知らない天井 1
「ーー知らない天井だ。」
僕は目を覚ました。思い出せるのは、忌々しき珍事と頭をしこたま強く打ち付けたことだけである。
そして今わかることといえば、おそらくベッドの上に寝かされているであろう状況と、そこから見える天井が木製で、しかし古くもなく新しくもないこと。
そして、窓の外が暗いので、時間帯が夜であること。
部屋の中には、僕が寝かされているベッド、木製の引き出しのついた机(その机の上には、数枚の紙と羽ペン、インク、そして書物が置かれている。)、木製の曲線が目立つ椅子、集めの本がぎっしり詰まった本棚、そして木の実のようなデザインの証明と扉。
床は木材を張り合わせて作ったのだろう。フローリング、というよりは木製の床といった印象だ。
そして、早い話が「知らない天井だ」の一言に集約されているわけである。
伝わらない?簡単に言えば、気絶して目が覚めたら知らない世界にいるということである。
もっと簡単に言えば、である。
本棚にぎっしり詰まっている書物は見たこともない言語で書かれているがその意味を僕はわかる。つまり、異世界という場所に転生、もしくは飛ばされてきて自動翻訳がなされているというよくある状況というわけだ。
そしてさきほど、照明が木の実のようなデザインと称したが、あれは恐らく光を発する木の実なのだと思われる。
僕はそんな木の実は知らないし、発見されたという発表も知らない。もしかしたら本当にあるのかもしれないが、それをそう思うよりは、状況的に考えてそういう木の実が存在する世界に居ると考えた方が自然である。
さて、それでは見知らぬ世界に飛ばされてきて顔も知らぬ誰かに介抱されている人間は何をすればいいかというと。
これはもう、寝るに限る。
果報は寝て待て。時が解決してくれることは星の数よりも多い。
つまり、その「誰か」が姿を現してくれてなおかつ状況を説明してくれるのを待つのだ。
だが、その誰かが来るまでこのベッドの上で寝転んでいても仕方が無い。だから睡眠をとるのだ。
もしくは、本棚に詰まっている見知らぬ言語の本を読む。しかし、人様の家にあるものを勝手に読むのは流石に気が引ける。
なので、僕は寝ることを選んだ。
*
…どれくらい経っただろうか。
夜はどうやら明けていないようだが、幾分か時間が経った気がする。
部屋の主は現れない。それどころか、物音一つしない。外からもだ。これは異常だと思わざるを得ない。如何な異世界といえど、物音を発する存在が自分だけというのはどうだろう。
次第に腹も減ってきた。喉も乾き始めた。然るに、そろそろ何かしらの行動をするべきだと考える。
まずは、状況の整理。僕は、窓の外を見やった。
そこで気付いたのは、どうやらこの窓、黒い何か膜のようなものが張っていて、外の様子を見えなくしている、もしくは、外からも見えないようになっていることだ。
つまり、現在時間帯が夜なのかどうかがわからなくなったということである。
それはそれとして、次は扉だ。みたところ鍵はついていない。覗き窓もない。開けるしか外の様子を探ることは出来ないようである。
そんな訳で、ドアノブをひねり扉を開けようとするが開かない。接着剤でくっつけているのではと思うほどにびくともしない。というか、扉の形をしている壁なんじゃないかと思うほどである。
脱出不可能。言葉が頭をよぎる。
ならば窓を開けよう。そして理解する。この窓も扉のそれと同じく、びくともしない。どうやら、僕は閉じ込められているらしい。
まさかである。
異世界に飛ばされて最初の試練が、脱出ゲームだとは思いもよらなかった。