プロローグ
嫉妬、強欲、傲慢、暴食、怠惰、憤怒、色欲。
七つの大罪と呼ばれるそれらは、行き過ぎなければ世界を発展へと導く感情であるだろう。
これらを罪と咎めるのなら、人間は与えられた仕事だけを行う機械に成り果てる。
まあ、そんなことはどうでもいい。
僕、閃木解門を象徴するのは、怠惰の罪だ。
ーー引きこもり。聞いたことがあるだろう。家に閉じこもり、外に出ない類の人間の総称。
僕は家の外には出ない。外の世界は危険だからである。害悪しか存在しない。
つまり、僕としては理由があるつもりなのだが、なかなかどうして、世間様はそれを汲み取ってはくれないようである。
ただまあ、外の世界に足を踏み出さなくても済むように、僕は働かなくても暮らせるだけのお金が懐に入ってくるような環境を整えたし、生きていくのに必要な食糧や必需品は宅配サービスを使っているので、外の世界の誰かが僕に意識を向けたとして、感情の砦のごとく外界からの接触を遮断する我が城…もとい、家の中にいる僕に対して精神的に干渉することは出来ないので、気にはしていないが。
ああ、いや、僕のことはいい。
突拍子もない話だが、家から一歩も外に出ない人間が病気、もしくは寿命、自殺以外で死んでしまう可能性がある行為は、一体どれくらいあるだろうか。
僕は言った。外の世界には危険がいっぱいだと。
だが、家の中にも、危険はあったのである。
例えば、ガス管が切れてガスが漏れだしていることに気づかず、火を使ったら。
例えば、ぶかぶかの部屋着で階段を上る最中、足を滑らせたら。
例えば、1枚の郵便物がポストから溢れ、床に落ちていることに気づかずそれを踏んでしまったら。
事実は小説より奇なり、だ。
僕の体は前進する運動エネルギーを摩擦点である爪先に乗せたところ、紙面という摩擦の少ない物体に乗っかり、紙面がおおよそ時速50kmほどの速さで前進し、僕は足元を掬われた。
そのとき、僕の背中は床面に対し平行に近い状態となり、直後、質量が最も多い頭部から斜め45°の角度で玄関先の角へと倒れ込んだのである。
早い話が、紙を踏んずけて後頭部を過度にしこたま強くぶつけたということである。
当然、というか、僕の意識はそのままブラックアウト。
これが、探偵・閃木解門の一番最初の災難であった。