの不穏な雰囲気を感じ取れていなかった。


「お母さん?」


なんの返事も返さない母さんをさすがに不思議に思いそう問いかけた時だった。


俺は気づけば床に倒れていた。


そしてゆっくりと状況を脳が理解しだした時、俺は顔を殴られたんだとわかった。

平手打ちなんて優しいもんじゃない、文字通り殴られた。



「あんたのせいよ……」



「えっ?」


「あんたが無能だったせいで!私は!私はまた!」



母さんは拳を握りしめ、倒れた俺を見下ろすように睨みつけていた。


「僕のせい?…」


「ええ、あんたのせいよ。あんたが無能じゃなきゃ私は自由になれたの!好きでもない男と子供作って!なんなのかわからない薬をいくつも打たれて!これで終わるはずだったのに!」


母さんが何を言ってるかなんてこの時の俺には理解できなかったけど、ただ自分が何かいけないことをしたんだろうと思った。


だから母さんはこんなに怒って見たこともないような顔で泣いてるんだ。


謝らないと、意味も分からずそう思った俺は…


「ごめんなさい、お母さん泣かないで…」



「……!」



俺はまた殴られた。


「ふざけないで……謝ってなんになるの!そんなものは何にもならない!失ったものは返ってこない!あんたなんか産まれてこなければよかったのよ!」


母さんは足を振り上げ俺を強く蹴りつけた。

痛いとかそんなレベルじゃない、言われた言葉に傷つく余裕すらなく俺は床に嘔吐した。

それでも母さんは足を振り上げ俺を蹴り続けた。


死ぬそう思った。


「そこまでにしておけ」


意外なとこから制止の声が届いた。

父さんだった。

自分が嫌っていた人から助けられるなんて思ってもみなかった。


「お父さん……」


俺は嫌っていたことなど忘れ、すがる想いで父さんを見た。


「俺をそんなふうに呼ぶな無能が、俺が止めたのはまだお前を殺せとは言われていないからだ」



「……!」



言葉が出なかった。

父さんは俺を助けたかったわけじゃない、殺す必要がないから止めただけだった。


どうして自分がこんな虐待を受けているのか、あの場所へ連れて行かれる前は普通の家族だったはずだ。


父親とは中がいいとは言えなかったが、母親は優しかったし殴られたことなんて一度もない。


何がいけなかったのか、何をしてしまったのか、どれだけ考えてもわからない。


痛い、苦しい、怖い、悲しい、いくつもの感情が俺を押し潰した。


その日を境に、俺はいない者として扱われた。

母親とも会話することはなくなった。


空気のような存在の俺に食べ物なんか与えられるわけもなく、それが5日ほど続いた時、俺は家から逃げ出していた。


空腹が限界だったからか、今だけなんじゃないかって希望を失ったからか、現実から目を反らしたかったからか、どれがきっかけだったのかはわからない。


逃げて逃げて逃げて

何から逃げてるのかすら理解できず、やり場のない気持ちを抱きながら、俺は行き先なんてない街中を歩いた。


何度も通ったこともある道なのに酷く色褪せて見えた。

母さんと買い物の帰りに必ず立ち寄った果物屋、そこで俺はいつもパルパヤの実をねだって買ってもらってた。


柑橘系の実で少し硬い実を割ると、中には黄色い果肉がぎっしり詰まってて、たまに酸っぱいのがあって、そんなときは泣いてこれは違うってだだをこねたりもした。


パン屋にも行ったことがあったな、側を通るだけで焼きたての香りがただよってきて、お腹が鳴った俺を母さんが笑って買ってくれたっけ。


1人で外出することはだめと言われていた俺は、同年代の友達も居なくて、思い出は母さんとのことが多かった。


「うくっ…」


涙が頬をつたって地面に落ちた。

楽しかったはずの思い出が今はただ苦しかった。

なんでこうなってしまったのか、どうしたらいいのか、もう考えることすら嫌だった。


全部がどうでもよく思えた。

どうしてだとか何がだとか繰り返したって苦しいだけだ。


楽になりたい、そう思った。


"あんたなんか産まれてこなければよかったのよ!"


母親に最後に言われた言葉が頭の中に響いた。

そうか、自分が死んじゃえばいいんだ。

そしたら楽になれるし、母さんもそれなら喜んでくれるよね。


歩いて、泣いて、疲れて、そうしていたら気づくと旧市街と新市街の間を流れる川にかかる橋の中間辺りを歩いていた。

家から出た時はまだ明るかったのに、空は夕暮れをむかえようとしていた。


この時間は人通りは少ない、街の外からやってくる行商人も、夜は魔物が活発化するから夜に移動して街に入ってくる人は少ない。


それに旧市街はあまり治安がよくなく、新市街と旧市街を繋ぐこの橋を夕暮れに時に歩いているやつなんてのは地元の人ならまずいない。


周りを見渡せば誰もいなった。

まるで、世界に自分1人しかいなくなって、忘れ去れたかのように思えた。


そっか、どこに行ったって自分は1人なんだ。


"あんたが無能じゃなきゃ私は自由になれたの!"


無能で無価値で存在している意味もないちっぽけな存在。

自分がいなくなったら母さんは自由になれるのかな。


俺は無意識に橋から身を乗り出していた。




「あっ…」




気づいた時にはもう遅かった。

もはや自力で立っていた場所に戻ることはできない。

でも不思議と恐怖はなく、俺は何もかも諦めたように、そのまま重力に逆らうことなく全身の力を抜いた。


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