10話
「パパなんてもっとお姉ちゃんに怒られちゃえばいいんだー」
可愛く舌を出してパパを追い込もうとしているナーレ。
でも、怒らないといけないのはパパだけじゃない。
「ナーレも大人しく寝てなくちゃだめでしょ?一人で寂しかったのはわかるけどパパにつられてどうするのよ」
「ごめんなさいお姉ちゃん……」
「そうだぞナーレそんなんじゃ治るものも治らないぞ」
「パパは黙ってて」
「おう……」
パパらしいとこを見せようとしたんだろうけど、そもそもパパがナーレを構いすぎなのが悪い。
普段は頼りがいがあって、強くてみんなに信頼されてるのに、私達のことになったら弱いんだから、パパの知り合いはパパのことを強面だって言うけど、私達だけと話す時の緩みきった顔を見せてあげたい。
ナーレもパパも反省してるみたいし、お説教はここまででいいかもね。
「わかったならパパは早く出てってママと店番変わってあげて、そろそろ時間でしょ」
「おっとそうだったな。パパはイザベラのところへ行ってくる。後は任せたぞアイリス」
「パパよりはしっかりやるから大丈夫よ」
「がはははっ!違いない」
豪快に笑いながらパパは部屋から出ていった。
「さてと、ナーレはママがこれ作ってくれたから食べてね」
「うん、ありがとうお姉ちゃん!」
声にも元気が戻ってるし食欲もあるようだから、この分なら明日には治りそうだしよかった。
「ママが作るとお粥も美味しい」
ナーレはスプーンでお粥をすくっては、息を吹き掛けて覚まして食べる。
ナーレは昔から猫舌だからちゃんと冷まさないと食べれない。
そんな仕草が可愛くてつい抱き締めたくなっちゃうけど、私はお姉ちゃんだから妹にだらしないとこは見せれない。
ぐっと堪えて食べ終わるのを待つ。
コンコン
そうしていると不意に扉がリズムよくノックされて、少しだけ扉が開いた。
「ナーレちゃん具合はどうかしら?」
少し開いた隙間から顔を覗かせたのはママだった。
やっぱりママも心配なんだよね。
パパと交代したから見にきたのかな。
「ママ?大丈夫だよ。もう気持ち悪くないもん!」
「そう、よかったわね」
ママはそれを聞いて安心した顔をして笑った。
「アイリスちゃんは明日も早いのよね?食器は私が片付けておいてあげるから、先にお風呂に入ってきなさい」
「うん、そうするママありがとう」
私はママの言葉に甘えてお風呂場に急ぐことにした。
お風呂から上がって部屋に戻ると、ナーレは寝ていてママは自分の部屋に戻ったようだった。
私は少しだけナーレの寝顔を見て幸せな気持ちになって自分のベットに潜って目を閉じた。
そんなに刺激的なことはないけれど、幸せな1日が過ぎていった。
私の起きる時間はいつも早い。
まだお日様も完全に昇らないうちから起きて、宿屋の裏手にある庭で、日課になってるパパとの鍛練をこなす。
「ほら、集中を切らすなアイリス。少し激しく動いたくらいで魔装術式に乱れが出るようじゃ何かあった時に使い物にならないぞ」
「パパに言われなくたってわかってるわよ!はっ!」
私がどれだけ攻撃を繰り返しても、パパをその場から動かすこともできない。
「わかっていても出来てないんじゃ同じことだぞ!」
パパの手加減された殴りが、私のお腹に衝撃を与えて圧迫する。
「うくっ……」
私は立っていられずその場に膝から崩れ落ちた。
「筋は悪くないんだがな、俺が14の時はじっとしていても魔装術式は使えなかったわけだから、がはははっ!」
「いつか絶対膝をつかせてやるんだから……!」
「おう、その意気だ!がはははっ!」
悔しいけど、この街で一番強いって言われてるパパに膝をつかせるなんて出来ないかもしれない。
でも、少しでも追い付いて私はパパみたいな弱い人を守れる冒険者になりたい。
私が冒険者になりたいって言った時は、あんまり嬉しくなさそうだったパパも、今は本気で私を鍛えてくれてる。
だけど、強くなるのは簡単じゃない。
魔術を使う人にとっての基本中の基本は魔力操作、補助してくれる武器があれば簡単なんだけど、それに慣れちゃうと成長しないってパパは言ってた。
そして、魔力操作の応用で使うのが魔装術式、魔術を使う人なら必ず覚える基本中の基本、術式なんて言っているけど厳密には魔装術式は魔術じゃない。
人間に武器を使わないで魔術を使うことはできない。
じゃあ魔装術式が何かと言うと、ただ魔力で身体を纏うこと、そうすることで魔力の壁で身体を守ったり身体能力が向上したりするのよね。
だけどこれが難しくて、じっとしてたら簡単なんだけど、早く身体を動かそうとすると、それに合わせて魔力操作しないと、せっかく纏った魔力が乱れて破れちゃうのよ。
遠い昔は武器なしだと魔力の操作もできなかったらしいんだけど、魔術に慣れたことで魔力を身近に感じるようになって、人間にもこれだけは武器なしで使えるようになったみたい。
だから、魔装術式は魔術の基本中の基本なわけ、パパみたいに乱れなく出来たらいいんだけど、なかなか上手くいかない。
パパは筋がいいって言ってくれるけど、パパは私達には甘いから本当かどうかもわからないし、自信もなくなってくる。
だからって冒険者になることを諦めたりはしないけど、だから毎日こうやってパパに教えてもらってるんだし。
「次こそ一発いれてやるんだから!」
私は魔装術式を発動させて豪快に笑うパパに接近する。
「やぁあっ!」
その勢いのまま右足で踏み込んで高く飛ぶ、上段からの飛び蹴りを繰り出した。
パパは少し身体を逸らしただけでそれを避けてしまう。
ガシッ!
「おっと、そこまでだアイリス」
「きゃあっ!」
急に視界が反転してお空と地面が逆さまになる。
気づくとパパが私の足首を片手で持たれていて宙吊りにされていた。
「んー、アイリスにはまだそれは早いんじゃないか?」
「えっ?」
なんのことかと一瞬困惑してすぐに気づいた。
「いやぁぁ!」
重力に逆らえず捲れたスカートを慌てて両手で押さえる。
「恥ずかしがるくらいならスカートはやめろとパパは言ってるだろう。そんなヒラヒラするもの戦闘には邪魔だぞ」
「うるさい!うるさい!戦闘向けなのは可愛いのがないんだから嫌なのよ!そんなのいいからもう離してよ!」
私だってスカートが戦闘向きじゃないことくらいわかってる。
でも、女の子としての自分は可愛いのが好きで、パパの言う戦闘向けの地味な服装は着る気になれない。
「まったく仕方ないなアイリスは、そろそろパパは魔物を狩りに行くから今日はここまでだ」
パパはそう言って呆れているようだったけど、ゆっくり私を降ろしてくれた。
「もう?今日は早いんだね」
「おう、魔物を狩りに行く前に少し寄るところがあってだな」
「そうなんだ?」
この前そろそろ魔導銃の点検に行かないとって言ってたからそれかな。
「俺が居ない間イザベラを頼んだぞアイリス」
「うん、私に任せておけば大丈夫よ!」
「がはははっ!頼もしい娘だ。」
それからいつものようにパパと別れて、遠くなっていくパパが見えなくなるまで手を振って、私は宿屋へと戻った。
何気ない日常は当たり前のように過ぎていく、小さな変化はあるけど、そこにある形は何も変わらなくて、それを退屈だと言う人もいるかもしれない。
だけど、そんな変わらない日々が私にとっては凄く幸せだった。
こんな日々がいつまでも続くことを信じて疑わず、時計の歯車ように回り続けて変わらない時を刻んでいく。
変わらない時なんてないのに、当たり前だと思っていた日々は、当たり前なんかじゃなかったのに、どこか少しでも歯車が狂ってしまったら、簡単に壊れてしまうことに気づかない。




