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ゼロのアムニション  作者: ななし
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1話

いつからだろう、無能であることを恐れなくなったのは‥。


いつからだろう、暗い闇の中を抜け出せたのは‥。


いつからだろう、理不尽な世の中を変えたいと願ったのは‥。


いや、本当はわかっている。

あの時が全ての始まりで、それがなければ俺は無能であることから逃げ続けていただろう。



それは、俺がまだ無能でも凡人でも天才でもなかった幼少の時、6歳の誕生日をむかえた頃だった。


俺は、両親に連れられて通ったことも見たこともない道を馬車に乗って数時間走り続けていた。



幼少気の俺には退屈すぎるその道のりに我慢できず、お尻の痛みも合わさって両親に悪態をついていると、途中物々しい雰囲気が漂った検問が見えた。


一旦そこで車が止まり、両親はここで待っていなさいと振り返ることなく一声俺に告げると、馬車から降りて検問の所にいた男に声をかけに出ていった。


俺は様子が気になり窓を開けて顔を少し覗かせてみた。



見たところ検問にいた男は2人で、両親と話しているのは30代後半くらいの口髭を生やした肩にドラヴァニ皇国の竜の紋章が刺繍され黒い軍服を着た男だった。



もう1人は馬車の方まで歩いてくると、なにやら調べている様子だったけど、詳しくはあまり覚えてはいない。



そして、男から視線を反らし検問の先を見ると、鬱蒼と茂った草や木々が生えていて、馬車が一台通れるかどうかというくらいの道があり、かなり先まで続いているようだった。



そうやって子供ながらに興味深げに様子を見ていたら、話が終わったのか両親は馬車に戻ってくると、軽く検問の人に会釈してそのまま検問を越えて狭い道の中に馬車を走らせた。



しばらく代わりばえのない風景を走ると、なんの素材でできているのかわからない黒い建物のような物がある場所にたどり着いた。



建物のような場所と曖昧な表現になってしまうのは理由がある。

俺が馬車の中から見たそれは、自分が知識として記憶している建物とはまるで違ったからだ。



だってそうだろう?窓もなければ入り口らしき所も見当たらない。

もし、何かと聞かれたら黒くて四角いデカい物と俺は答えただろう。



ましてや6歳だった俺にそれを建物と思わせるには、あまりにもそれは異様な光景だった。


俺はその異様な光景に教会へ診察を受けにいくときのような、嫌な雰囲気を感じて馬車から出る両親にしがみくようにして外にでた。


俺は当然両親に尋ねた。


「ここどこ?」


すると、母さんは笑顔で俺に答えた。


「幸せを運んでくれる場所よ」


「幸せを運んでくれる場所?」


「そうよ」


母さんは笑顔を崩すことなく俺を優しく撫でた。



けれど、本当なら嬉しいはずの母さんの笑顔も、頭に乗るその優しい手も、俺の不安を拭ってはくれなかった。



なぜだろうか、ただ俺は母さんを不気味に感じた。



異様な不安を抱きながら俺は両親と共に四角い何かの前まで歩いた。


「ナンバー0を連れてきました。」


俺は頭の上から聞こえた聞きなれない声音に驚いて、自分がしがみつく母さんを見上げた。



自分の母親なのに始めて聞く声で、機械の音声のような感情のこもらない声だった。



下から見上げて見た母さんの表情はよく見えなかった。



それでも、母さんは自分の知る母親ではないように感じて、母さんの顔を見ようと少し前にでるとそれを邪魔するように、両親と自分の前に人が2人ほど入れそうな長方形の入り口が音もなく開いた。



俺は、母さんの表情を確かめることも忘れて驚き、きつく母さんにしがみつく、母さんは俺のそれにとくに感情を示すこともなく、無言で俺の手をいつもより強い力で握り、繋ぐというよりは引くように歩きだした。



黒いなにかの中に入ると、外壁と同じく黒いなにかわらない素材の壁、長方形の縦横20から30メートルほどの空間で、そこは薄暗く蝋燭のような僅かな光が転々と続いていて、すぐ正面に下へ続く階段が見えた。



母さんは止まることなく階段にむかい、階段に足を踏み出し無言で降りる。

それに引っ張られるように俺は黙って後に続いた。



二分から三分くらいだろうか、しばらく歩くと入り口のない行き止まりに阻まれた。


見えるのは上も下も横も黒い壁。



「ようやく自由になれる」


「えっ?」



母さんは淡々となにか呟いたが、俺にはよく聞きなれなかった。


その呟きに合わせるようにして、正面に人が1人入れそうなくらいの入り口ができた。



その先もやはり薄暗いのか、入り口から僅かな光しか漏れてはこない。


「蓮…入りなさい。」


「え?ここに入るの?」


母さんは俺の方に顔を向けていたけど、その目は俺を写してはいないように見えた。

俺の中にあるなにかを見ているような、遠い目をしていた。



「嫌だよお母さん。ここどこなの?怖いよ…」



俺は拭いきれない不安を母さんに訴えた。


その時の俺にはわかっていなかった。俺の不安を掻き立てているのは他でもない母さんのその目なのに…。


それも仕方ないことだったのかもしれない。

だって母親という存在は俺にとって味方であるはずだからだ。


当たり前であるが故に、俺は母さんの変化に気づいてもそれがなにかがわからない。


俺にできるのは、ただ味方であるはずの母さんに味方であることを望むことだけだった。


でも母さんは、俺の言葉を切り捨てるように言った。


「銃宮蓮、入りなさい」


すると、母さんは俺の手をいきなり強引に引き、突き飛ばすように入り口へ放った。


「うあっ!」


俺はバランスを崩して倒れる。


混乱した頭でそれでも恐れだけは理解しながら振り返る。


母さんは笑っていたそれは恍惚に近かった。俺は生まれて初めて言葉を失った。


けれど、俺の困惑はこの場にいる者にはどうでもよく、ただいつもの作業を繰り返す機械のように、自分の存在に気づかない俺の腕を掴んだ。


「えっ?」


俺は、一瞬目の前の母親のことが頭から消え去り、自分の腕を掴んだ何かを確認しようと振り返る。


そこには、白衣を着た男がいた。


顔は痩せこけ目の下にはくまがあり、メガネの奥に見えるまるで死人のように生気のない瞳、肉付きのほとんどない自分を掴む手、困惑に言葉を失った俺は、この人は誰なのか問いかけることすらできなかった。



恐怖で俺は母さんに助けを求めようと、再度振りかえる。


けれど、そこにあったはずの入り口はなく、当然入り口がなくなればその先にいた母さんも存在していなかった。



「なるほど、これはこれで興味深い。君はどうやら運が悪かったようですねぇ、運で片付けてしまうにはあまりにもですが……本来これほどまで使い物にならない存在が生まれる可能性はないのですがねぇ、どうやら私はまだ真理にはたどり着けていないのですねぇ」



白衣の男はぼそぼそと何かを言っているが、俺はそれどころじゃなく、話の半分も理解できなかったし、聞こうとすらしていなかった。



「私の眼が狂っていないとするなら、君は無能で無価値な存在だねぇ。おかげで予定が狂ってしまったよ。他の実験材料を待たなきゃいけなーいじゃないかぁ」


「……おじさんは誰?ここはどこなの?」



何がなんだかわらなかったが、小さな勇気をかき集め俺は男に問いかけてみた。



「しかし、今から実験材料を手に入れようにも、下手に動きすぎれば感ずかれる可能性が……さーて、どうしましょうかねぇ」



男は俺のことなど眼中にないのか、1人でぶつぶつと下を向いて話していた。



「まったく、実験材料1つ手に入れることすら儘ならないとは、奴等さえいなければ私の実験はフェーズ2に移行していてもおかしくはなかったんだよねぇ、腹正しい!腹正しい!腹正しいねぇ!」



男は狂ったように両手で髪をかきむしり、奇声をあげた。



「ひっ……!」



俺は恐怖で逃げようとするが、腰が抜けてしまったのか、立ち上がることができなかった。



「はぁ…はぁ…まぁいいでしょう。実験には障害が付き物、楽しみが残っていると思えばいい。遅かれ早かれ私がいる限り成功は揺るがないのですからぁ、さらに母体を増やし、今回の例が偶然がどうかを確かめるためにも、もう一度あの夫婦には協力してもらいましょうかぁ、さてと、さっきからそこで座っているあなーた?今日のところは帰っていいですよぉ?まぁ呼ぶことはもうないかもしれませんがねぇ」



俺がそこにいないかのように振る舞っていた男は、そう言って不意に眼球だけを動かし俺を視界に捕らえた。



「えっ?」



「聞こえなかったんですかねぇ、あなたは実験材料としての価値が今のところないのですよ。無能に興味はないのです」



「無能?」



「えぇ、無能で無価値で存在している意味すらわからない存在ですねぇ、この場で殺してもいいくらいなのですがぁ、あまりに無能すぎて正直前例がないのですよ、なのでとりあえずは放置です。私には無能なあなたにさく時間など今はないのでねぇ」



「おじさんが何言ってるのかわからないよ……僕お家に帰りたい」



「これだから子供は嫌いなんですよ、簡単なことしか理解せず会話が成立しない。これ以上は時間の無駄ですねぇ、帰りなさい」



その言葉を最後に……俺は意識を失った。


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