19話
結果的に言えば妙な雰囲気はなくなった。
俺達の雰囲気などものともせず料理を運んできた店員によって現実に引き戻された。
それまでの雰囲気がなんだったのか、今いくら考えても謎だ。
まだ若干のぎこちなさはお互いに残るが、それでも眼前にある美味しそうな料理を楽しむ余裕はもつことができた。
「予想以上に旨いな。これがコカトリスの肉か」
口の中に入れた瞬間に何かのスパイスの香りが鼻を抜け、噛みしめれば肉汁が滝のように溢れだし、柔らかさの中にしっかりとした肉らしい歯ごたえがあって食べごたえも十分にある。
予想していたよりも美味しくて、すぐに口へと運んでしまう。
「でしょ?最初に私もこれを食べた時、美味しくて感動したわ」
アイリスは、そう言って口元を綻ばせている。
美味しそうに食べているとこを見ると、やっぱり同じものにして正解だったな。
こんな美味しいのを俺だけ食ってたら間違いなく後悔した。
一人での食事は静かで嫌いじゃないが、たまにはこうやって外で誰かと食べるのも悪くないな。
一度は生きることさえも捨てようとした俺が、こうやって食事をすることに喜びを感じているんだから不思議なものだ。
師匠はこれを食べたことがあるんだろうか、食べていないのなら教えてやりたい。
まぁ師匠のことだから、腹に入ればどれも同じだなんて言われそうだ。
ふと、そこで嫌な思いでが頭を過る。
あれは師匠と文明のない鬱蒼と茂る森の中で修業した時だった。
あの日は俺との立ち合いで、師匠が少し本気をだしてしまい、師匠が放つ魔力と殺気で周囲から魔物がいなくなってしまったことがあった。
その時は食べるものは自給自足だったがために、珍しく師匠が反省していたが、そこまではまだよかった。
今でも思い出したくはないが、師匠が食べるものなら一つあったなと言って取ってきたのは足が複数生えた昆虫だった。
あれを歯で引きちぎるようにして頬張った師匠の姿は、俺が初めて師匠の尊敬できない嫌いな部分を見つけた瞬間だった。
あの時は確かめちゃくちゃ引いていた俺に、腹に入ればどれも同じだと言っていたはず。
それを思うとこれを教えるのはコカトリスに悪い気がしてきたな。
「どうしたのよ。難しい顔して」
「いや、なんでもない。少し昔のことを思い出してただけだ」
「昔のことね……あまり話したくないこと?」
「そうだな。今思い出していたのは話せなくはないが、基本的に俺にとっての過去はいい思いでもあるが、一番苦しかった頃でもあるからな」
何度自分の運命に悲しんだか。
何度出来ない自分を蔑み、出来る誰かを恨んだか。
何度心を折られ醜く足掻き続けたか。
過去は俺の原点だ。それを捨てたいとは思わない。
けれど、もう一度最初からやり直せと言われたら、俺は死を望むかもしれない。
今思えばよく途中で挫折もせずに正気を保っていたと思う。
「さっきより難しい顔になってるわよ?蓮が聞いてほしくないなら聞かないけど、せっかく美味しい料理を食べてるんだから、そんな顔はしちゃだめじゃない」
「それもそうだな悪かった。これを食べたら次は魔力結晶を売ってる店に案内してくれるか?」
そう言ってナイフで切った肉を口に入れてそれを味わう。
既に結界用の魔器は持っているから、長時間結界を維持するための魔力結晶が必要だ。
野宿で一夜を明かせるほどの魔力を持っていないし、そこで大事になるのは魔力結晶だ。
自分の魔力ではなく魔力結晶を使うことで、長時間の魔術の発動を可能とできる。
食材の買い出しもしておきたかったが、空間術式の魔器を手に入れられなかったからな。
空間術式の魔器があれば、前もって大量に買っておこうと思ったが、それがないとなると大量に買っても持ち運びが面倒だし、手荷物程度の食材なら、食材のいたみも遅らせられるし、街を出る前でも構わないだろう。
靴も欲しいが、これはなければないで妥協できるから最後でいい。
「魔力結晶ならたぶんないわよ……?」
「……なに?ちょっと待て、魔器屋があるのに魔力結晶屋がないなんてありえないだろう」
魔器の発動には魔力が必要不可欠だが、長期的な発動を目的とする物には、魔力結晶がなければ役にたたなくなる。
魔器すらないと言うなら話しはわかるが、魔器があって魔力結晶がないなんて考えられない。
「勘違いしないでよね。魔力結晶がないだけで、お店はあるのよ」
「どういうことだ?」
「それがね?ここ数年魔力結晶を大量に買い占めてる人がいるらしいのよ」
「誰なんだ。その大量に買い占めてるって奴は、それにそんなに大量に魔力結晶を買って何に使ってるんだ?」
魔力結晶は便利な物ではあるが、一つでも長時間使用できるわけで、一気に大量に必要になることなんてまずないはずだ。
「私もそれは知らないし、誰もそれは知らないと思うわよ?領主様が調べているみたいなんだけどわからなくて困っていたのを聞いたことがあるから」
領主が数年調べていてわかっていないなら、誰も知らないのは間違いないな。
領主も対応が難しいだろうな。
店は不正をしたわけではないし、無理矢理顧客の情報を聞き出すなんてこともできない。
そんなことをすれば、領主が罪に問われる可能性だってある。
領主にできることは、買い占めてる奴を見つけ出して交渉のテーブルに着かせることなんだろうが、アイリスの話を聞く限りでは上手くいってはないようだ。
「迷惑なやつもいたもんだな。売るやつもそんなことをしたら嫌われるだろうに」
やっていることには罪がないが、需要がある魔力結晶を買い占めることを店が承諾してしまったら、信用をおとすことに繋がる。
それでもその客に売り続けているのは、理由があるのかもしれない。
とは言え、どんな理由にせよ魔力結晶がないのはまずい。
魔物が活発になる夜の危険性が上がってしまう。
護衛を雇ったとしても護衛が魔物を見逃す可能性もありえる。
代表的なのはインビシブル・ストーカーなどだろう。
奴等は人間によく似た形の透明な肉体を持つ、それ以外にはたいした特徴もなく、強いモンスターではないが、一度闇夜に紛れれば気づかないうちに、寝首をかかれ死んでいるなんてことになりかねない。
数年前から買い占められているとなると、運び屋や護衛すら持っていない可能性もある。
そうなったら最悪お願いして結界に入れてもらうなんてこともできない。
魔力結晶が買えないとなると、次の街まで眠れない日が続きそうだ。
旅において睡眠不足は集中力の低下や、判断力の低下、疲れやすくもなって非常に危険、できることなら避けたいが無い物ねだりはできない。
「本当に迷惑な話しよね。蓮の言う通り魔力結晶屋の人は嫌われてるわよ。それでも誰が買い占めてるのかすら教えないみたいなの」
「そうなのか……まぁ文句を言ったとこでないものは仕方ない。それなら後は靴を買うだけだな」
俺の言葉に反応して、アイリスがゆっくりとテーブル下を覗きこむ。
「靴?……確かによく見たらボロボロね」
「まぁ理由はそれだけじゃないんだけどな……」
間抜けすぎて馬糞を踏んだからだなんて言えるわけがない。
俺は苦笑いを溢し、残った料理を胃袋に納めていった。




