11話
その日もいつものように夕方になるとお客さんが増えてきて、店内は賑わいを見せていた。
大事をとって今日もナーレはお休み、そのぶん私が頑張ってママのお手伝いをする。
魔物の多いこの地域でこれだけお客さんが多いのはリピート率が高いから、観光客なんて滅多にこない。
お客さんが多いのは大変だけど嬉しい悲鳴だった。
そんないつもと変わらないそんな光景は、確かにそこにあった。
既に歯車は狂い始めていたのに気づかずに、当たり前だった時は過ぎていく。
お客さんも減り始めて夜を迎えた頃、いつもとの違いに気づいたのはママだった。
「パパ遅いわね」
何気ないママの呟き、確かに言われてみればいつもならもう帰ってきている頃なのに、パパが帰ってくる様子はない。
「どうしたのかな?もう外は真っ暗になるのに」
ギィー
パパが遅い原因を考えていると、入り口の戸が勢いよく開いた。
「衛兵さん?」
私は思わずそう呟いていた。
こんな時間に衛兵さんが来たことなんて一度もない。
「はぁ……はぁ……」
衛兵さんは行きが荒くかなり走ってきたようだった。
「ガルディさんが……ガルディさんが……魔物に喰われて死んだ」
「えっ?」
それは本当に突然すぎて何を言われたのか一瞬わからなかった。
パパが魔物に喰われて死んだ?言葉は何度も頭の中で繰返し流れるのに、理解することができない。
ガシャンッ!
訳もわからなくて呆然としていると、後ろから聞こえた何かが割れた音に釣られて振り返る。
「ママ?」
そこにはママが立っていて、目を見開いて口元を手で覆っていた。
足元にグラスや瓶の破片が散らばっている。
私はその惨状を見てようやく言葉を理解しだす。
「パパが死んだ?……嘘……なんでよ!」
私は衛兵さんの襟首に掴みかかって力任せに揺さぶる。
考えて行動したわけじゃない。気づいたら身体は勝手に動いていた。
「気持ちは分かるがお嬢ちゃん落ち着いてくれ!イーヴィルアイ、イーヴィルアイが出たんだ」
「イーヴィルアイ?この地域にそんな魔物いるわけないじゃない!」
イーヴィルアイは邪眼の魔物、視線に様々な効果がある。
危険な魔物ではあるけれど、こんなところにいるような魔物じゃない。
「本当なんだ!イーヴィルアイの死体を俺はこの目でみたんだ!」
「だっだからってパパとそれは関係ないでしょ!」
私はすがる思いで否定を口にする。
口にすることでそれが嘘なんだと思い込むように。
「残念だが関係あるだよ……イーヴィルアイに喰われていくとこをイーヴィルアイを倒した傭兵団が見ていたんだ」
「そんな……嘘よ……私は信じない」
「いや、これを見てもらえれば信じてくれるはずだよ」
いつから持っていたのか、混乱していて気づかなかっただけで最初からもっていたのかもしれない。
衛兵さんは布に巻かれた何かを差し出してきた。
「これはなに……?」
「見てもらえればわかる」
衛兵さんは私の手にそれを乗せると、思っていたよりも重くて手が下がってしまう。
持った瞬間に嫌な予感がした。
私はこの重さを知っている。
開きたくないと身体が拒絶する。
だけど、 そんな気持ちとは裏腹に、私は何かに急かされるように布を捲っていく。
そしてそれはそこにあった。
パパの魔導銃だった。
「いやぁあぁぁっ!」
心が今まで感じたこともないような闇に塗りつぶされていく。
膝の感覚がなくなって銃を胸に抱えたまま崩れ落ちる。
そんなわけない。
パパが死ぬはずなんてない。
どれだけ否定しても、抱えたパパの使いふるされた銃が無情に現実を突きつけてくる。
「うっやだぁやだよパパーー!うぁぁぁっ!」
言葉を知らない子供のように、嗚咽をもらして駄々をこねる。
糸が切れて離れた首飾りの玉のように、床に涙が散らばっていく。
苦しくて悲しくて自分の感情なのになんなのかわからなくなる。
「アイリスちゃん……」
何か暖かいのに包まれた。
ママが私の頭を抱えるようにして抱き締めてくれてる。
きっとママも辛いはずなのに、ママは私のママだから自分が辛くても私を慰めてくれてる。
こんなんじゃいけないのに、私がママを慰めてあげなくちゃいけないのに、私は泣き続けることしかできなかった。
それからどうやって立ったのか何をしたのか、あまり覚えていない。
気づいたらベットに寝転がっていた。
どのくらい寝ていたのかはわからない。
あれは夢だったのか、そんなふうに思ったけど、ベットから起きて鏡を覗くと、酷く目が腫れて泣いた後がくっきり残っていた。
ナーレの様子が気になってみにいくと、ナーレは寝ていたけどよく見れば瞼は腫れていた。
ナーレもパパが亡くなっちゃったことを聞かされたんだ。
ママはどうしてるんだろう。
気になると途端に心配になって部屋から出る。
パパが亡くなっちゃったって聞いて、ママまでいなくなったらどうしようって不安になる。
居るはずのパパのいないママのお部屋をノックする。
「入っていいわよ」
ママの声が聞こえた安心感に少しほっとしながら、扉をゆっくりと開いて中に入った。
ママは難しい顔で手に持っていた紙を眺めて椅子に座っていた。
私が入ってきたのに気づくと笑顔を見せてくれる。
瞼は腫れているからきっと無理して笑ってるんだ。
「アイリスちゃん起きたのね。具合はどう?大丈夫かしら?」
いつもの変わらない様子が逆に凄く不自然に見えた。
「私は大丈夫……ママは?」
「ママは強いから大丈夫よ。パパは冒険者だから、いつかこんな日が来るんじゃないかって覚悟はしてたの」
「やっぱりパパは死んじゃったの?」
何度聞いたって答えは変わらないのに、聞かずにはいられない。
「そうみたい。今でも笑いながら帰ってくるような気がしているけれど、ねぇアイリスちゃん?ママは家族には隠し事はしたくないから話すけど聞いてくれるかしら?」
「なにママ?」
ママは複雑な顔で私を見て、言いづらそうにしながら口を開いた。
ママの話しによると、街の近くまで来ていた傭兵団の人達が、イーヴィルアイを発見して危険だと判断して、街に1人仲間を走らせて倒してくれる人を探していた。
そこで街で一番だと言われていた冒険者のパパに倒せないかと依頼する。
パパは街に被害が出ることを危惧して依頼を受けとると、イーヴィルアイの討伐にむかった。
だけど、それを知った領主様が危険だと思い。
傭兵達にパパは街で貴重な腕のいい冒険者だから、危険であるようなら一緒に戦ってほしいと依頼した。
自分達が既に依頼を出しているものを、自分達で危険を犯して援護に行くことに難色を示していたみたいだけど、領主様の説得で承諾。
だけど、援護にむかった時には、ちょうどパパがイーヴィルアイに食べられてしまっているところだった。
この話が事実なら、パパはそんな危険な依頼を私達に話すこともなく受けたということになる。
「パパが私達に黙ってそんな依頼受けるわけないわよ!」
「アイリスちゃん落ち着いて?私も最初はそう思ったけれど、依頼書に書かれていた筆跡は間違いなくパパのものだったの」
「そんな……!」
「それだけじゃないの。これは私も信じられなかったのだけれど、依頼に失敗した場所の違約金が100金貨らしいの」
「何よそれ!パパがそんな依頼書に署名するわけないじゃない!」
依頼が失敗した場合は本人か、その遺族に支払いの義務が発生する。
魔術の誓約よって契約主に支払い義務が発生した場合、3年間で支払いが完済金額の3割に満たないと契約主の奴隷になってしまう。
奴隷になった場合、1日に借金が減る金額は銅貨10枚、銅貨20枚で銀貨1枚、銀貨5枚で金貨1枚、100金貨ともなったら3年は奴隷堕ちしてしまう。
仮にパパがそんな危険な依頼を受けたとしても、私達を奴隷堕ちさせるかもしれない負担を残すようなことをパパが許すはずない。
「そうね。私もそう思うの、だけど契約書も署名も本物で魔術てき契約もされているの」
「何かの間違いよ!そんなの絶対ありえない!」
きっとなにかの手違いでそうなったに違いない。
そうでもなきゃこんな金額ありえない。
「それは私も言ったのだけれど、契約書は本物でどうすることもできなかったの」
「じゃあ……本当に100金貨……」
「ごめんなさい。ママがどうにか出来たらよかったんだけれど……」
「ママもパパも悪くないわよ!こんなの間違いに決まってる……でもどうしたら……」
「今はママにもどうしたらいいのか分からないの、今は少しでも働いて頑張るしかないわ。頼りないママでごめんね」
パパがいなくなって一番大変なのはママなのに、ママが謝る必要なんてないのに、頼りないのは私の方だよ。
パパが亡くなったって知った時も、ママに甘えてばかりで泣くことしかできなかった。
私にはなんの力もない。
パパにママのことお願いされたのに、悔しいよ。
「ママは謝らないでよ、一緒に頑張ろうよ。これからもっとお店のお手伝い私頑張るから!」
「ありがとうね。アイリスちゃん……今の売上を維持できれば節約してなんとか3年で3割は返せると思うの、それしか今は方法がないわ」
「ママの料理はおいしいから大丈夫よ。頑張ろママ!」
「そうね。今日はお店突然閉めちゃったから、明日からまた頑張りましょう」
ママはそう言って笑うけど、無理して笑ってるのがわかってしまうから、私がしっかりしなきゃ、パパがいないぶんは私がママを守るのよ。
私はまだ癒えきっていない心にムチを打って、決意を新たにした。




