16話
店内は古めかしいアンティークな雰囲気が漂っていた。
所狭しと乱雑に置かれた魔器の一部が、自己主張するように怪しくいろんな色に光っていた。
けして整理されているとは思えないが、乱雑とはいえ見えるところに置かれている魔器はまだましだろう。
中には木箱に詰め込まれガラクタのような扱いの魔器もある。
まともな物が売っているのか不安感が襲ってくる。
何より今回は買うものが買うものなだけに、不良品を掴まされたら洒落にならない。
こんなことならけちらずに大都市で買っておけばよかった。
「なぁアイリス……大丈夫なのかこの店」
店主は見当たらないが聞こえたらまずいと思い、こっそりと耳打ちする。
「わからないけど私は変なものを買わされたことはないわよ?嫌だって言われてもこの街にある魔器屋はここにしかないからね?」
アイリスは見慣れているのか、特に驚いた様子もなく平然としている。
「仕方ないか……」
「何が仕方ないじゃ全部聞こえておるぞ」
「うおっ!」
諦めた気持ちで嘆息をついた瞬間背後から声をかけられ驚いて振りかえる。
いつの間に背後にいたのか、80くらいの長い白髭を生やしたじいさんが立っていた。
声をかけられるまで一切の気配も感じなかった。
何者なんだこのじいさん。
俺は警戒を強めてじいさんを睨み付ける。
「そんな目でみらんでも取って食ったりせんわ。まったく近頃の若者は年寄りを労らんとは嘆かわしい」
じいさんは機嫌を損ねた顔で俺の横を通りすぎ、奥に置いてあった椅子に座ってこちらに視線を配った。
「お久しぶりです。コルトールさん」
俺が何か問いかけるよりも早くアイリスが口を開いた。
コルトール?確か店の名前がそうだったはずだ。
つまりはこのじいさんがこの店の店主ということか、これから買い物をするのに印象を悪くしてしまったのはまずかったな。
「久しぶりじゃなアイリス。今日はなんのようじゃ?」
「残念だけど用があるのは私じゃないんです」
アイリスのその言葉でじいさんは俺に注目してくる。
「なんだ知らん顔じゃな。よそ者か随分失礼な心配をしておったようだが、わしの店に何を買いにきたんじゃ?」
かなり言葉に棘があるが、この際それには触れない方がいいだろう。
ともかく用件を済ませてさっさとここを出よう。
「買うものは1つなんだが、空間術式を記憶させた魔器が欲しいんだが置いてあるか?」
「ほぉ……また随分珍しいもんを買いにきたもんじゃな
」
じいさんは、開いているのかもよくわからないほど細い目を見開いて、何かを見定めるように見てきた。
「もしかして置いてなかったりするか?」
大都市とは違って空間術式を記憶させた魔器は、値段が高いために仕入れたはいいが売れないなんてこともありうる。
店によっては売れないものをわざわざ仕入れたりせず、最悪ない可能性だってある。
「心配せんでも1つあるわい」
俺の杞憂を一瞬で否定したじいさんが、椅子から降りて木箱の中を掻き出すように探り、1つの鍵を取りだした。
「どこかに保管でもしているのか?」
値段の高い魔器が店内に並ばずに、鍵をかけて保管されていることはけして難しくない。
「なに勘違いしとるんじゃこれがお主の欲しがってるもんじゃ」
「はっ?それが魔器?」
魔器の形は様々だが、その大きさが小さいほど、複雑な術式を記憶させるのは難しい。
空間術式ともなれば、一般的にどれだけ小さくても大人の拳ほどの大きさはある。
当然小さければ小さいほど値段は高くなるわけだが、俺が知る限り手のひらに収まるくらいの鍵形魔器に、空間術式を記憶させたものなんて見たことがない。
「なんじゃ疑うのかの?仕方ないやつじゃ」
じいさんはそう言って徐に何もない空間に、もっていた鍵を刺すようにゆっくり突きだし、何かを開くかのように回した。
その瞬間、じいさんの目の前の空間が歪み、ちょうど子供1人くらいの景色が、ゆらゆらと煙のように揺れている。
じいさんは、乱雑に置いてあった魔器の1つを手に取り、その歪んだ空間に投げ込んだ。
投げた魔器は地面に転がることなく、歪んだ空間の中へ消えていった。
「本物だな……」
「当たり前じゃまだ信じられんなら自分で試してみい」
じいさんの目の前の空間が元に戻り、俺に鍵を放ってきた。
「おい!」
俺は"投げる前から投げることがわかっていた"慌てることなく鍵を掴みとる。
こんな高いものを木箱に放り込んでいたのも驚きだが、投げて渡すなんてどんな神経してるんだ。
「お主今何をしたんじゃ……?」
気づけば睨むようにしてじいさんが俺を見ている。
何かしたってわけではないが、この一瞬で俺の行動の速さの違和感に気づくなんてどんな観察力だ。
答えてやる義理もないので俺はやり過ごすことに決めた。
「なんの話だ?」
「……答えるつもりはなさそうじゃな。まぁいいともかくそれを使ってみい」
興味深げにしばらくこちらを観察していたが、諦めたように話を切り替えてくれた。
俺はそれに大人しく便乗して、手にもった鍵に魔力を込めて、じいさんと同じように何もない空間に鍵をさしいれた。
そのまま鍵を回すと当然のように目の前の空間が歪む。
俺はちゃんと使えるか試す意味でも、さっきじいさんが入れた魔器を取り出そうと、投げ入れた魔器を思い浮かべながら手を歪んだ空間の中に入れる。
「……!おい……じいさんまさかこれは……」
「お主の考えておる通りじゃよ」
じいさんは俺が驚くことを予測していたんだろう、してやったりって顔をしている。
じいさんの思惑にまんまとはまったのは気に入らないが、これは驚かずにはいられない。
「どうしたの蓮?何を驚いてるのか私にも教えなさいよ」
なんのことかわかっていないアイリスが、不満を表すように俺のフードを軽く摘まんで引っ張っていた。
「ああ……これはただの空間術式が記憶されただけの魔器じゃない。使う個人を認識する魔術も記憶されてる」
「えっ?魔器には1つの術式しか記憶できないんじゃないの?」
「通常ならそうだ。元々魔器は人が最初に与えられた武器を元に、人間が造り出した物だ。2つの魔術を記憶するような物はこの時代でもまだ作れやしない」
「でも蓮はそれには2つ魔術が記憶されてるって言ったじゃない」
「だから通常ならありえないって言っただろ?つまりこれは人間が造り出したものじゃない。古代のドワーフが作った物だ」
「ドワーフ!?絶滅しちゃった伝説の種族が造った物なのそれ!?」
アイリスが驚くのも無理はない。
ドワーフは、男ばかりが生まれ他の種族との交配もできなかったのと、魔族との戦いの影響もあり、数万年前に自然絶滅したとされる種族だ。
そんな彼らが絶滅するまでに造り出した物は、ほとんど見つかっておらず、そのどれもが人間がけして造り出せない代物だ。
ドワーフが造った物の中にも1つの魔術しか記憶できないものはあるが、その効力は人間が造り出したものとは比べ物にならない。
その中でもこの2つの魔術が記憶された魔器は別名、二重術式魔器と言って、2つの魔術を組み合わせた魔術を記憶させられる魔器だ。
一回魔術を記憶させてしまったら、もう記憶させることはできないため、新たに魔術を記憶させることはできないが、記憶された魔術はどれも代用のきかない便利な物ばかりだ。
人間が造り出した最高峰は魔導銃だが、あれは臨機応変にいろんな魔術を使うことができるが、そのために術式を上書きしなければならない。
それも、魔導銃は魔術の記憶とは言っても、発動までの術式は記憶できないようになっている。
完全に記憶してしまうと上書きすることはできないため、魔導銃の作りは、銃その物に術式の基礎を記憶させ、発動までのプロセスは自分の魔力を弾丸にして、着弾発動のみの術式を魔力の弾丸に記憶させる。
そして、魔力の弾丸に銃に記憶させた基礎を組み合わせることで、魔術を発動する弾丸が完成する。
それによって魔術の上書きを可能としたのが魔導銃だ。
ドワーフが造り出したものの中には、神銃と呼ばれる物があるらしいが、実物を見たこともその効力も俺は知りはしない。
つまり人間が造り出すものなどドワーフの二番煎じにすぎない。
人間は技術の進歩を見せてきたが、それは未だにドワーフには遥かに届かないレベルだ。
そんなドワーフが造り出した魔器の1つが俺の手の中にある。




